弱男営業 :約3500文字 :コメディー :会話劇
「はい、毎度どうもー!」
「どうもー」
「いやあ、ははは……ねえ、兄貴。ちょっと思いついたことがあるんですけど」
「ん? なんや」
「おれな、弱男営業やろうと思うんです」
「……は? 弱? なに?」
「なんや兄貴、知らんのかいな。弱男営業や、弱男営業」
「なんやそれ。弱い男のフリでもするんか。そんなんして何の得があんねん」
「ちゃうちゃう。弱男営業っちゅうのはな、弱い立場の男をうまいこと釣って金を落としてもらうことや。女アイドルやら女声優やら若手女優やら、お天気キャスターなんかもやっとるやつや」
「ああん? いまいちピンと来ねえな」
「ほら、ようあるやろ。『休日の過ごし方ですか? 家に引きこもってずっとアニメを見てます』とか『友達が少なくて基本一人行動ですね』みたいな話をするやつ」
「あー……」
「そういう話をして、弱男に『この子、おれと似てる……』って仲間意識を抱かして、囲い込むわけや」
「ほー、キャバ嬢が『学費を払うために働いてるんです』っていうようなもんか」
「まあ、そういうことやな。勝手に惚れ込んで、ええ金ヅルになるらしいで」
「なるほどな。で、お前がそれやってどうなるんや」
「そら、客になってもらうんに決まっとるやろ。弱男営業で人気になってな、繁盛繁盛、大繁盛! 写真集やらグッズやら作って大儲けしたるんや!」
「なるわけないやろ。お前、男やんけ。どこに需要あんねん」
「まあまあ、やってみなわからんでしょ。今の世の中、何がウケるかわからへんやん」
「まあ、同性でも共感することくらいはあるかもしれんか……いや、やっぱ無理やろ」
「まあ、見とってや。はい、皆さんちゅうもーく! ……あの、えっと、そんなにじっと見つめないでください……人の視線とか苦手で……」
「致命的やろ。そんなんでどうやって表に立つねん」
「わ、私、人前に出るのが本当に苦手で、お仕事がない日はずっと家で過ごしているんです……。外に出るのもあまり好きじゃなくて、必要なお買い物も人の少ない時間帯に済ませてます……」
「なんでこの世界に入ったんや。向いてへんにもほどがあるやろ」
「このお仕事を始めたきっかけは、友達に勝手にオーディションに応募されて……」
「身売りされたわけか。いや、受かっても断ったらええやんけ」
「あ、でも弟とは仲がいいんです。休みの日には二人でカラオケやお買い物によく行きます。クリスマスは一緒にイルミネーションを見に行ったり、長いお休みが取れたときは旅行に出かけることもあります」
「弟とはえらいアクティブやな。ほんまは彼氏ちゃうんか」
「小中学生の頃はクラスでも浮いていて、友達は一人もいませんでした。いじめられていた時期もあります」
「友達はおったんちゃうんかい。勝手にオーディションに応募されたんやろ」
「この世界に入ってからも男友達はゼロ人で、男の人とどう接したらいいのかよくわからないんです。苦手意識がどうしても抜けなくて、二人きりになりそうなときはつい逃げちゃいますね」
「そんならファンのことも苦手になるやろ」
「運動もめちゃくちゃ苦手で、五十メートル走なんて二十秒くらいかかっちゃいます」
「遅っ! もはや心配になるレベルやな」
「趣味はアニメと漫画、それからゲームです。あとはダンスにフットサル、スポーツ観戦したりするのも好きですね」
「ちょっと素が出てもうてるやん。ほんまは運動できるやろ」
「ゲームやアニメには詳しいほうだと思います。好きな作品について話し始めると止まらなくて、自分でもオタクだなって思っちゃいます」
「流行りの作品を二、三本かじっただけとちゃうやろな」
「うちは昔から貧乏で、弟とはよくご飯の取り合いをしていました。部屋は狭くてボロボロの和室です」
「けど、今は高い鞄やらネックレスやら身につけとるんちゃうか?」
「今もお金には余裕がなくて、お給料は弟の学費に回してるんです。この前、弟が家でピザを注文したらしくて、いいなーって思っちゃいました。私はコンビニで買った半額のもやしを食べていたのに……」
「コンビニよりスーパーで買うたほうが安い……いや、そのネックレス、けっこう高いやつやろ。靴も」
「これはお父さんに誕生日プレゼントで買ってもらったものです。自分ではこんな高いもの買えませんよお。あとー、食が細くて友達とご飯に行ってもサラダしか頼まないんです。でも実は外だと緊張して食べられないだけで、家に帰ってからコロッケパンとか食べちゃいます。ラーメンも好きですね。おすすめのお店があったら、ぜひ教えてほしいです。写真を撮るときはいつも端っこにいて、だいたい見切れちゃいます。服装も地味でいつも似たような服ばかり着ているんですけど、これはお母さんに買ってもらったお気に入りなんです。自分で買いに行くのは苦手ですねえ。人見知りが激しすぎて店員さんに『何かお探しですか?』って声をかけられると無言でお店から逃げちゃいます。美容院も苦手で、『いつもどおりで……』としか言えないんです。仕上がりが微妙でも、『大丈夫です』って答えちゃうから、毎回微妙な髪型になっちゃいます。前髪がちょっと薄いのが悩みです。髪を染めたことは一度もありません。勇気が出なくて。人とコミュニケーションを取るのが本当に苦手で、カフェで注文と違うものが出てきても言い出せなくて、そのまま受け取っちゃいますね。ブラックコーヒーでも我慢して飲んじゃいます。でも、やっぱり飲みきれなくて、結局お砂糖をいっぱい入れちゃいました。雨が降ってきても、コンビニで傘を買う勇気がなくて、そのまま小走りで帰っちゃいます。私、雨女なのでほんと困っちゃいます。ポイントカードを出すタイミングも毎回逃しちゃいますねえ。しかも、店員さんに『お作りしましょうか?』って聞かれると断れなくて、毎回『お願いします』って答えちゃうから、お財布の中にどんどん溜まっちゃって。あはは。ビニール袋をくださいって言うタイミングも難しくないですか? 店員さんに聞かれないと『欲しいです』って言い出せないから、いつもシールを貼られて終わっちゃうんです。この前なんて、両腕いっぱいにお野菜を抱えて、とぼとぼ歩いて帰りました。恥ずかしー。電話が怖くてなかなか出られなくて、スマホが鳴ると心臓がバクバクして、いつも出るタイミングを逃しちゃうんです。三回目くらいの着信でようやく勇気を振り絞って出ます。留守電を聞くのも怖くて、結局そのまま放置しちゃうことが多いですねえ。あーあ、本が友達で、彼氏もいたことないし、女として見られることもあまりないし、そもそも恋愛にそんなに興味がなくて、でも強いて言うなら好きなタイプは優しい人」
「うるせえ、うるせえ!」
「あと、お風呂はあまり入りません!」
「だから、うるせえ! 風呂は入れや!」
「ん? どうしたんすか、兄貴。急にそんな大声出して」
「そのきょとんとした顔やめろや。腹立つなあ……。あのな、お前。そんな嘘ばっかりついて人を引き寄せたところで、いつか必ずボロが出るぞ」
「ほえ?」
「殺すぞ」
「ははは、冗談っすよ。そんなに怒らんといてください。それにね、兄貴。おれらだって普段から嘘ついとるじゃないですか。人間、嘘なしじゃ生きていけないっすよ」
「わかったような口利きやがって、この馬鹿野郎が。もうええから手ぇ動かせ」
「へーい。まあ、そんなん言われても肝心のお客が……お、兄貴! さっきのおかげで、人だかりができてません? ほら、みんなこっち見てますよ」
「あん? おお、ほんまやな。こっちに向かって来よるぞ」
「やっぱり時代は弱男営業っすよ! さあ、いらっしゃい! いらっしゃい! 見てって、推してって! さあ、どんどん――えっ」
「ん? ……え? け、警察の方ですか? い、いやいや、ワシらはカタギですよ。なあ?」
「は、はい。も~、ヤクザなんかじゃないですってばあ、うふふ。ただの人見知りのか弱い兄弟ですう」
「そうですよお。ワシらはただ、市民の皆さんにお祭りを楽しんでもらいたいだけなんですよ。ははは……い、いや、あのですね。こう見えてワシらも大変なんですよ。銀行口座も作れんし、家も借りられんし、まともな会社に就職するなんて夢のまた夢で、携帯電話の契約すらできないんですよ。お上には四六時中監視され、抗争が起きれば命の危険にさらされ、仲間同士の裏切りもあり、ちょっとしたことですぐに逮捕されてしまうんです。下っ端なんてゴミみたいな扱いで、収入も微々たるもんです。普通の人はワシらに近づこうともせんし、結婚どころか恋人を作ることすら難しいんです。老後だってどうなることやら……。年金なんてもらえないでしょうし、貯金もありません。仮にお金を貯められたとしても、老人ホーム側が受け入れてくれるかどうか……。将来が見えなくて、毎日が怖いんです。だから、そのぉ……あんまり弱いもんいじめせんといてくださいよお。えへへへ……」




