1 異世界召喚にご用心!
私はいつも、何かを探していました。
家の中で、学校で、公園で、……それこそ、あらゆる場所で。
誰かの歌謡曲ではありませんが。
でも、どこでもそれは、見つからなかったんです。
私の胸の中は、いつも満たされないでいました。
何を探しているのかは、自分でもよく分からないのです。
ただ、見つかればそれだと、すぐに分かるという確信だけがありました。
*
梅雨明けも間近に迫った七月上旬のある日のことです。
昼休み、私が学生食堂でカツ丼を食べている時でした。
「実はあたしなー、日本人と異世界人のハーフやねん」
同じ大学の友人の、雛ちゃんこと守屋雛子が突然ぽつりと言いました。
「確かに関西人というのは、多地域出身者から見れば異世界人かもしれませんねえ。
……そのジョーク、関西で流行ってるんですか?」
「そういうことちゃうねんけど。冗談でもないし」
本気で言っているんだとすれば、かなり心配です。
でも実は、彼女が異世界云々を話題にするのは、初めてではありません。
雛ちゃんは小説や映画やアニメなんかが大好きで、妄想癖もある人です。別けても異世界を舞台にした物語は大好物で、私も彼女のお勧めの物語を何冊も読まされました。
「異世界ですか。例えばもし、大気中に酸素が一切ない世界に飛ばされたら、地球人類は一時間と経たずにまた、天国という異世界に召されるでしょうねー」
雛ちゃんは、
「そういう世界も無いとは言えんな」
と頷きました。
普段は突っ込みキャラの彼女ですが、「異世界」という単語が絡む時だけはボケになってしまうようです。
「メグもな、気いつけた方がええよ。いつどこに飛ばされるか分からんからね」
雛ちゃんは、どこをどう気をつければいいのか、よく分からない忠告をくれました。
あ、ちなみにメグというのは、私、松影めぐるの愛称です。
午後の講義を終えて外に出ると、汗がジワリと滲んできました。
その足で図書館に向かい、レポートを書くための資料を借りて、一人暮らしのアパートへ帰ります。
レポートのテーマは、「平安時代の思想と文化」。
理系の私とは縁もゆかりも無さそうな話題ですが、般教の単位も必要なのだから仕方ありません。
夕飯を食べ、シャワーを浴びた後は、ひたすらレポートに没頭します。
ふと時計を見ると、時刻は既に午前一時でした。
ちょうどキリのいいところまで書けたので、もう寝ようとベッドに潜り込みました。
朝起きたら、続きを書こうと思いながら。
私は夢の中で、妙な声を聞きました。
その声はワケの分からない呪文を唱えた後、確かにこう言いました。
「この声に応えて来たれ、我に従いしものよ!」
刹那、私の体は暗い穴の中に吸い込まれました。
瞼に光を感じて、朝かと思って目を開けました。
七月のはずなのに、肌に触れる空気が妙に肌寒く感じられ、クーラーを効かせ過ぎたかと思いリモコンを探そうとして、違和感を覚えました。
ベッドの上に寝ていたはずなのに、背中に感じるのは硬くて冷たい感触です。それはまるで、石の台座の上にでも横たわっているような感覚でした。
そして目の前には、私の顔を覗き込む、えらく端正な顔立ちの青年。
光の加減のせいでしょうか? 彼の髪と目は金色に見えます。
混血か帰化でもしていない限り、日本人にはあり得ない色ですね。
きっとこれは夢なのでしょう。まだぼんやりとしたままの頭でそう判断して、再び目を瞑りました。
額に、誰かの手が置かれました。さっきの彼の手でしょうか。
夢の中で聞いたのと同じ声が、またしても早口で呪文らしきものを唱えます。
その瞬間、その声に縛られたように感じました。
そして、生来探し続けてきた「何か」が、確かに近くにある気がしたのです。
連載、始めてしまいましたよ……。
一応最後まで書き終わってるので、よほどのことがない限りは一気に駆け抜けられるかと思います。おそらく……。(←超弱気)