ルームメイトの憂鬱
拍手で一日(厳密には二十三時間)だけ公開していた番外編です。
本編第九話以降、第十五話以前くらいの話かな。
「こんにちは、ジャックです。今回は、僕から見たアレックスの話をお届けします。
R15な内容になってしまっているので、注意してください。
見たくない方は今すぐこのページを閉じてくださいね」
「はあ……、はあ……っ」
深夜、間仕切りカーテンの向こうから聞こえる、荒い息遣い。
「は……ああ、はっ、はっ、は……だめだ、やっぱり――」
――危険な気配だ。
僕はベッドから跳ね起き、素早くカーテンを開けた。
案の定そこには、鼻息荒くメグをベッドに運ぼうとしているアレックスの姿があった。
メグを起こさないよう、小声で呼びかける。
「何してるのさ、アレックス!」
「何って、今日こそ一緒に寝るんだよ。それで朝までじっくり、メグの体を堪能してやる――」
最初は邪魔された不満を顕わにしていた彼の顔が、だんだん弛んで脂下がっていく。
――ああ、これは、間違いなく十八禁の妄想をしているな……。
彼は今、メグが包まっている毛布ごと彼女を抱え上げている。視線をちょっと下にずらすと、服の上からでも存在感たっぷりな彼の一物が、嫌でも目に入ってしまう。
僕は彼に言って、彼女を下ろさせた。ベッドにではなく、元通り床に。彼は端正な顔をあからさまに不機嫌そうに歪めているが、ここで僕が怯むわけにはいかない。
正直、朝まで薄いカーテン越しに、あの荒い息遣いと彼女のあられも無い声を聞かされるのは、御免蒙りたい。一日二回のキスシーンですら、居た堪れない気持ちになるというのに。
「とりあえず」
僕は洗面所を指差しながら言う。
「今すぐ自分で処理して来て」
「いやだ」
即答。
アレックスは、メグの毛布に手をかけ、そろりと剥ぎ取ろうとする。だがメグは、意識はないはずなのに、毛布を取られまいと身を捩り、体を丸めた。
すると彼は、今度は毛布から覗いている彼女の足に触れる。いやらしく撫で回すその手は、少しずつ上へ……。
「ちょっとアレックス!」
「うるさいジャック、メグが起きるだろ」
堂々と痴漢してる奴が言うなよ!
それにしてもメグはよく起きないなと思う。
とにかくこのままでは埒が明かない。朝が来るのとメグが犯されるのと、どっちが先か――。
「アレックス、君は毎晩、トイレにこもるようにした方が良いと思うよ」
「そうか、ならメグも連れて一緒に」
「それじゃ意味無いでしょ!」
ニヤニヤ笑いを浮かべる彼。この遣り取りももう何度目だろう。
「あんまり強引なことをしてると嫌われるよ?」
「嫌われても、何度でも惚れさせてやるよ」
「一度も惚れられてない人が何言ってんだか。それにそういうセリフは、メグが起きてる時に、本人に向かって言いなよ」
「……何言っても流されんだよ」
そうだね、川の流れのように、さらりとね。
彼はそういう時よく、切なそうな目で彼女を見ている。メグはそのことにも全く気付いていないらしいけど。
「ああもう、……分かったよ。仕方ないから今日は大人しく諦めてやる」
そう言いながら彼は、洗面所に向かう。
「俺はしばらく出てこないが――ジャック、お前、絶対メグに手ェ出すなよ」
…………目が据わっている……。
「そんな命知らずなことしないよ」
仮初めの快楽と命とを天秤に掛けるほど、僕は馬鹿じゃない。
アレックスがトイレへと消えた後、僕は壁に凭れて座り込み、大きな溜め息をついた。
「エリシア、君も止めてよ」
(妾も止めておったぞ。『こういうことは相手の方から求められるのが至上の喜びじゃろう? 焦らすのも技巧のうちじゃ』とな)
「……なんか違うでしょ、それは。て言うか君、面白がってるだけだよね?」
(面白いではないか。今まで何にも躓いたことのない男が、あのような凡庸な小娘に翻弄される様は)
「ま、確かに。我儘なあいつが、珍しくペースを崩されてるな、とは思うよ」
アレックスの煩悶を何も知らないメグは、すやすや眠っている。
異世界から来た女性と聞いた時は驚いた。とても自分より年上には見えない、幼い印象を与えるメグ。
――妹が生きてたら、こんな感じだったかなあ。
そっと手を伸ばし、メグの頭を撫でてやる。
可愛いけど、欲情はしないかな。
ほのぼのした気持ちになっていると、ドスの利いた低い声に呼ばれた。
「――ジャック……」
洗面所から顔をのぞかせたアレックスが、こちらを射殺す勢いで睨んでいる。全身を寒気が走り抜けた。
「手ェ出すなっつったろ」
「これは違うって!!」
「言い訳無用」
うわっ! 聞く耳持つ気なしか!!
「きょ、今日は出てくるのがえらく早いね?」
「ああ、何となく嫌な予感がしてな……」
うん、今の僕もとっても嫌な予感がしているよ。予感というより悪寒かな?
朝になるまで生きていられるかな、今わの際には何を言おうかと真剣に考え始めた時、僕は救いの神の存在を知った。
「……ぉ、しゅ、じん、さ……ま……むにゃ」
メグの寝言に、アレックスは一瞬で笑顔になった。
「そうかそうか、夢に見るくらい俺のことが好きか」
都合のいい解釈をして、彼はメグの頭を撫でた。その隙に、僕は自分のテリトリーに戻り、カーテンを閉めた。
「エリシア、後は頼んだ」
(……仕方ないのぅ)
その後のことを、僕は知らない。
朝、目を覚ましたメグが、
「あれ、なんだか、全身がべとべとしてますよ?」
なんて言っていたし、アレックスは、妙にすっきりした顔をしていたけど。
夜のうちに何があったか――アレックスが何をしたか、僕は知りたくもない。
結局、一晩中目を覚まさなかったらしい彼女は、その後もずっと首を傾げていた。
でも、わざわざ教える必要もないだろう。一応まだ、膜は破られてないんだし……。
なんかゴメンナサイ……。
アレックス、ホントに何したの!?
しかし、ジャックも案外あけすけな表現を使っているような……。