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最弱転生~知識だけが俺の剣~  作者: 生クリーム王子


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第17話「商会の虎と、対等な盤面」

 王都の宿は、カイが手配していた。

 城門から徒歩十分、商業区画の外れにある小さな宿だった。目立たない場所、目立たない外観。カイが選ぶ宿は、全てそういう基準で選ばれているとレンは気づいていた。

 部屋に荷物を置き、三人で夕食を取りながら明日の段取りを確認した。

 ヴァルキス商会との面会は午前十時。場所は商会の本部、商業区画の中心部にある石造りの大きな建物だとトレードから事前に聞いていた。エルナは研究院への挨拶を午後に入れ、午前はレンに同行する。カイは単独で動き、旧知の騎士団員に接触する。

「昨日の尾行について」とカイが言った。「俺の伝手に確認した。王都入りを把握していた組織は、今のところ二つ候補がある。魔法師ギルドと、王都の治安維持部隊だ」

「治安維持部隊が尾行する理由は」とエルナが聞いた。

「Fランク冒険者がCランク魔物を倒した報告が本部に届いている。異常戦績の調査員が動いている可能性がある」

「それは敵対的ではない」とレンは言った。

「そうだ。問題は魔法師ギルドの方だ。セルディオが王都にいる。俺たちが王都に来たことは、すでに知っているだろう」

「動くとしたら、いつですか」

「商会との交渉が成立した後だと思う。成立前に動いても意味がない。成立した瞬間に潰しに来る可能性が高い」

 レンは考えた。

「交渉を成立させた後、即座に文書を公証する手段はありますか」

 エルナが顔を上げた。「王都には公証ギルドがあります。商業契約の公証は即日対応しています。公証が完了すれば、第三者機関が内容を保証する形になります。魔法師ギルドが後から介入しても、商業契約そのものを無効にはできません」

「交渉成立から公証完了まで、どれくらいかかりますか」

「早ければ二時間です」

「交渉が終わり次第、直接公証ギルドに向かいましょう。その間、カイさんに護衛をお願いできますか」

「問題ない」とカイは言った。

 段取りが決まった。


 翌朝、ヴァルキス商会の本部は、想像より大きかった。

 五階建ての石造り建築。一階が店舗、上が事務所と会議室。入口に制服を着た案内係が二人立ち、レンたちを見て名前を確認した。事前に登録されていたらしく、すぐに中へ通された。

 廊下を歩きながら、レンは内部を観察した。

 調度品が上質だ。従業員の動きが無駄なく整っている。書類の扱い方、歩く速度、すれ違うときの礼の角度。全てが訓練されている。大きな組織が長年かけて作った文化だとわかる。

 通された会議室は、三階の角部屋だった。窓から商業区画の街並みが見えた。

 三分後、扉が開いた。


 入ってきた人物を見て、レンは一瞬だけ想定を修正した。

 副会頭というから、四十代か五十代の男性を想定していた。

 現れたのは、三十代前半の女性だった。

 背が高く、黒髪を一本に束ねている。灰色の仕事着が体に合っていて、動きやすさと格式を両立している。目が鋭い。入室した瞬間から、室内の全員を一度で把握した目だとわかった。

 後ろに書記が二人。護衛が一人。最低限の人数だった。

「ヴァルキス商会副会頭、ミレーヌ・ヴァルキスです」と女性は言った。「会頭の娘で、副会頭です。先代の会頭が引退し、現在は私が実務を仕切っています」

 名前が商会名と同じだった。創業家の直系だ。

「神崎レンです」とレンは言った。「こちらはエルナ・ヴァルトシュタイン、王都魔法研究院所属です」

 ミレーヌはエルナを一度見た。

「研究院が同席するとは聞いていませんでした」

「私個人としての同席です」とエルナは言った。「商会との交渉に介入する立場ではありません。技術の学術的評価を、必要に応じて提供できます」

 ミレーヌは一秒だけ考えた。

「座ってください」


 交渉は、最初から本題だった。

 世間話がなかった。ミレーヌが書類を一枚出し、テーブルの中央に置いた。

「こちらが弊社の提案書です。技術使用権の独占契約、期間二年、対価は年間金貨五百枚です」

 レンは書類を読んだ。

 条件を整理する。独占期間二年、対価年間金貨五百枚。表面上は高額だが、ヴァルキス商会の規模で魔力消費が三分の二になれば、年間削減コストは金貨数千枚規模になるはずだ。対価は削減分の十分の一以下だ。

「独占期間を二年とした理由を聞かせてもらえますか」とレンは言った。

「技術の普及には時間がかかります。二年あれば市場を確保できます」

「弊社、という表現をされましたが、他社への展開を二年間止める条件ですね」

「そうです」

「削減できるコストの試算を、御社はどう計算していますか」

 ミレーヌは少しだけ目を細めた。

「年間で金貨四千枚から五千枚の削減を見込んでいます」

「では対価は削減分の十分の一です」とレンは言った。「独占二年で他社展開を止める条件としては、弊社の提供する技術が過小評価されています」

 ミレーヌは返答しなかった。

 レンは続けた。

「私が求める条件は三つです。一つ、独占期間は六ヶ月。それ以降は他社への展開を私が自由に行える。二つ、対価は独占期間中の削減コストの三割。六ヶ月で削減が金貨二千枚なら、対価は六百枚です。三つ、契約の公証を今日中に完了させること」

 会議室が静かになった。

 書記の二人が顔を上げた。ミレーヌは表情を変えなかった。だが指先が、一度だけテーブルを叩いた。

「独占六ヶ月では、市場確保に不十分です」

「十分かどうかは御社の展開力次第です。六ヶ月で主要市場を押さえられない組織なら、二年あっても結果は変わりません。御社の実力を、私は高く評価しています」

 ミレーヌは少しの間、レンを見た。

「今日中の公証にこだわる理由は」

「外部からの介入を防ぐためです」とレンは正直に言った。「魔法師ギルドが動く前に、契約を法的に確定させる必要があります」

「魔法師ギルドが邪魔をすると」

「可能性があります。御社も、ギルドとの関係は良好ではないと推察しています。魔法道具の販売許可を巡る交渉が、過去に複数回難航したと聞きました」

 ミレーヌの目が、初めて変わった。

 警戒ではなく、興味だった。

「よく調べましたね」

「必要なことは事前に確認します」

 ミレーヌは書類を引き戻した。新しい紙に何かを書き始めた。

「独占期間、九ヶ月。対価は削減コストの二割五分。公証は今日中。これで合意できますか」

 レンは計算した。

 九ヶ月の独占。対価は当初提案より大きく改善した。公証の条件も通った。完璧ではないが、十分だ。

「合意します」

 ミレーヌが手を差し出した。

 レンは握手した。

 ミレーヌの手は、思いのほか力強かった。

「一つ聞いていいですか」とミレーヌは言った。握手したまま。

「どうぞ」

「あなたは何者ですか。Fランク冒険者が、この交渉をする」

「勉強だけが取り柄の、平凡な人間です」

 ミレーヌは少しの間、レンを見た。

 それから、初めて笑った。

「面白い人ですね」


 公証ギルドに向かう道で、カイが合流した。

 三人で歩きながら、レンは契約書を鞄にしまった。

「交渉はどうだった」とカイが聞いた。

「成立しました」

「問題なく?」

「想定より良い条件で」

 カイは少し意外そうな顔をした。

「尾行は」とレンは聞いた。

「いた。二人。商会の建物の周りで待っていた」

「魔法師ギルドですか」

「おそらく。ただ動かなかった。交渉の結果を待っていたんだろう。成立したとわかれば、次の手を打ってくる」

「公証が完了するまでの二時間が勝負です」

「わかってる」

 エルナが歩きながら言った。「公証ギルドへの最短ルートを知っています。裏道を使えば時間を短縮できます」

「案内をお願いします」

 三人の歩調が速くなった。

 石畳の上で、三人の足音が重なった。

 背後に視線を感じた。

 振り返らなかった。

 前だけを見て、歩いた。

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