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最弱転生~知識だけが俺の剣~  作者: 生クリーム王子


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第9話「森の奥の、答えられない問い」

 審査期間が始まって、十日が経った。

 レンは毎日クエストに出た。魔草除去、薬草採取、害虫駆除、地図作成の補助。Fランクにできる仕事を片っ端から引き受けた。報酬は少ない。一日働いて銅貨十枚いけば良い方だった。だが金額よりも、仕事の中で得られる情報の方が価値があった。

 土壌の魔力分布、植生の偏り、魔物の行動域、村人が避ける場所と理由。一つひとつは断片だが、積み重なると地図になる。レンの頭の中に、この地域の構造が少しずつ立体的に組み上がっていた。

 夜は魔法の研究を続けた。

 公表も伝達もできない。だが考えることは止められない。圧縮詠唱の理論をさらに深め、音韻と魔力伝達の関係を仮説として組み立てた。紙に書き、検証し、書き直す。蝋燭が何本燃え尽きたかわからなかった。

 魔力も、少しずつ上がっていた。


魔力:E(19/500)


 七ポイントの上昇。数値だけ見れば微々たるものだ。だが毎日の魔法実験で、使い方の精度が上がっている。燃料が少なくても、無駄なく使えれば出力は変わる。それがレンの方向性だった。


 十一日目の朝、ボードに見慣れない依頼が貼られていた。

 紙の色は白だが、端に赤い印が押されている。緊急指定だった。


【緊急・Fランク以上】

北の森、第三区画における魔物異常発生の調査

報酬:銀貨二枚

注意:単独行動禁止。二名以上で受注のこと。


 銀貨二枚は、Fランククエストとしては破格だった。その分、リスクが高い。

 レンが依頼書を手に取ったとき、後ろから声がかかった。

「それ、俺も受けようと思ってた」

 振り向くと、見慣れない顔があった。

 年齢はレンと同じくらい。細身だが姿勢がいい。腰に短剣を二本。目が切れ長で、値踏みするような光を持っている。冒険者だが、どこか冒険者らしくない雰囲気があった。

「組むか」と男は言った。「二人以上の条件、満たせる」

「あなたのランクは」

「E。お前はF?」

「はい」

「構わない。俺はカイ。お前は」

「神崎レン」

「変な名前だな」とカイは言った。「行くか」

 理由を聞く前に、レンは頷いた。この依頼には行く価値があった。北の森の第三区画は、レンがまだ踏み込んでいない領域だった。


 北の森は、村周辺の林とは空気が違った。

 木が太い。地面が柔らかい。光が届きにくく、昼でも薄暗い。歩くほどに、魔力の濃度が上がっていくのを感じた。空気が重い、というより密度が高い感覚だった。

「魔力を感じるか」とカイが聞いた。

「はい。濃くなっています」

「この森の第三区画は、地下に魔力脈が通ってる。普段は安定してるんだが、最近何かが乱れてるらしい。魔物の行動が変わってる」

「魔力脈の乱れが魔物の行動に影響する、ということは文献に載っていましたか」

「載ってない。経験則だ」とカイは答えた。「本には書いてないことの方が多い」

 その一言が、レンの中で何かに触れた。

 正しい、と思った。


 第三区画に入ったのは、出発から一時間後だった。

 最初の異変は、音だった。

 森が静かすぎる。鳥の声がない。虫の音もない。生き物が意図的に避けている場所の静けさだった。

 レンは足を止めた。

「カイさん」

「気づいてる」とカイは小声で言った。「何かいる。近い」

 二人が警戒を高めた瞬間、地面が揺れた。

 揺れ、ではない。地面の一点が盛り上がった。土が弾け、茶色い塊が飛び出した。

 直径一メートルほどの球形の魔物だった。全身が硬質な殻に覆われ、目が八つ並んでいる。四本の脚が地面を掴み、低い唸り声を上げた。

「アーマービートルだ」とカイが言った。「殻が硬い。短剣じゃ傷つけられない」

「弱点は」

「腹側。ただし仰向けにするのが難しい」

 レンは魔物を観察した。

 殻の表面に、規則的な模様がある。六角形の区画が並んでいる。構造的に、力が分散するように設計されている。物理攻撃への耐性が高い理由はそこだ。

 だが六角構造には、一つの弱点がある。

 境界線だ。

 六角形と六角形の継ぎ目は、構造上どうしても他の部分より薄くなる。衝撃を一点に集中させることができれば、継ぎ目から亀裂が入る可能性がある。

「カイさん、気を引いてもらえますか。三十秒でいいです」

「何をする」

「試します」

 カイは一秒だけレンを見た。それから短剣を抜き、魔物の正面に走り出た。

 レンは魔物の側面に回り込んだ。殻の継ぎ目を探す。六角形の境界線が交差する点。そこに魔力を一点集中させる。

 圧縮詠唱では、これまで出力の制御が課題だった。広範囲に拡散するより、一点に絞る方が難しい。だが十日間の実験で、焦点化の仮説は立てていた。

 試すなら今だ。

 火。極小。一点。貫通。

 四語。新しい構文だった。実験では試せていなかった。

 一秒、何も起きなかった。

 二秒目、指先に熱が集まった。普段の豆粒大ではない。針の先ほどの、極めて小さく密度の高い光点が生まれた。

 それを、継ぎ目の交差点に当てた。

 ぱきん。

 乾いた音がした。

 殻の一点に、細い亀裂が走った。

 魔物が向きを変えた。レンの方を見た。八つの目が、一斉にこちらを向いた。

 まずい、とレンが思った瞬間、カイが魔物の脚に短剣を叩きつけた。バランスを崩した魔物が横に転んだ。腹が露出した。

 カイの短剣が、躊躇なく差し込まれた。

 魔物が痙攣し、動きを止めた。


 沈黙の後、カイがゆっくりと立ち上がった。

 レンを見た。さっきとは違う目だった。値踏みではなく、確認する目だった。

「今のは何だ」

「魔法です」

「魔力Fが?」

「Eマイナスです」

 カイはしばらく返答しなかった。それから殻の亀裂に指を当て、細さを確認した。

「俺より役に立った」と、ぽつりと言った。

「カイさんが気を引いてくれなければ、私一人では無理でした」

「……そうだな」

 カイは短剣を拭い、鞘に収めた。表情が読みにくい男だった。だが、敵意がないことはわかった。

 二人でさらに奥へ進みながら、レンは今の成功を整理した。

 焦点化詠唱は機能する。ただし魔力の消耗が大きかった。現在の魔力残量が十九から六まで落ちている。本番でこれを使うなら、事前の準備が必要だ。

 課題は多い。

 だが今日、また一つ、限界が動いた。

 森の奥から、低い地鳴りがした。まだ終わっていなかった。

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