第11話「波紋、そして仮面の下」
ギルドに戻ったのは、夕刻だった。
扉を開けた瞬間、視線が集中した。今回は昨日までと種類が違った。驚き、困惑、そして一部に畏怖に近いものが混じっていた。
カウンターのアリアが立ち上がった。
珍しかった。アリアが立ち上がるのを、レンは初めて見た。
「報告をお願いします」と彼女は言った。声が、いつもより一段低かった。「討伐証明の素材はありますか」
カイが無言で鞄を開け、カウンターに置いた。
ヴェインイーターの中枢紋様から切り取った発光結晶だった。青白い光をわずかに残したまま、透明な石のようにカウンターの上に置かれた。
アリアはそれを見た。見ただけで、手を伸ばさなかった。
「……確認します」と彼女は言った。水晶の測定器を当てると、数値が跳ね上がった。「ヴェインイーター、成体。魔力残量から推定する個体強度はCランク上位相当です」
ギルドの中が、静かになった。
「討伐者は」
「俺とレンの二人だ」とカイが答えた。
「ランクは」
「俺がE。レンがF」
アリアは三秒間、カイを見た。次にレンを見た。それからもう一度、結晶を見た。
「……報告書の作成が必要です。お二人とも、少々お待ちください」
待っている間、ゴードンが来た。
いつもの豪快な雰囲気がなかった。テーブルに座り、低い声で言った。
「本当にやったのか」
「やりました」
「お前たち二人で、ヴェインイーターを」
「カイさんが仕留めました。私は囮です」
「囮って……」ゴードンは頭を掻いた。「Cランク上位の囮をFランクがやるか、普通」
「他に選択肢がありませんでした」
ゴードンはしばらくレンを見てから、視線をカイに移した。
「カイ。お前、どこの出身だ」
「王都の南だ」とカイは答えた。「それが何か」
「いや」とゴードンは言った。「動きが、辺境育ちじゃないと思って」
カイは答えなかった。
レンはその沈黙を記憶した。
アリアが報告書を持ってきたのは、三十分後だった。
二枚の書類をカウンターに置き、説明を始めた。
「討伐報酬は依頼書の銀貨二枚に加え、Cランク相当魔物の特別討伐報奨として金貨一枚が加算されます。二人での山分けになりますので、お一人あたり銀貨十一枚と銅貨五枚です」
レンは数字を整理した。今まで稼いだ総額の、十倍以上が一日で入った。
「もう一点」とアリアは続けた。声が、わずかに固くなった。「この討伐報告は、規定によりギルド本部へ自動送信されます。FランクとEランクによるCランク上位討伐は、記録上前例がありません。本部から調査員が来る可能性があります」
「また外部から人が来るんですか」とレンは言った。
「魔法師ギルドとは別の話です。冒険者ギルドの調査員は、異常な戦績を持つ冒険者のランク審査と、戦闘詳細の記録が目的です。基本的に敵対的ではありません」
「基本的に、というのは」
アリアは一瞬だけ間を置いた。
「例外があることもある、ということです」
その夜、レンとカイは同じ宿に泊まった。
食堂で夕食を取りながら、レンはカイを観察した。
食べ方が綺麗だった。辺境の村育ちの冒険者には、あまり見られない所作だった。ナイフとフォークの使い方、背筋の伸び方、食後に口元を拭う動作。どれも、ある程度の教育を受けた人間のものだった。
ゴードンの「動きが辺境育ちじゃない」という言葉が頭に残っていた。
「一つ聞いていいですか」とレンは言った。
「内容による」
「今日の戦闘で、私の圧縮詠唱を見ましたよね。驚かなかった」
カイは箸を止めた。
「驚いた」
「顔に出ていませんでした。魔法師ギルドの査問が入ったことも知っていましたか」
間があった。
「知っていた」
「なぜ」
「情報は集める主義だ」とカイは言った。「お前のことは、ギルドに来る前から聞いていた」
レンは少し考えた。
「私を探して来たんですか」
「探した、とは少し違う」カイは言葉を選んでいた。「確認しに来た」
「何を」
「噂が本物かどうか」
レンはカイの目を見た。切れ長の目が、初めて少し開いた。
「お前は本物だった」とカイは言った。「それだけだ」
それ以上は話さなかった。
レンも聞かなかった。今日一日で得た情報を整理するだけで、頭の容量が足りなかった。
深夜、レンが自室で研究ノートを開いていると、廊下に足音がした。
扉の前で止まった。
ノックがあった。
「レン。起きてるか」
カイの声だった。
「起きています」
扉が開き、カイが入ってきた。手に一枚の紙を持っていた。
テーブルに置いた。
レンはそれを見た。
地図だった。この地域ではなく、もっと広い範囲の地図だ。王都、複数の都市、そして各地に印が打たれている。赤い印と、黒い印。
「これは」
「魔力脈の異常発生地点だ」とカイは言った。「過去三ヶ月のデータだ。俺が集めた」
レンは地図を見た。印の分布に、パターンがあった。
無作為ではない。何かの方向性がある。
「収束点があります」とレンは言った。「全ての異常が、ここに向かっている」
指が止まった場所に、印はなかった。
だが地図上の空白が、むしろ雄弁に何かを語っていた。
「王都の、真下だ」とカイは言った。静かな声だった。「三ヶ月後、魔力脈の全異常が収束する。何が起きるかは、まだ誰も知らない」
レンは地図から目を離さなかった。
「あなたは、誰ですか」
カイは少しの間、沈黙した。
「今は言えない」と彼は答えた。「ただ一つだけ言う。お前の力が必要だ。魔法の力じゃない。考える力が」
夜の宿に、風が吹き込んだ。
蝋燭の炎が揺れた。
レンは地図を見つめたまま、静かに言った。
「詳しく聞かせてください」
カイが椅子を引いて座った。
長い夜が、始まった。




