11 はじめての野外実践訓練
流血注意です。
私はまだ魔法が使えるようにはなっていません。
でも、いざとなれば手近なものを投げつけるとか、時間稼ぎは出来るでしょう。なんとかなるさ、ケ・セラセラ!
――なんて思ってたのは、本当に甘かったと言わざるを得ません。
「ひょーえー!!」
三十六計逃げるに如かずとばかりに、私はとにかく森の中を逃げ回っていました。
なんか黒いのが、追ってくるし向かってくるしで、パニックです。
しかも最近の運動不足が祟って、なんだか足が縺れます。元々運動神経が切れてると言われるほどの運動音痴だったせいもありますが。
「あーもうお前邪魔! 後ろでじっとしてろ!」
……結局、ご主人様の背中に隠れていました。年下のくせに、身長も相まって妙に背中がおっきく見えますよ……。
後から聞いたことですが、この実践訓練、上級クラスの学生しか参加できない、本当に危険なものだったんですって。優秀な学生が選抜されているにもかかわらず、大怪我を負ったり、酷い場合は命を落とす人もいるといいます。死と隣り合わせなのです。
ううう、それなのに、役立たずでごめんなさい。それどころかお荷物でごめんなさい。
『もー何ウジウジグジグジしてんの! めっちゃうっとーしいんやけど』
あ、なんかまた、雛ちゃんの声が聞こえます。
人が本気で凹んでいるというのに、その言い方はないと思いました。
『あのな、あんたが泣いてるとかめっちゃキモイし。ブサイクやで』
そういえば、死人にも容赦なく鞭打つのが雛ちゃんなのでした。でもそれが、単なる悪口じゃないのが彼女なのです。
『メグはへらへら笑ってたらええねん。そしたらそれだけで、みんな安心するから』
それはいつか、私がとんでもない失敗をしてしまった時のことです。
よーし。どうすればお荷物にならずに済むか、考えなくてはですね。
(……たすけて)
え? 誰の声でしょう?
(……たすけて)
声の方向に目を向けてみると、近くのマツもどきの影に、子猫がいました。ドス黒い靄を纏った狼が、もうすぐそこに迫っています。
ご主人様は私を庇いながら目の前の二体の相手をするので精一杯。これ以上負担は掛けられません。
私が助けなきゃと思うのに、足が竦んで動けません。
もう見ていられず、私は祈るように手を組んで目を瞑り、都合の良い妄想に逃げました。
――マツもどきの枝がぐいーっと伸びて、狼を串刺しにしてくれればいいのに、と。
それは、日が翳った一瞬のことでした。
ザシュッ。
生温かい水滴が顔にかかったので拭ってみると、それは真っ赤で金属が錆びた様な匂いがしました。
そして顔を上げた私は、信じられない光景を目にしました。
マツもどきの二本の枝が、狼の体を上下と左右に刺し貫いていたのです。
それはまるで、私がイメージした情景のような……。
…………偶然ですよね?
子猫を逃がしていると、二体を倒し終えたご主人様が近づいてきました。
「――メグ? いや、魔法が発動した気配はなかった。もしそうだとしたら俺が気付けないはずはないんだから」
それじゃあ、私の脳内イメージを読んだ誰かさんの仕業……とかですか?
「そう考えるのが、一番妥当だろうな。どうにも納得はいかんが」
アレックス様も、首を捻っていました。
訓練を無事に終え、戻ってきた部屋で、私はひたすら謝罪・謝罪です。
「ごめんなさい。役立たずで鈍足でお荷物で、使い魔のくせに守られるばっかで足引っ張って、ごめんなさい」
「もうそんなに謝るな、分かったから」
ご主人様は私に顔を上げさせようとしてくれましたが、私の気は済みません。
「ごめんなさい。――マツもどきさんにもごめんなさい!」
「え?」
「だって、あの美しい枝を、血で染めてしまったんですよ? ああ! 私が変なことを考えたせいで――!!」
「そんなことまで気にしなくていい」
ご主人様は呆れたように溜息を吐いて、
「せっかく守ってやったんだから、メソメソ謝ってないで笑って労え。その方が俺は嬉しいんだけど」
笑って……。そうですね。
「ありがとうございます。アレックス様」
あとで、マツもどきさんにもお礼に行かなくては、ですね。
「ん。……守れてよかった」
私のことを抱きすくめるご主人様。その腕があったかくて優しくて、とっても安心して。
私もご主人様の背に手を回して、甘えてしまいました。
雛ちゃんのセリフがきついですね。メグはあれを励ましの言葉と受け取れるのに、なんでアレックスの言葉には表面的にしか反応しないんでしょう。
アクションシーンは今後もあるにはあるんですが、毎回あっという間に終わります。
そのシーンだけ誰か代わりに書いてくれないかな……。