34 そして、新しい契約を
いよいよ、日本に帰る時がやってきました。
さて、アレックス様に何を言えば良いものでしょうか。伝えたい言葉はたくさんありすぎて纏まりそうもありません。
何より、とっても離れがたいのです。別れを口にしてしまえば、もう引き返せない気がします。
――そんな風に悩んでいたら、アレックス様が口を開きました。
「メグ。いつでもお前のことを呼べるように、もう一度契約し直したいんだが。……いいか?」
「はい!」
そうか、その手がありましたねー! なんで失念してたんでしょう!
「ただし今度は、主人と使い魔じゃなくて、対等なパートナーとして」
それはもちろん望むところなんですが、
「使い魔として、ではダメなのですか?」
「それだと、いろいろ不都合があるんでな」
そう言って彼は、ニヤリと笑います。
「そうですよね、使い魔としては、役立たずですもんね……」
足を引っ張りまくった日々のことを回想し、落ち込む私に彼は、
「そういうことじゃない。――お前が『人』でいてくれないと、種蒔きが出来ないだろう」
「…………家庭菜園でも始められるんですか?」
「『家庭菜園』、ね。……俺が始めたら、メグも手伝ってくれるか?」
一も二も無く頷きました。
「もちろんです!」
「その言葉、忘れるなよ」
何でしょう、意味は分からないけど、もしかして取り返しのつかない約束をしてしまったのかもしれません。
でも、彼の嬉しそうな顔を見ていると、まあいいかという気になってしまいます。
「必ずまた来い。というか、帰って来い。呼んだらすぐに。呼ばなくても、いつでも待ってるからな」
額に軽く口づけて名残惜しそうに私を放す彼に、私は笑顔を向けました。
これは永遠の別れじゃありません。絶対また、帰ってきます。
「はい。それじゃ、行ってきます、アレックス」
「行ってらっしゃい、めぐる」
私は静かに目を瞑りました。
次に目を開けた時、私は自分の部屋のベッドの中にいました。
枕元に転がっていた携帯電話が示す日付は、召喚された七月のあの日のまま。時間は、明け方です。
二時間くらい眠ってから、レポートの続きを書きましょう。
朝起きたら、何だか全てが長い夢だった気がしてきました。ぼんやりしたまま着替えながら、何とはなしにふと、左胸に目をやると――
「……契約印?」
使い魔契約のものとは少し違う模様が、そこには刻まれていました。
やっぱり、夢じゃなかったんですね。
レポートの続きもそこそこに、私は大学に向かいました。雛ちゃんが取っている授業の教室に行くと、彼女は後ろの方に座ってメールを打っていました。
「ただいま! 雛ちゃん!!」
雛ちゃんは手を止めて私の方を見ました。
「あーおかえりメグ。ちゃんと戻れて良かったわ」
「いろいろありがとうございますね~!」
ああ、あっちにもこっちにも「おかえり」って言ってくれる人が居るのって、なんて幸せなんでしょう。近々、暇をみて一度実家にも帰ろうかなと思いますね。
「そう言えば雛ちゃん、どうして私が異世界に居るって分かったんですか? 結局、この世界から消えてたのは数時間ほどだったのに」
「それは、企業秘密やね。ただ、誰に対しても今回みたいな措置がとれるわけやないから、またあの世界に行くとしても、他の人間は勝手に連れてったらあかんで」
はーい。……ってなんで、またあの世界に行くって確信してる口調なのか気になりますが、それも訊かない方が良い気がします。
さて、その後のことを少しだけ。
私は度々アレックスに呼び出されています。それでその都度、なんで自主的に帰ってこないんだって怒られます。そんなこと言ったって仕方ないじゃないですか!
フェレス国に居る時は、アレックスの手伝いをしたり、王子が設立した魔法研究所の実験に協力したりしています。この研究や実験を通じて、本当に少しずつではあるけれど、アンヤージ――陰陽師の一族への見方が良い方へ変わりつつあるみたいです。この国の魔法の在り方が根底から変えられるかもしれないと、意気込む皆さんの中に居るのはとても刺激になります。
アレックスと私の関係も、いろんな変化を見せました。
いつの間にか私がアレックスの「婚約者」になっていたり、両方の実家に挨拶に行って大騒ぎになったり、押し切られてとうとう一線を越えちゃったり、気づいたら名字が変わっていたり、といろいろありましたが……。
それはまた、別のお話と言うことで。
本編はこれにて完結です。
ここまでお付き合いくださって、どうもありがとうございました!
次は、雛子視点の番外編です。