18 メンドクサイ人のじじょう
「じじょう」は「事情」とも「二乗」とも書けます。
アン男の名前は、カルロス殿下というそうです。
アン男と一文字もかぶってませんでした。がっかりですよ。
魔法学校には視察に来たそうです。一応、自分の城から護衛も世話役も連れて来ている癖に、なんでご主人様まで駆り出されるのでしょう。
「それは、俺が優秀だからだろう」
アン男……じゃない、殿下が居なくなった途端偉そうですねえご主人様。
まあ、仮にも仮じゃなくても、一国の王子の前でデカイ面は出来ませんよね。
「そんなことより問題なのは、だ」
問題。何でしょう。
「殿下に四六時中付いてるとなると、お前の『食事』が出来なくなるな」
はうわっ! 何やら話が怪しげな方向に??
「それは、最初の方式に戻せば、問題無いんじゃないでしょうか!」
手と手を握るあのやり方で! それでお願いします!! 口移しは何回やっても慣れませんし!
「お前はそれで良くても、俺は良くない」
なぜ……と訊いたら藪蛇な予感ですよ。
「だから今のうちに――」
「アレックス! ちょっとついて来い! 使い魔もな」
乱暴にドアが開けられ、アン男……殿下が現れました。
あ……危なかった。あと一センチだったのですよ。
「……すぐに参ります、殿下」
チッと舌打ちして私を解放すると、ご主人様は殿下に続いて出ていきました。私も慌てて追います。
殿下の滞在する部屋は、寮の一室ですが装飾がやたら豪華です。いかにもヴィップ・ルーム、です。
「この前退学したジャックという生徒のことだが」
革のソファに社長座りしながら、殿下は切り出しました。
「闇に堕ちたという噂があるが、本当か? 本当なら、今すぐ探し出して『処分』せねばならない」
処分――それって。
「殺せと仰るのですか、この私に?」
眉間に皺を寄せながら、まっすぐに殿下を見るご主人様。殿下は酷薄な笑みを浮かべ、
「噂が本当なら、な」
と、のたまいました。
試されている、と感じました。
殿下はきっと、ご主人様とジャックさんが友人だったことをご存知です。そしてその上で、殿下への忠誠を試そうとしているのです。
「ここの学生がアンヤージと通じ、従えることで、王家に反旗を翻さんとしている――という話も耳に入っていてな」
「私はアンヤージじゃありませんし、アレックス様はそんなこと考えてません!」
――って、私がいくら言っても信じてくれなさそうですけど。
「ま、それは追々真実が明らかになるだろうがな……」
不敵に笑う赤毛が、酷く憎らしく思えます。
アレックス様が疑われている。そう思うと、居ても立っても居られなくなりました。
「ご主人様!!」
勢い込んで振り向いた私に、ご主人様は怪訝そうな顔をしました。
「どうした? メグ」
「証明しますよ!」
「は?」
「あの疑り深い殿下が巣に戻られるまで、完璧に護衛をこなして、ご主人様の身の潔白を証明するんです!」
「それはそれで、そう思わせるためのポーズという可能性も」
「黙っててください」
口を挟んできたアン男を睨みつけました。
もの凄く不敬な態度を取っているのに、頭に血が上ってて気づいてませんでした。
「私、アレックス様のこと信じてますからね!
そりゃあ時々強引ですし、あなた何様ですかそうですか俺様ですかって思う偉っそーな態度取られることもしょっちゅうですけど! でも! 本当は優しい良い人なんだって、知ってますから!」
言葉の途中でアン男が吹き出したのが分かりました。
ご主人様も何とも言い難い顔をしていましたが、私が最後まで言い終えると、笑ってくれました。
「……そうだな。お前が俺のことをどう思っているかはよーく分かった。だから落ち着け」
そして、私の頬に手を当てます。……ん?
「ちょっと殿下、後ろ向いてていただけませんか?」
「よもや背中から刺すつもりではあるまいな」
「まさか。さっきの続きをするだけですよ。誰かさんが邪魔して下さったのでね」
にやりと笑うご主人様に、殿下は苦笑して、
「それは悪い事をしたな」
ちょ、ちょちょちょ、ちょっと!
「さっきの続き、って――! 殿下の前ですから!」
「我のことは気にするな。先ほどまでは綺麗に存在を無視してくれておったではないか」
わああん、それとこれとは別です~!
「や、だ、だめ――」
――こうして私の、都合の悪いことは聞く耳持たない俺様二人組に振り回される日々は、幕を開けたのでした。
問. 殿下の前でメグにキスする時の、アレックスの心情を以下の中から選択せよ。
①これから殿下といる時間が増えるなら、きっちり牽制しておかないとな。
②何だかんだ言いながらメグって俺のこと嫌ってないよな? てか結構好きだよな?
③誰が偉そうな態度だって? 躾が足りないようだな。お仕置きだ。
④したいからするだけだ。文句あるか?
正解は、……全部かも。