26 思わぬ再会
夢を見ました。
目の前に長い人の列ができていて、私はその一人一人と順番に握手をしていくのです。握手をした瞬間、その相手は消えて、私の胸には温もりが灯ります。ひたすら、それを繰り返します。
だんだん列が短くなってきて、とうとう私の前に残ったのは、一人だけになりました。
最後の人は、気品のある女性でした。
彼女は、私が差し出した手を握らず、私のことをぎゅっと抱きしめました。
その時彼女は「――を助けて」と囁きました。よく聞こえなかったので、聞き直そうと顔を上げました。が、そこにはもう既に彼女はおらず、私の胸にはぽかぽかとあたたかな、温もりだけが残されていました。
目覚めて最初に視界に入ったのは、知らない天井でした。
(気がついたようじゃの)
あれ? エリーちゃんの声がします。これも夢でしょうか。
(夢ではないぞ)
声がしたと思われる方に顔を向けると、椅子にちょこんと座って林檎に似た果実を齧っている、エリーちゃんがいました。
なんで? ここはどこでしょう?
木でできた温かみのある部屋の窓際に置かれたベッドに、私は寝かされているようでした。カーテンの隙間から差し込む光が少し眩しいです。
(そなたが森の中に倒れておったのをジャックが見つけての。ここに運んだのじゃ)
そう言えば私、戦ってる途中で意識を失って……。
ご主人様は、無事でしょうか?
「よかった、メグ、気がついたんだね」
部屋の扉が開いて、ジャックさんが食事を運んできてくれました。
最後に見た暗い表情は消え、すっかり元のジャックさんに戻ったようです。
「ここ、ジャックさんの家ですか?」
「違うよ。ここは僕がお世話になってる人の家」
……あ、そうだ。
「エリーちゃん、今もジャックさんと一緒にいるんですか」
(当然じゃ。妾は一度選んだ相手は、死ぬまで見守ると決めておるのでな)
「契約、は――」
(そんなもの、どうだってよかろう)
「――それよりメグ、体の方は大丈夫? 本当にびっくりしたよ、血を流して倒れてたから。
……どこにも怪我は無かったみたいだけど」
最後の方はちょっと言い辛そうなジャックさん。
あ……目が覚めた時から腹部に鈍痛はしてましたけど、もしかして。
そーっと左手の甲を見てみると。
ありませんでした、何も。――契約印が、消えていたのです。
「……契約が、切れた…………?」
そしてどうやら、人間復帰? のようです。
「私、どうして助かったんでしょう? それになんで、契約印が消えたんでしょう?」
黒い、異形の魔物に呑み込まれたのに。
エリーちゃんは腕組みしながら、
(おそらく、じゃが。そなたを呑み込んだ奴は、契約印から魔力を感じ取り、それを奪い取ろうとしたのじゃろう。その時に誤って契約が切れ、そなたは魔力の大半を失った。
しかしそこでそなたの体は、魔物の力を取りこむことで、失われた魔力を補ったのじゃろう)
つまり私は、呑み込まれたはずが、逆に呑み込んじゃった、ということですか。
……バケモノですか! 人間復帰したと思っていたのに、人間離れここに極まれりじゃないですか!
まあでも、助かったんならそれでいいです。早くみんなの……アレックス様のところに戻らないと!
ジャックさんは、そんな私を制して、
「君が行くことはない。メグには元々、この世界のことには何の関係も無いだろう?」
(そうじゃぞ。今のうちに帰ってしまう方が身のためじゃ)
「帰るって言っても、どうやって……」
するとジャックさんは、驚くべきことを口にしました。
「君の日本の友達が、さっきまでここに来てたんだ。目が覚めたら渡してやってくれって、これを預かったんだ」
渡されたのは、一枚の便箋と、ピルケースに入ったたった一錠のカプセルでした。
まず、四つ折りにされた便箋を開きます。見慣れた手書き文字。雛ちゃんの字です。
『見つけるんに骨折ったわ、メグ。ま、実際苦労したんは兄貴やけどな』
雛ちゃん、お兄さんがいたんですね。知りませんでした。
どうやって私を見つけたかは、なんとなく訊かない方が良い気がします。
『とにかくすぐに、そのカプセルを飲んでほしいねん。……飲んだ?』
手紙の文面に従って、カプセルを飲みました。
『元気になったら、いつでも帰ってき。指定するべき時空間座標は、もう分かるはずや。
あとは何とか出来るやろ。先に帰って待ってるからな』
ありがとう、雛ちゃん。
カプセルを飲んだ瞬間、私の頭の中には元の世界に帰る方法が浮かんできたのです。
これで、いつでも帰れます。
でも、その前に。
私にはやっぱり、やるべきことが残っているのです。
――魔王征伐を終わらせて、ご主人様にきっちり恩返しをしなければ、帰れません!