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最弱転生~知識だけが俺の剣~  作者: 生クリーム王子


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第4話「最弱が、最初の壁を越える日」

 クエストボードは、ギルドの壁一面を占領していた。

 羊皮紙に書かれた依頼が、ランク別に色分けされて並んでいる。白が最低のFランク、灰色がE、黄色がD――上に行くほど、紙の色が鮮やかになっていく。レンが手を伸ばせるのは、当然、白い紙だけだった。

 Fランククエスト一覧。


・村外周の雑草除去(魔草含む) 報酬:銅貨5枚

・井戸周辺の清掃        報酬:銅貨3枚

・宿屋の薪割り         報酬:銅貨2枚

・薬草採取(指定種)      報酬:銅貨8枚


 レンは一枚ずつ、丁寧に読んだ。

 報酬だけで選ぶなら薬草採取が最も高い。だが知識がない状態で植物の採取に出るのはリスクが高い。誤った種を持ち帰れば無報酬になるだけでなく、信用を失う。信用はこの世界での資産だ、序盤に傷つけるべきではない。

 レンが選んだのは、魔草除去だった。

 昨夜、巨漢の冒険者から聞いた情報がある。対処法がわかっている依頼を選ぶ。当たり前の判断だが、多くの人間は報酬の高さや見た目の簡単さで選ぶ。そこに差が生まれる。

「これをお願いします」

 受付嬢――名前はアリアといった、登録時に確認していた――にクエスト票を差し出した。アリアはちらりとレンを見て、無言で受け取った。

「革手袋はお持ちですか」

「持っていません」

「ギルドで貸し出しています。デポジットは銅貨一枚です」

「今は一枚も持っていないんですが」

 アリアは三秒間、レンを見た。

「……初回限定で、報酬から差し引く形にします」

 規則の外の対応だった。レンは「ありがとうございます」と言い、それ以上は何も聞かなかった。恩を売られたとき、それを当然と思う人間と、記憶に刻む人間がいる。レンは後者だった。


 村の外周は、緩やかな丘に沿って広がっていた。

 朝の光の中、草原が風に揺れている。のどかな光景だが、レンは油断しなかった。昨日聞いた情報を反芻しながら、足元を注意深く見て歩いた。

 魔草の特徴。茎は通常の草より太く、葉の縁が鋭角。根元に向かって赤みが増す。触れると皮膚から麻痺毒が入る。炎に弱い。根を切断した直後は樹液が揮発するまで三十秒待つ。

 五分歩いたところで、最初の一本を見つけた。

 草むらの中に、明らかに色味の違う植物があった。葉の縁が鋸歯状で、茎の根元に薄い赤みがある。毒の濃度は低い。最初の相手としては悪くない。

 レンは革手袋をはめ、腰に挿した短い木の棒を取り出した。これはギルドを出る前に、道端で拾ったものだ。武器はない。魔法は使えない。あるのは手袋と棒と知識だけだ。

 棒の先端を根元に当て、力を込めて押し切る。

 ぶつ、と音がして茎が折れた。切断面から透明な液体が滲んだ。レンは手を止め、心の中でカウントした。

 一、二、三――

 三十秒後、液体の表面が乾いた。

 レンは根ごと土から引き抜き、指定の袋に入れた。

 最初の一本。

 地味だった。達成感とも言えないような、小さな手応えがあっただけだった。だがレンは、その感触を大切に胸に収めた。ゼロがイチになった瞬間というのは、いつだって地味なものだ。


 二時間で、三十一本の魔草を除去した。

 途中、赤みの濃い個体が二本あった。毒の濃度が高い。素人なら迷わず触れて麻痺していただろう。レンは遠巻きに確認し、棒の長さを最大限に使って処理した。追加で五分かかったが、怪我はなかった。

 村に戻ってギルドに入ったとき、昨日の巨漢が壁際に座っていた。レンを見て、少し目を見開いた。

「……生きて帰ってきたのか」

「はい」

「魔草、何本やった」

「三十一本です」

 男は眉を上げた。「Fランクの初回平均は十本前後だ」と小声で言った。驚いているが、それを認めたくない顔をしている。

 アリアに袋を渡すと、確認作業が始まった。一本ずつ取り出し、状態を確認している。やがてアリアが顔を上げた。

「全て規格内です。破損なし、根の処理も適切。報酬は銅貨五枚から手袋のデポジット一枚を引いて、四枚になります」

「ありがとうございます」

「……一つ聞いていいですか」

 アリアの声のトーンが、わずかに変わった。職務上の声ではなく、個人的な問いに近い声だった。

「魔草の処理、誰かに教わりましたか。初回でこの精度は珍しい」

「昨日、ここで聞きました」

「誰に」

「あの方に」

 レンが視線を向けると、壁際の巨漢が「あ?」と声を上げた。

「俺か? 俺はちょっと話しただけだぞ」

「十分でした。ありがとうございました」

 男はしばらくレンを見てから、ばつが悪そうに頭を掻いた。

「……ゴードンだ」と男は言った。「名前くらい教えてやる」

「神崎レンです」

「変な名前だな。まあいい」

 ゴードンは立ち上がり、大きな手でレンの肩を一度だけ叩いた。昨日のからかいとは違う、重さのある手のひらだった。


 その夜、レンは宿の自室で銅貨四枚を手のひらに並べた。

 小さくて、薄くて、軽い。だが紛れもなく、この世界で初めて自分が稼いだものだった。

 今日わかったことを頭の中で整理する。魔草の処理方法は実地で検証できた。【知識の蓄積】は聴覚情報もきちんと保持している。体力の消耗は想定より大きい。筋力E-というのは、二時間の軽作業でも筋肉痛が出るレベルだと理解した。

 課題は多い。体力強化が急務だ。魔力が低い以上、体が資本になる。

 だが今日、一つだけ確信を得た。

 知識を正しく使えば、最弱でも前に進める。

 剣も魔法もない。チートも与えられなかった。それでも、正しい問いを立て、情報を集め、最適な手順を踏めば、結果は出る。それはこの世界でも変わらなかった。

 銅貨を握りしめ、レンは目を閉じた。

 まだ、ほんの入口だ。

 この大陸の全てを理解する日まで、まだ途方もない距離がある。

 ――でも、今日の一歩は本物だった。

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