16 かくて彼は闇に堕ちたり
残酷描写あり。
その部分はあんまりリアルに想像しちゃだめですよ。
ジャックさんが生まれた村は、フェレス国と隣国の境にある、どちらの国にも属さない自治区でした。
しかし十二年前、フェレス国がジャックさんの村へと攻め込み、村の人たちが抵抗した結果――。
逃げだせた村人はジャックさんを含む数人のみ、他の人たちは全員殺されてしまったのです。
「僕は逃げる時に両親や妹と逸れてしまってね。後から探しに戻ったけど――骨も拾えなかった」
炎上する家屋。焦げたような匂いと黒い煙。
飛び散った血の跡。道端に転がる息絶えた身体。
苦しげな呻き声。子供の泣く声。甲高い悲鳴。飛び交う罵詈雑言。
ジャックさんがあの日目にした光景は、正しく地獄絵図でした。
その後、生き延びたジャックさんは、フェレス人の家庭に温かく迎え入れられました。それも、運が良かったとしか言いようがありません。ジャックさんの村の他の生き残りは、それぞれ過酷な環境に置かれたようでしたから。
そして魔法の才を自覚した彼は、その方たちへの恩返しのためにも魔法使いに、役に立つ人間になろう、と思ったそうです。
「そのために、どんな嫌がらせにだって耐えた。人一倍、努力しているという自負もあったよ。
でもいつでも、十二年前のあの光景が、心の中に闇として巣食っていたんだ」
そして彼は、知ってしまったのです。
「十二年前、僕の村を襲うよう指示したのは、アレックスの父親だったんだ」
その言葉に、ご主人様は目を大きく見開きました。
「信じられなかった。信じたくなかった。
それが本当だとしても、父親のことは関係ない、アレックスは友達だって、思おうとした。
だけどどうしても、黒い感情は止められなかった」
ジャックさんは、自嘲気味に笑いました。
「不思議なことにね、一度疑問を持ち始めたら止まらなくなったんだ」
――どうして、僕の村は滅びなければならなったんだ?
――どうして、みんなが殺されなくちゃいけなかったんだ? 悪いことなんて何もしていないのに。
――どうして、僕はこんな苦労をしなくちゃいけない?
――どうして、こんなふうに思ってまで、ここに居なくちゃいけない?
どうして、どうして、どうして。――僕だけが。
「友達だったアレックスのことまで、疑ってしまった」
――本当は、僕のことを見下しているんじゃないのか?
――友達だなんて、思ってもいない癖に!
「僕は、狂ってしまったんだよ」
「狂ってなんかないです!」
十二年前、あなたはどんな思いをしたのですか?
十二年間、どんなふうに悲しみや苦しみをやり過ごしてきたのですか?
消えない痛みに苦しんで、日々新たな傷は増えていくばかり。
積もる負の感情を、必死で前向きな感情に変えてきたあなたは、
「ただ、疲れてしまっただけなんですよ。きっと……」
「そうかな。それなら、元に戻れるかな、僕」
「戻れます!」
戻ってきて、と願いを込めて叫びました。
「そうか……。それならいいな」
いつもと違うジャックさんの笑みに、どこか壊れそうな、儚い印象を受けました。
その後すぐにジャックさんは学校を辞め、寮からも出ていってしまいました。
ジャックさんとの契約を破棄されたエリーちゃんも出ていってしまい、カーテンの向こう側は空っぽになってしまいました。
「これが、闇に堕ちた魔法使いの末路か……」
ベッドに腰掛けうなだれたアレックス様が、力なく呟きました。
「俺は、あいつの何を見てたんだろうな。悩んでることも苦しんでることも、全然知らなかった。
……知ろうともしなかったんだ。いつだって俺は、自分のことばかりで」
いつもは自信満々な金色の瞳が、頼りなげに揺れていました。
「友達だと、思ってた癖にな」
自嘲気味にそう吐き捨てるご主人様を、私はどう慰めればいいのか分かりませんでした。
「友達でも、心の中が覗けるわけじゃありません」
エリーちゃんだってきっと、ジャックさんの苦しみを知っていて、暴走を止めたいと思っていたに違いないのに。
「私も、気づけませんでしたから」
風のない、静かな夜でした。
私とご主人様は、そっと寄り添い合っていました。まるで、お互いの傷を舐めあうみたいに。
シリアス……。
が、しかし。次はこの空気をぶち壊す閑話です(ごめんなさい)。