拝啓、美しい双子へ
「そんな……見てちょうだい、この二人の瞳! 私達のどちらとも違うオレンジと青! まるであの双子みたいじゃない……気味が悪いわ」
「こっちを見ているぞ! 産まれたばかりの赤子は視力が弱いはずだろ!? どうしてこんなにハッキリと俺たちを見ている……!?」
「この子達は私達の子じゃないわ」
「あぁ。また失敗作が生まれてしまった……」
あぁ、自分達はいらない子なんだな、と双子は思った。
双子が持って産まれたのは、赤子とは思えないほど異常に発達した脳。そして両親の瞳とは全く違う、ネオンオレンジの双眼を持つ女児と紺碧の双眼を持つ男児。
腹を痛めて産み落とした双子の子供達の瞳に母親は嫌悪の言葉を吐き、父親は憎悪の目を向ける。
双子はそれを理解していた。胎の外側から聞こえる声を僅かな聴力で聞き取り、産まれる頃には日常的な会話はマスターしていた。
両親は依然として「双子をどこに捨てるか」「いや、いっそどこかに埋めるか」と話している。妊婦科の病室で。
鬼気迫る表情で話し合う夫婦は異常だっただろう。声が聞こえない距離にいる看護師が顔を引き攣らせて、怖気付いたように後退っている。
そうして夫婦の話の終着点が「家の裏にある神社の下に埋める」になった時、病室のドアがガラリと開いた。
「遅くなってごめん、母さん、父さん」
「あぁ、朝日」
「今、この失敗作の処分を決めたところだ」
「そっか……失敗作だったんだ。母さん、大変だったでしょ? ゆっくり休んで」
「あなたは本当に優しい子ね。母として嬉しいわ」
「うん。それなんだけど、さすがに犯罪はダメだと思うんだ。父さんと母さんの優秀な経歴に傷を付けたくない。そこで相談なんだけどさ」
入ってきた大学生ほどの青年は、その朝焼けの空のような双眼を柔らかく細めて両親に提案した。
「この二人は僕が育てる。母さん達は二人の顔を見るのも嫌でしょ? だから僕がやるよ。適当に育てて、時期を見て家を追い出せば良い。今すぐ捨てたら、加々良家が双子を追い出したなんて噂を立てられるかもしれないし。それなら、多忙な両親を想った長男が弟妹の育児を引き受けたってことにした方が良くない?」
「……なるほど。実に論理的で隙のない考えだ。さすがは俺達の息子だな」
「素晴らしい考えね、朝日。ぜひそうしましょう」
嬉しそうに頷く両親。
忌まわしい双子を見ることはなく、経歴に傷がつけられることもない完璧な計画に満足した様子でいる。
青年は「でしょ?」と微笑むと、双子の顔を覗き込んだ。
全てを見透かすような鮮烈なネオンオレンジの双眼と夜の深淵を映したような紺碧の双眼が、青年の濃い赤と桃色のグラデーションの瞳の視線と重なる。
キョトリと瞬く双子の前で、ふわりと花が綻ぶような笑みが咲く。
「初めまして。君たちの兄さんだよ。……よろしくね」
まさしく朝日のような輝く笑顔に、あぁこの人は兄なんだなと双子は自然と理解した。
△△△△
六歳児とはこんなに聡明だっただろうか。
この歳から既に将来美形に育つ片鱗をさまざまと見せつけてくる双子の兄妹に、新米幼稚園教諭の南は内心でハテと思った。
「よにぃ、見てこの狐。人間の文字が書けるって超賢いよ。しかも日本語。絵葉書描いてる。下手だけど」
「本当だな。見ろひぃ、このクジラもこんなに器用に絵を描いて……クジラは色の判別ができないはずだ。この本ゴミだな」
「ゴミ箱みっけ。捨てる?」
「いや、見つかったら面倒だからやめておこう」
「そかー」
なにこの子達怖い。こんな知性的な子供っている?
絵本を囲んでコソコソ話す兄妹はどう見ても微笑ましいのに、話す内容が歳不相応すぎる。怖い。というかクジラって色の判別できないんだ。初耳。
「え、えぇーと、昼菜ちゃん、夜牙くん? みんなと遊ばなくていいの? ……というか昼菜ちゃんなんでいるの? あじさい組だよね?」
「よにぃと遊びたかったから来た。自由時間は自由に動いていい時間だから自由時間なんだよね」
「たしかに、来ちゃダメなわけじゃないけど……」
なんて仲の良い兄妹なんだ、とベッタリ抱きつく妹と抱きつかれて満足げに白い頬を染める兄に遠い目をする。
(もうそろそろお迎えの時間……早く来てくれないかなぁ、癒しがほしい……)
他の園児に戯れつかれながら思っていると、先輩教諭が苦笑しながら話しかけてくる。
「不思議な子達でしょ、あの双子ちゃん」
「せんぱぁい……本当に……なんなんですか? あの子達……」
「どうにも、もう大人レベルの頭脳を持ってるみたい。IQテストは二百以上だったらしいわ」
「天才兄妹ってことですか……」
「その上この歳であの美形っぷり……運動神経も良いみたいだし、末恐ろしいわぁ〜」
その言葉に、南は双子の容姿を上から下までじっくり見る。
双子の兄である夜牙は、夜の深淵を映したような紺碧の双眼。艶やかな黒髪、雪のような白い肌に彼岸花を思わせる紅色の唇のコントラストが、歳不相応な色香を醸し出している。目が合った瞬間呑み込まれてしまいそうな、底知れない空気があった。
妹の昼菜は天高く昇って輝く太陽を彷彿とさせる、鮮烈な印象のネオンオレンジの瞳の持ち主だ。兄より長い黒髪、雪のような白い肌に鮮紅色の唇は兄と同じ。チラリと覗く八重歯が無邪気な印象だが、瞳の奥には測りきれない知性が見え隠れしている。
成長したら、花も蝶も霞むほどの宝石が如し美男美女になることだろう。
日頃から平々凡々を体現していると自虐している南はハハハと乾いた笑みをこぼした。
(たしかにこれは末恐ろしい)
その時「こんにちはー」とほのぼのとした穏やかな声が響いた。
途端に脳にドーパミンがどばっと溢れた。
「加々良さぁん! こんにちはぁ!」
我ながらワントーンくらい高くなったなと思う声に、いかにも会えて嬉しいですという想いが滲む。
彼はやぁと至って穏やかに笑って片手を上げた。
「どうも。昼菜と夜牙を迎えに―――」
「あにぃあにぃあにぃ! やっと来たもう遅いよぅ私もよにぃも待ちくたびれたー!」
「朝日兄さんほんとどうかしてるよ、こんな可愛い弟妹をほっぽって仕事三昧なんて。早く帰ろうお腹すいた」
「……来ました。うん、待たせてごめんね」
超弩級のスピードで飛びつかれて苦笑する兄、朝日にぽんぽんと頭を撫でられてンフフフフと嬉しそうに笑う双子。
その姿に思わずうっとりしてしまう。
朝日は兄妹揃っての艶やかな黒髪に、朝焼けの空を思わせる濃い赤と桃色のグラデーションの双眼を持つ美青年だ。
聞けば忙しい両親に代わって双子の面倒を一人で見ていて、家と大学とバイト先のカフェと幼稚園を行ったり来たりする生活を送っているらしい。
「さぁ帰ろうか。今日は」
「オニオンスープとかぼちゃの煮込みでしょ? 玉ねぎとかぼちゃの匂いがする」
「デザートはかぼちゃのプリン! 今日はスーパーの特売日だから絶対いっぱい買ってるもんねあにぃは!」
「あはは大正解。じゃ失礼しまーす」
「さよーならー……」
……子供とは思えない推理力。凄いを通り越してもはや怖いまで思う。
るんるんご機嫌な二つの小さな背中とゆっくり歩く大きな背中を見送った先輩教諭がポツリと言う。
「あの双子なら、あのアストライアにも行けちゃうかもしれないわね」
「え、アストライア!? 本当に!?」
「いや、思いつきだけどね」
ヨーロッパのどこかにあるとされる、国際連盟直轄探偵養成機関アストライア学園。
仰々しい字面の名前だが、簡単に言うと国際探偵連盟が直々に創り上げた探偵学校だ。ただしその文頭には、“世界一の”という形容詞が付く。
毎年世界中から何千人もの受験者が入学試験を受けるというが、合格率は毎年ゼロ点数パーセント。毎年の卒業率はその何十倍も低い。偏差値は時に八十を超えることもあるとか。
世界各国の警察組織が匙を投げた難事件を、訓練の一環として授業の題材に選ぶような狂ったカリキュラムが組まれている、らしい。
らしいというのは、朧げな姿しか見えない噂話、或いは卒業生の話でしかその存在が知られていないからだ。
世界一の探偵を育てるためだけに国家予算が投じられ、最新の科学捜査設備と、歴史の闇に埋もれた禁断のオカルト資料が同居する、美しくも不気味な要塞。
卒業してくるのは、常人の数倍のスピードで事件の真相を導き出す超記憶保持者、心理誘導のプロなど、人間離れした能力を持つ者たちばかり。
年齢層もバラバラで、十二歳で飛び級してくる天才児もいれば、年老いた老人もいる。各国で名を馳せた元エージェントが学び直しにやってくることもある。
アストライア学園の卒業生は、例外を除いて国際探偵連盟に加入している。
国際探偵連盟に所属する探偵は超一流中の超一流。
国家の裏に隠された難事件も、警察が投げ出す難解なトリックも、彼らにかかれば瞬く間に暴かれるともっぱらの噂だ。
文字通り、世界最高峰の頭脳と実績を誇るプロフェッショナルを輩出する場所だった。
「や、いやでもっ、さすがにアストライアは……」
「だから、本当に思いつきなんだって。ま、できたら凄いと思うけどねー」
たしかにとても凄いことだが、さすがに無理なんじゃないか。
(いや、でももしかしたら……)
いやいやいやいやいやっ。
まさかね、と思いつつ南は抱っこを迫る園児を抱き上げた。




