第3話「最弱の烙印と、情報という名の牙」
冒険者ギルドは、村の規模に似合わない大きな建物だった。
朝靄の中、石造りの外壁に掲げられた剣と盾の紋章を見上げながら、レンは扉に手をかけた。深呼吸はしなかった。緊張を感じていなかったわけではない。ただ、緊張に意味がないと知っていた。
扉を開けると、煙草と革と汗の混じった匂いが鼻をついた。
朝の早い時間だというのに、十数人の冒険者がいた。全員がレンより体格がいい。全員が武器を持っている。レンが入ってきた瞬間、いくつかの視線が向いた。値踏みする目だった。
レンは視線を受け流し、受付カウンターへ歩いた。
カウンターにいたのは、金茶色の髪を束ねた若い女性だった。整った顔立ちに、鋭い目。レンを見た瞬間、その目がわずかに細くなった。
「登録希望ですか」
「はい」
「ステータス測定をお願いします」
差し出された水晶球に手を置く。光が広がり、数値が浮かんだ。
受付嬢の表情が、一瞬固まった。
魔力 :E(12)
体力 :E(18)
筋力 :E-
敏捷 :E-
固有スキル:【知識の蓄積】
背後でざわめきが起きた。「Eマイナスって本当にあるんだな」と誰かが言った。別の誰かが笑った。
受付嬢は感情を排した声で言った。
「登録は可能です。ただし、魔力12は成人平均の約六パーセントです。魔法の習得は現実的ではありません。戦闘クエストへの参加は、命に関わる可能性があります」
「わかりました」
「……本当に、登録しますか」
その問いに、一瞬だけ迷いが滲んでいた。哀れみではない。確認だ。この受付嬢は、感情よりも職務を優先するタイプだとレンは判断した。
「はい。お願いします」
登録証を受け取って振り返ったとき、大きな手がレンの肩を掴んだ。
二メートル近い巨漢だった。日焼けした顔に、頬の古い傷跡。胸にCランクの紋章。悪意というより、暇を持て余した子供のような目をしていた。
「よう新入り。Eマイナスで冒険者になるつもりか?」
「なります」
「無謀だぜ。草むしりクエストだって、魔草に殺されることがある」
「魔草について教えてもらえますか」
男の表情が止まった。
「……あ?」
「どんな特性があって、どう対処するのか。知っておきたいので」
男はレンをしばらく見た。からかいの続きを探しているようだったが、やがて「変なやつだな」と言って腰を下ろした。仲間たちも、笑うのをやめた。
「魔草ってのはな、根に弱い麻痺毒を持ってる。触れた瞬間に皮膚から入るから、素手はダメだ。専用の手袋か、革手袋で十分防げる。炎に弱いから、火魔法が使えるやつは一発だ。お前みたいに魔力がないなら、棒で根元から切るしかない」
「茎の色で毒の濃度は変わりますか」
「……よく知ってるな。赤みが強いほど毒が濃い。黄色いのは弱い」
「根の切断面に触れても危険ですか」
「切った直後は樹液が出るから危ない。三十秒待てば揮発する」
男は徐々に前のめりになっていた。
レンは一言も漏らさず記憶した。【知識の蓄積】が静かに作動している感覚があった。情報が、層を成して積み重なっていく。
これだ、とレンは思った。
剣を振るう必要はない。魔法を放つ必要もない。ただ、正しい問いを立てて、答えを引き出して、繋げる。地球で二十四年かけて磨いた思考の型が、そのままこの世界で使える。
「ありがとうございます」とレンは言った。「助かりました」
「……お前、本当に変なやつだな」
男は頭を掻きながら笑った。悪い笑い方ではなかった。
受付嬢がカウンター越しにこちらを見ていた。さっきとは少し違う目で。
レンはそれに気づいたが、何も言わなかった。
まず一つ、信頼の種を蒔いた。育つかどうかは、これからの行動次第だ。
最弱の冒険者が、静かに歩き出した。




