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最弱転生~知識だけが俺の剣~  作者: 生クリーム王子


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第7話「実験、そして亀裂」

 翌朝、バルトはすでにギルドの前で待っていた。

 日が昇りきる前の時間だった。革の鞄に魔法書を三冊詰め込み、腕を組んで壁に寄りかかっている。レンが近づくと、無言で顎をしゃくった。

「場所は決めてある。村の東に古い訓練場がある。人が来ない」

「ありがとうございます。私は道具を持っていないので――」

「必要なものは全部持った。お前は頭だけ持ってくればいい」

 それだけ言って、バルトは歩き始めた。

 レンは一歩遅れてついていきながら、バルトという人物を観察した。Bランク。魔法使い。二十年のキャリア。それだけの実力者が、Fランクの理論に興味を持った。それは単純な好奇心なのか、あるいは何か別の動機があるのか。

 まだわからない。だから観察を続ける。


 訓練場は、村の外れにある石造りの広場だった。

 四方を低い壁に囲まれ、地面は黒く焦げている。長年の魔法訓練の痕跡だった。バルトは中央に立ち、鞄から測定器具を取り出した。小さな水晶球と、目盛りのついた金属の板だ。

「魔力消費量を測れる。実験前と後で比較する」とバルトは言った。「まず俺が通常詠唱で火魔法を使う。消費量を記録する。次にお前の圧縮詠唱で同じ現象を起こす。差異を測る」

「比較実験ですね。正しい手順だと思います」

「当然だ」

 バルトは水晶球を握り、目を閉じた。

 古語詠唱が始まった。三十二語、抑揚のある発音で紡がれていく。十秒後、バルトの右手の前方に、握り拳大の火球が現れた。安定した球形で、揺らぎが少ない。熟練した技術だとわかった。

 水晶球の数値を確認する。消費魔力、四十二。

「次はお前の番だ」とバルトが言った。「同じ規模で試せ」

 レンは右手を前に出した。

 昨日の感覚を思い出す。胸の奥の、炭火のような熱。それに意識を向け、命令を組み立てる。

 火。小さく。前方に。出せ。

 昨日より、意識が鮮明だった。魔力の在処を知っているぶん、アクセスが早い。

 二秒後、指先から火花が散った。

 昨日と同じ、一粒だけ。

「消費魔力は?」バルトが聞いた。

「測定できないくらい小さいです。誤差範囲内です」

 バルトが眉をひそめた。

「発現規模が違いすぎる。お前の火花は魔力消費ゼロに近いが、現象も最小だ。同規模で比較するには、お前の出力を上げる必要がある」

「出力の上げ方が、まだわかっていません」

「それを今日、解明する」


 三時間の実験だった。

 レンは繰り返し試した。四語の命令に、規模の指定を加える。「火、中規模、前方、出せ」。言語化した途端、出力がわずかに上がった。火花が、豆粒大の炎になった。

 消費魔力、二。

 バルトの目が変わった。

「同じ現象を、俺の詠唱では魔力六消費する。最小規模でそれだ」

「規模の概念を言語に含めることで、魔力の分配効率が上がるのかもしれません。古語詠唱では規模の指定が詠唱末尾の修飾語に含まれていますが、命令の優先順位として前半に置いた方が処理が早い可能性があります」

 バルトはしばらく黙った。

「魔法を、情報処理として捉えているのか」

「近いかもしれません。私の元いた場所では、機械に命令を与える技術がありました。命令の順序と簡潔さが、処理速度と効率に直結する。魔法にも同じ原理が働いているとしたら、詠唱の設計を見直す余地があると思っています」

「元いた場所」とバルトは繰り返した。「遠い地方の話か」

「ええ」

 それ以上は聞かれなかった。バルトは魔法書を開き、古語詠唱の構造をレンに見せながら、二人で分解作業を始めた。

 三十二語を要素分解すると、意味の核は七つだった。レンはそれをさらに圧縮し、五語の新構文を設計した。バルトが試す。消費魔力が四十二から二十八に落ちた。

「……三分の二だ」とバルトは言った。声が低かった。

「まだ最適化の余地があります。古語の音韻構造が魔力伝達に影響している可能性があるので、音の選択も変数として考える必要があります」

「一日で、ここまで来るか」

 バルトの声に、驚きと、それ以上の何かが混じっていた。


 夕方、二人でギルドに戻ったとき、様子がおかしかった。

 扉を開けた瞬間、視線が集中した。昨日と違う。好奇心ではなく、緊張に近い空気だった。ゴードンが立ち上がり、早足でレンに近づいた。

「まずい」と小声で言った。「今朝の話が広まった」

「どこまで」

「街まで行った。魔法師ギルドの連中が聞きつけた」

 レンは一瞬だけ目を止めた。

「魔法師ギルド、というのは」

「冒険者ギルドとは別の組織だ。魔法の研究と管理をしている。この国で魔法の理論に関する権威を持ってる連中だ」とゴードンは言った。「そいつらが、お前の話を聞いて――」

「よろしくない反応だった、と」

「一言で言えばそうだ」

 バルトが低い声で言った。「来るとしたら明日だな」

「何者が来るんですか」

「魔法師ギルドの査問官だ」とバルトは答えた。「千年続く詠唱様式を否定するような理論を野放しにはしておけない。まず事実確認に来る。そして状況によっては――」

 バルトが言葉を止めた。

 続きは言わなかった。言わなくても、わかった。

 レンは窓の外を見た。夕暮れの空が、赤く染まっていた。

 三日前まで、草むしりをしていた。今日は魔法の常識に亀裂を入れた。そして明日は、その亀裂を埋めようとする力と向き合うことになる。

 速すぎる展開だと思った。だが、止まる理由もなかった。

 正しいことを、正しいと言う。それだけだ。

 レンは静かに、明日の準備を始めた。

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