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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

座れない椅子

作者: 無夜
掲載日:2026/06/20

オリジナル。ホラー。

化け物たちのパーティーに迷い込んだ者の末路。


2004/12 C67 での無料配布本。

ピクシブにも掲載

 気がつくと私はパーティーホールに立っていた。

 なんだかあたりの空気がおかしい。ここで出される食べ物を口にしてはいけない気がする。

 そんな風に思っていたところを給仕の黒服の老人が取り分けていたサラダをこちらに差し出した。

「どうぞ、お嬢さん」

「ありがとう」

 隣にいた私の弟と父はばりばりとサラダを食べている。

 中味は赤い色のついたラディッシュの薄切り、手でちぎったとおぼしき青々したレタス、ちいさくて真っ赤なプチトマト、スティック状のセロリとキュウリ。たっぷりとかかったフレンチドレッシングの放つ酸味の香り。

 普通のサラダに見える。

 受け取ったものの、私はどうしても食べる気にならない。

 サラダを手にして、私はここにいる理由を懸命に思い出そうとする。ここに呼ばれたことはわかっている。

 だけどおかしい。

 綺麗な服を着て、透き通る男女が踊っている。

 たくさんの人がいる、その空気に酔う。立ち眩みがしている。

 私は泳ぐようにホールの脇に逃げた。

 酷く華奢な銀色の椅子が並んでる。しばらく大人しくしていようと思って、それに座った途端、椅子はぺたっと潰れた。

 私はびっくりして立ち上がった。

 椅子は留め金もハンダ付けも一切していなかった。よく立っていられたものだと私は呆れた。呆れたが、椅子の座席部分に丸い円盤があるのが気になった。それだけは黄金でできていた。一瞬、シャンデリアからの七色の光を受けて、甘く煮詰めた血の色に染まった、気がした。円盤はチェーンソーに使う刃によく似ていた。

 おかしい。

 私は再び強く思った。

 父と弟の姿を求めると、パーティーホールにはない。

 私は二人の姿を求めて広いホールを右往左往した。

「今夜は人間が食べられるんですって」

 期待に満ちた声が耳に入ってきて、私はそいつを振り返った。

 頭が八つある化け物だった。人間の頭は六つ。剃ったハゲとほんとのハゲと、マッシュルームカットが男の顔。それぞれ、少年、老人、中年だった。女の顔はやはり青々した剃禿と、長い白髪を振り乱したものと、黒いおかっぱの、中年女性、老婆、少女のもの。残る二つは爬虫類のような鱗がびっしり生えたものと、両生類のようにのっぺりしたものだった。

「人肉は久しぶりだねえ。どれぐらいぶりだろう」

 貧弱な胴体から生えた八つの頭がぺちゃくちゃと喋りあっている。

 私はぞっとした。

 周囲を見れば、既にまともな人間は姿を消していた。

 シャンデリアの光が七色から灰色に変わっていく。チェーンソーの替え刃だけが煌く黄金で、余計に私の目を惹き、気味が悪い。

「もう長いこと人間を見ていないから、わしらはどれが人間なのかわからない。この中に紛れ込んだら、わからなくなるじゃないか」

 私は冷や汗を垂らしながら、その会話に耳をそばだてた。

 この八つ頭はとても貴重な情報を漏らそうとしている。

 目の端には、一つ目の化け物が化け猫を口説く様が映っている。

「大丈夫よ。だから人間はけっして座れない椅子を作ったじゃないの」

「大変大変、椅子が一つ壊れてる」

「人間がもうこの中に混じっているのよ」

 私はそっとその場を抜け出した。

 廊下の外に、いくつか扉がある。

 一つ一つ開けていく。ほとんどが空っぽだった。

 だけど一つには父と弟がいた。

 サラダに薬が入っていたのか、それとも化け物の食べ物を食べたからか。

 二人は昏倒したかのようにベッドで伏せっている。布団を剥ぐ暇もなく、ネクタイを緩める余裕も無かったというように。

 私は二人の顔を激しくひっぱたいた。

「おきて。おきて。早く! ここは化け物の巣なんだから、逃げないと食べられちゃう」

 父は寝ぼけた顔で、こう言った。

「そんなことがあるわけがないだろう」

 弟も半分眠りながら父に同意している。

「そうだよ。何、寝ぼけてんの」

 それからうるさげに、私を手で払った。

 私は二人を助けるのを諦めた。

 食べられてしまうといい、とさえ思った。

 私一人だけでも逃げよう。

 部屋を出て、パーティーホールとは逆へと向かう。出口は絶対、こっちだと確信していた。

 白い半透明の化け物たちとすれ違う。

「やはり、レアがいい」

「いやいや、いっそ生だよ。生きたまま、手足をばりばり食えるといい。きっとあったかくて美味しいに違いない」

 外への門はまだ開いている。

 私は息を吸い込んだ。

 一歩進もうとして、躊躇いが出る。家族を残してきた。でも、私にはあの二人を助けるだけの智慧はない。

 三人死なすか、二人死なすか。

 私にある選択肢はそれだけだ。

 後者の方が絶対にプラスであるとわかっているのに、あの二人を見捨てられず、助けられず、愚かな私は玄関で立ち尽くして苦悩する。

 私は自分一人さえ助けられない。そのことを悟って目から涙が零れた。

 こんなに怖いのに。ここから逃げることはできない。逃げてもきっと重い後悔が私を押しつぶすだろう。

 腰から下のない若い女が空中を手で這いながら私を通り過ぎようとしていた。

 彼女は気まぐれに私に声をかけてきた。

「待ち合わせ? もうパーティーのメインイベントが始まってしまうから、ホールで待ったら?」

 私は首を横に振った。

「本当にいいの? 私は今日こそ足を貰う予定なのだけど」

 私は首を横に振り続ける。

「貴女は喉か、声を貰えばいいのに。こんなチャンスまたしばらくないわよ」

 親切そうにそういう、彼女の下の部分から内臓がでろろっと垂れていた。先端のほうは乾いて黒ずんで、干し肉みたいになっている。

 私は一度見てしまってから床に目を落として、やっぱり頭を左右に振った。

 タイルを張ってある床は血が点々と垂れ、すっかり汚れていた。

「いらっしゃいよ。せっかくの祭りだもの」

 おせっかいなお化けだと思った。そう思って、その顔を見て、その視線が私の足をじっと見ていることに気がついた。嫌悪感と恐怖で総毛立った。腕や足が一気に粟立つ。

 にんまりと笑う。私が人間だと、今宵の餌食の一人だと目星をつけている顔だ。

 喉の奥から不愉快な気泡がぷつぷつと上がってきた。嘔吐しそうだ。

 私は頭を横に振り続けたけれど、彼女の手が私の手を掴んだ。

「いきましょ」

 悲鳴を上げたかどうか、私は私のことなのに覚えていない。ただ強靭な力で引きずられて行ったことだけは覚えている。

 ホールには父と弟がいた。

 二人とも蒼褪めている。いまいち現状を把握し切れていないでぼーっとしている父と、これは何かの余興だと思い込もうとしているらしい弟。愚かな姿。

 彼らは化け物たちに押さえ込まれていた。

 私に気がついた父は、やはり愚かで私の名前を叫んだのだ。

 化け物たちの目が一斉にこちらに向く。

 どこを食べよう、どこを奪おう、そんな欲望に満ちた目。

 私は二人を絶望的な目で見つめてやった。

 私の言葉を信じなかった上に、私まで完全な窮地に追いやった身内。

 何も言うまい。

 だけど私が死ぬのは化け物のせいではなく、父と弟のせいだ。

 目の前にちゃんとした椅子が用意される。

 壁の前には壊れた椅子が三つある。一つはさっき私が壊したもの。あと二つは父と弟が壊したに違いない。

「さあ、賓客よ。ここに座りたまえよ」

 このパーティーの主催者が厳かに、嘲りながら言う。

 既にチェーンソーが用意され、それは大きなモーター音を響かせている。これ見よがしに回り続ける黄金の刃。

 撤回しよう。やっぱり私が殺されるのは、私のせい。家族を見捨てられれば生きられた。それができない弱さ。優柔不断さ。一番愚かなのは私だ。目の前に居る弟や父なら自分の命を最優先にしただろう。

 腰から下のない女が食い入るように私を見ていた。ちゃんと見てみれば、眉も長くて鼻梁もほっそりとしていてとても綺麗な女性だった。五体満足になればどんな男だって言いなりになりそうだ。

 いいよ。あなたに足をあげる。腰から下をあげる。

 そんな気分になった。自暴自棄になっているのかもしれない。

 ドレスの裾が触れただけで壊れる、化け物のための椅子。

 私は目を閉じるとその椅子に、ゆっくりと腰をおろした……。



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