side A 後悔
アレックス視点です。
罰が当たったのだろうか。彼女を縛った俺への。
彼女が黒いものに呑み込まれた瞬間、胸に衝撃が来た。
そして俺は、彼女との契約が切れたことを悟った。
契約が無効となるのは、①主人が契約を解除した時、②主人もしくは使い魔が死亡した時、に限られる。
契約の解除が使い魔自身、あるいは第三者の強引な手段によって行われた場合、使い魔は魔力のほとんどを失う深手を負うことになり、主人にも多少のダメージがある――とされている。だが、この場合もほとんど、契約が解除された時点で使い魔は死んでいるのだ。
――嘘だろ?
こんな……こんな形で、彼女を永遠に失うなんて。
彼女を呑み込んだ異形の者は、俺の攻撃を全てかわし、ワサワサと大量の手足を動かして、素早く逃げていく。そのあまりの速さに一瞬ひるんでしまった。
追おうとしたが、スイアーブに止められた。
「追うなアレックス! あれは並の魔物とは違う」
「だが、メグが……!」
いつの間にか隣に来ていたソリアムが、首を振って、
「ダメです。あれではもう助かりません」
お前ら、なんでそんなにあっさり、俺に諦めろだなんて言えるんだよ!
「所詮は使い魔。アレックス様はもっと相応しい者を召喚されれば――」
俺の顔を見たソリアムが、言葉を切って「ヒッ」と悲鳴を上げた。
「次言ったら殺す」
それは地を這うような声だったと思う。
――あいつは、ただの使い魔じゃないんだ。この世界の人間じゃないんだぞ!? それを――――。
…………悪いのは、全部俺だ。
巻き込んだのは俺の都合。手放すことも、ほんのひと時離れることさえ考えられなかったから、いつでも傍にいて、絶対守る――と、決めたはずだったのに。
あの時彼女と離れなければ。
彼女を戦わせていなければ。
他の三人と離れていなければ。
テントから抜け出す隙を与えなければ。
あの場所にテントを張っていなければ。
魔王征伐に連れて来なければ。
俺が征伐隊に選ばれていなければ。
俺が彼女と契約しなければ。
彼女をすぐに帰していれば。
使い魔召喚なんてしなければ。
俺が魔法使いにならなければ。
――彼女は、死なずにすんだのに。
いつか別れるくらいなら、いっそ最初から出会わなければ――――
……出会わなければ?
「アレックス、君、馬鹿なこと考えたりしてないよね?」
スイアーブの言葉が、俺の思考を遮った。
「黒いオーラが出ている。闇に囚われるなよ」
と、フレイムが忠告するが、俺は――。
ぴちょん。
突然、湖の水滴が跳ね、魚が水面に顔を出した。
「お疲れ様~」
イースの気の抜けた声が、使い魔を労う。
「うん。――うん、ありがとう」
ぱしゃ、と音を立てて、魚が水中に帰っていく。
「アレックス~。メグ、生きてはいるって~」
「本当か!?」
生きて「は」いる、という言い方が気になる。
「ただ、とっても危ない状態だって。魔力のほとんどを失ってるから、いつ命運尽きてもおかしくないって」
契約が切れたのは彼女が死んだせいではなく、第三者の介入のせいか。
「それで今、メグはどこにいる!?」
「それは~」
「言うな、イース」
口を開きかけたイースを、フレイムが制した。
「安全なところには居るんだろう?」
確認するフレイムに、イースが頷く。それを見てフレイムは言った。
「アレックス、今は彼女を気にしている場合じゃない。彼女の元に行こうとすれば危険が伴うし、寄り道をしている間にも、状況は悪化する。まずは魔王を倒すことだ。――俺たちはたとえ何人が欠けようが、奴を倒すまでは帰れないんだからな」
「契約も切れたようだし、君が行っても彼女にしてやれることは何もないよ」
と、スイアーブも言う。
俺は、今すぐ彼女に会いに行きたいという衝動を抑えた。すると代わりに、魔王への憎しみが沸々と湧き上がってきた。
――そうだな。まず、魔王を倒す。
奴をボコボコにして地獄へ送ってやらないと、俺の気は済みそうになかった。
次からはまたメグ視点に戻ります。