3 愛しのエリーちゃん
このあたりから当分、説明が多くなるかと思います。
その間もスキンシップ攻勢のご主人様と、それに気付いていないメグのボケっぷりをお楽しみください。
アレックスさ……まは、私を膝の上に座らせて(子供扱い?)、説明を続けます。
使い魔契約は、基本的に生涯有効なものだそうです。
無効となるのは、
①主人が契約を解除した時
②主人もしくは使い魔が死亡した時
に限られ、使い魔の側から主人との契約を解除することはできません。
もしそれが使い魔自身、あるいは第三者の強引な手段によって行われた場合、使い魔は魔力のほとんどを失う深手を負うことになり、主人にも多少のダメージがあるそうです。
契約をした使い魔には、体の一部に印が浮かびます。
私の場合は、左手の甲に幾何学模様の契約印が浮かんでいました。
彼は私の左手を取り、指で契約印をそっとなぞります。異世界人を召喚してしまったというのに、その仕草はどこか嬉しそうに思えます。気のせいでしょうか。
ここまでで十分、脳の許容量越えてるというのに、彼はさらに聞き捨てならない事を仰います。
「そうだ、この学校、男子校だからな」
……え――。
私が頭の中で情報を整理していると、どうやらアレックス、様の同室者さんが戻ってきたようです。
「遅かったな、ジャック」
間仕切りカーテンを半分ほど開けて現れた、ジャックと呼ばれたルームメイトさんは、いかにも草食系という感じの優しげな風貌の青年でした。
髪は茶色、瞳は綺麗なターコイズブルー。やたらキラキラしくて華やかなアレックス様と並ぶと、幾分地味には見えるでしょうが、親しみは持てます。
「ちょっと手間取っちゃったんだ、召喚に」
ジャックさんが抱きかかえていたのは、体長五十センチくらいで白っぽい……何でしょう、恐竜?
すると、その生物の首がゆっくりこっちを向いて、群青色の鋭い眼とバッチリ視線が合ってしまいました。
(“恐竜”などではない。妾は誇り高き水竜よ)
頭の中に直接響いてきたこの声は、今目が合っている恐竜? の声で間違いないようです。
(だから、“恐竜”ではないと言うとるに)
この……水竜さん、勝手にどんどん人の心を読んでくれちゃってるようです。……っていうか、
「水竜って、何ですか?」
私がジャックさんに訊くと、彼は目を丸くしていました。
後ろでも、ご主人様が息を呑んだ気配がします。何故?
私の問いの答えは、水竜さん本人がくれました。
(“水竜”は人間どもが付けた呼称じゃ。妾は竜の中でも水を操る魔力が強い種族での)
水竜は種族名なのですか。……まあそりゃそうですよね。
「じゃあ、あなたの名前……個体名は?」
(エリシアじゃ)
「エリシアさん。――エリーちゃんって呼んでいいですか?」
(良かろう)
「私のことはどうぞメグと呼んでください。よろしくお願いしますね、エリーちゃん」
アレックス様の膝から降りて、私はジャックさんに抱えられたままのエリーちゃんの傍まで行き、指の間に水かきのついているその手を握りました。
異世界人と水竜の奇妙な交流を、アレックス様とジャックさんは驚愕の表情で見ていました。だから、何故?
「メグ、お前、普通にジャックに話しかけてたよな」
「はい?」
う、頭上に重みが。ご主人様、私の頭はあなたの顎置きではありませんよ。
「それに今、その水竜――エリシアか? とも普通に話してたな」
「そうですね。それが何か?」
そのままの体勢で考え込むご主人様。
私がご主人様の頭を退かそうともがいていると、ジャックさんが言いました。
「いや……通常ね、使い魔は主人としか会話しない、できないと言われているんだよ」
え? そうなのですか?
あ。やっとご主人様の顎が離れました。
(それは低級の使い魔の場合じゃの。
妾ほどの竜なれば、他の魔物たちと意思の疎通を図ることは容易い。人が相手でも同じじゃ。
ま、人が相手の場合は、妾は気に入った者にしか声は聞かせんがの)
「エリーちゃんは大物なんですねえ」
(伊達に三百年生きてはおらぬよ。これでもまだ、竜の中では若輩じゃがの)
「さっ、……三百歳!?」
「え!?」
思わず叫んでしまった私に、ジャックさんまで驚いています。
「…………なんでジャックさんまで驚くのですか」
「いや、だって、知らなかったから。大きさ的に、もうちょっと小さいのかなって」
(妾の種族は主らが風竜と呼ぶ種族ほどはデカくはならんからの)
へー。水竜だけじゃなく、風竜もいるのですか。
じゃあ、火竜とか土竜とかもいたりして……。
(そうじゃの)
まじっすか!?
異世界の生態系は、不思議がいっぱいです。
男子校だと聞いて一度は諦めたメグに、人外ではありますが女友達が出来ました。
エリーちゃんには説明役をさせやすいのですが、彼女の出番が増えると大抵アレックスの出番が減ります(笑)