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私の家に転移者!?  作者: ほおじろざめ
3/3

教室の方が過ごしやすい

 夜ご飯は皿が足りないせいで、絶対にやらないと誓っていたフライパンのままに机に置くという愚行を断腸の思いで実行した。

 料理はシキの口に合っていたみたいで、フライパンの中にあった二人分のおかずのうち、八割くらいを持っていかれた。

 そこから洗濯物を干したり、お風呂に入ったりしていたら、いつの間にかいつもの就寝時間になっていた。

「もう寝るよ。明日は学校あるから」

 私は一人用のソファで興味津々にテレビのバラエティ番組を観ているシキに言った。

「えー、もう寝るの?まだ十一時じゃん」

「もう十一時なの。ほら、電気消すよ」

「ちょっと待って!シキはどこで寝ればいいの?」

 私は白いフローリングを指差す。

「やだ!シキもベッドで寝たい!」

「わがまま言うな、ちびっ子!ここは私の家だ!」

「シキの家でもある!一緒に寝ようよ!」

 私の許可をもらうのを待たずして、シキは私の横をすごいスピードで横切って、壁際に寄せてあるベッドにダイブして頭を壁にぶつけた。

 寝具は残念ながら一つしかない。一応は母と私の二人で暮らすようにと借りている家なのに、母の気配など、この家には一切ない。

 ベッドも一つ。皿も一人分。ソファも一人用。歯ブラシも一本。

きっと母はすでに会社に近い別の家を借りているに違いない。

「どうしたの、キノ?寝るんじゃないの?」

 さっきまで駄々をこねていたのに、すっかり入眠の準備を整えたシキが催促してきた。

「はいはい、寝る寝る」

 ベッドの真ん中ら辺に仰向けで寝転がっていたシキがコロッと半回転して壁際の方に移動してうつ伏せになった。

「シキ、壁側は私。シキはこっちの最悪、転げ落ちる手前側の方で寝て」

「えぇー、しょうがないなー」

 意外にも素直に私の要望に応じてくれて、またクルクルとベッドの上を転がり始めた。

 私はシキもろとも跨いで、念願の壁際の陣地を占拠できた。

 電気を消して、部屋の中を夜へと変貌させる。視界が機能しなくなったことにより、横に寝転んでいるシキの気配を遺憾無く感じる。

 シキが寝返りを打って、その手が私の後頭部にぶつかる。無視して夢の世界へと踏み出そうとキツく目を瞑っていたら、シキが口を開いた。

「せめぇーー」

「文句言うなー。一人用を二人で使ってるんだからしょうがないでしょ」

 私だって、ただでさえ暑苦しいこの空間で密着するのは避けたいけど、私がベッドで寝ないなんてのは論外だし、シキは絶対に他の場所で寝てくれないなんてのは目に見えている。

「私、あした学校って言ったでしょ?早く寝ないと遅刻しちゃうから静かにして」

「学校かー。どうやって行くの?」

「電車。って言ってもわかんないか」

「わかんねー。この世界って意味不明なものばっかり」

「シキがいた世界ってどうやって移動してたの?」

「だいたいは魔法で空飛んでた」

 文明レベルが違いすぎる。ていうか、それは覚えているのか。

「シキって重要なところだけ、ぽっかり忘れてるよね」

「えへへ」

 えへへじゃない、えへへじゃ。早いところ元の世界に送り届けてやらなければ、私の生活がどんどん狂っていく。

「ねえ、キノ。こっち向いて」

 シキに背を向けていた私は、煩わしく思いながらもキノの方へ向き直った。暗闇に目はすっかりなれていて、シキの端正な顔立ちが想像よりも近くにあって少々驚いた。

 シキは私の手を強引に引っ張って、両手で包み込んだ。

「改めて、シキが住むことを許してくれてありがとう。これから毎日、楽しく暮らそうね!絶対に後悔させないから!」

 その暗闇の中でも輝きを放っている穢れなきまなこに、私は気圧されて息を呑んだ。右も左も分からない新たな世界で、たった一人で放り投げられたというのに、そこに悲観な感情は全くなく、前だけを向いて明るく振る舞えるその胆力には舌を巻く。

「もう後悔してるけどね」

 私にはそんな憎まれ口を叩くことしかできなかった。

「えぇー!だったら、その後悔を歓喜に変える!」

 羨ましいな。その真っ直ぐな性格が。

 私は優しくシキの手から逃れて、再び背を向けた。

「おやすみ、キノ」

「おやすみ、シキ」

 明日からはシキの分のお昼ご飯も私の弁当とは別に作らないといけないのか、なんて思いながら瞼を下ろした。


「く、苦しい……」

 息苦しさを感じて、目を覚ました。

 閉まっているカーテンからは太陽が放つ明るい光が漏れ出ていて、朝の訪れを知らせてくれている。それにも関わらず、未だにシキは気持ちよさそうに寝息を立てている。

 目の前にある机の上にはシキが使っていたコップが、置かれているのが見えた。

 こいつ、めっちゃ抱きついてくるじゃん……。

 私はシキからバックハグのような形でしっかりとホールドされている。腕だけでなく足でも私を離さまい、とキツく縛りつけてきている。

 私は抱き枕じゃないんだけど……。

 このままじゃ起きられないと思い、少し力ずくでそれらを解いた。

 シキが「んぅーん」と言いながら、私に興味をなくしたように離れるように寝返りを打って、また壁に頭をぶつけた。

 笑いそうになるのを堪えて、弁当を作らなくては、と床に足をつけた瞬間に違和感を覚えた。

 なんで私は今、ベッドのこっち側にいるんだ……?

 私は寝るときに壁際にいたはずなのに、どうしてシキと場所が入れ替わっているんだ……?

「????」

 私がシキの上を転がりながら移動したのか?それともシキが?もしかしたら、お互いにベッド上を半周ずつしたのか?

 奇妙な現象に、絶対に導き出せない答えを模索しながら壁にかけられた時計を見たら、いつも起きる時間よりも三十分も針が進んでいた。

 私はその事実にしばらく呆けた後に、急いでキッチンに向かって料理に取り掛かった。

 シキが寝ていることなんて気に留めることもなく、慌ただしくフライパンやらまな板やらを準備していたら、その音でシキが上半身を起こした。

「うーんぅ、ダレ?」

「寝たら記憶消えるんか?」

「あ、キノ。おはよー。やべっ、ヨダレ」

 汚ね。

「おはよう。まだ寝てていいよ」

「シキも料理手伝う」

「絶対にダメ!火事になってシキどころか私の家までなくなっちゃう」

 シキはあざとく頬を膨らませて、不貞腐れたように再び寝転んだ。

 体の小さいシキには、大人用のベッドは広いようでゴロンゴロンと回転しながら左右に何度も往復している。

 朝から元気で何よりだ。

 私は出来上がった料理を、自分の弁当用とシキの朝食と昼食用の三等分にする。寝坊したため私の朝食は今日は無しだ。

「シキ、朝ごはんできたよ」

 ダイニングテーブルの上にご飯を置いて、私はすぐさま洗面所で歯ブラシを咥える。

「キノは食べないの?」

「遅刻するから食べない。ゆっくり食べな」

 その後もササっと身支度を整えて、走ったらギリギリ遅刻しない電車に間に合うくらいには巻くことができた。

「じゃあ、私学校行ってくるから」

「いってらー」

「ここから出ないでね。約束して」

「えぇー!なんでぇー!」

「中学生みたいな見た目の人が平日にほっつき歩いてたら警察に見つかるよ。シキは出身国とか本名とか何一つもわからないんだから、怪しまれて連れていかれるよ」

「お、おぉう、それはヤダ」

 急に大人しくなったシキを尻目に玄関のドアを開けた。

 ムワッと嫌な熱気が全身にまとわりつくようで気が滅入るけど、そんなんで学校休めるほど世間は甘くない。

 全力で走って、額に汗を滲ませながら、なんとか人の多い電車に身を投じることができた。

 微力な冷房が少しずつ汗を乾かしていく。

 シキだったら、もっと早く冷ましてくれるのに。

 なんて、既にシキに毒されてしまったことに驚きながらも、吊り革を強く握った。

 電車から降りたら歩いてでも、しっかりと登校時間までには到着するため、ようやく起きてから始めてゆっくりできる時間を得ることができた。

 周りには同じ制服に身を包んだ生徒が何人も鬱々と歩みを進めている。

 学校に着いて教室に入ると、私の前の席の今村陽がパーカーのフードを被りながら手を振ってきた。

「なんでフード被ってるの?」

 パーカーは普段から着ているから違和感はないが、室内なのにフードで頭を隠しているのは異様な光景だった。

 ちなみに陽という存在がいたからシキに名前をつけるとき、はじめに浮かんだ『幼』の案は却下されたのだ。

 私の問いに陽は頬をポリポリと片手でかいた。

「前髪自分で切ったら、思いっきりミスった」

「見せて見せて」

 鞄を置いてフードに手をかけようとしたところ、陽に腕を掴まれて制止された。

「見ても絶対に笑わないことを条件に、めくることを許可する」

「オッケー。笑わない笑わない」

 ワクワクしながらフードをめくると、綺麗に染められた金髪は顔を覗かせる。

 そして、その前髪は眉の上で明らかにハサミで横一線したのが丸わかりなほどに切り揃えられている。

「ぷっ……、に、似合ってる……よ?」

「あーー!もうやだー!」

 陽は机に突っ伏して、その芸術的な前髪を隠してしまった。

「そんなに違和感ないって!イメチェン(笑)って思われるだけだから!」

「(笑)って言うな!」

 だってオモロイんだもん。

「もう前髪上げちゃったら?陽はどんな前髪でも似合うよ。どんな前髪でも」

「絶対に馬鹿にしてんじゃん!」

「してないしてない。ほら、顔あげてこっち見て」

 陽は涙目になりながらも、素直に私に顔を向けた。相変わらず、均整のとれた綺麗な顔だ。

 陽は幼い頃に演劇のクラブみたいなところに所属していて舞台などに出演した経験もある。ただ、同じことを何度も繰り返すことに嫌気が差して、何度も脱走を図ったそうで、そのままそのクラブを辞した。だが、演技力は折り紙つきで、ときどき嘘なのか判別がつかないことがあるから厄介極まりない。

「それじゃあ、お客さん。前髪上げますねー」

 しっかりと手入れされた艶のある前髪をかきあげた。

「あ、ニキビ発見」

「バカヤロー!」

「あは、ごめんって。お、やっぱり普通に可愛い」

 さっきまでとは見違えるほど、大人の雰囲気を醸し出している。

 陽は照れたように横を向いて、でも自分でも見てみたいのか、手鏡を取り出して確かめた。

 そして、自分でも納得がいったようで何度か軽く頷いた。

「明日からはその髪型にしなよ。じゃないと笑われちゃう」

「もういっそう、ネタに走るっていうのはどうかな?」

「やめな、身を滅ぼす」

 いじっていいのか絶妙なラインだから、ほとんどの人は困ってしまうだろう。

 ヘアピンやスプレーをしていないため、もう既に前髪は元の面白いやつに戻ってしまっている。

「おはよう、ふたりと………も…………」

 聞き慣れた声が背中から刺さって振り返ると、そこには物道愛香がいた。

「なにその、よーの前髪。めちゃダサい」

「愛香、ダメだよそんなガチトーンで言ったら。一番傷つくやつ」

 案の定、陽は再びフードを被って自分の殻にこもってしまった。

「それより愛香、今日は早いね」

 普段は遅刻ギリギリかアウトの瀬戸際で登校してくる。そのせいで、クラスの一部の男子の間で愛香が遅刻するか間に合うかで、昼食を賭けているとかいないとか。

 ただ今日はまだチャイムまで五分ほど残っている。

「今日は早起きできた。いえい」

 抑揚のない声でそう言って、私の隣の席に座った。

 教室の端っこで喜んでいる男子と頭を抱えている男子がいた。

 あ、これ本当に賭けてるな。

「それで、よーはなんでそんな前髪になったの?ミスった?」

「らしいよ。素直に美容院行けば良かったのに」

 まだチャイムが鳴っていないのに、担任の宮浦先生がいつも通り、私服みたいな格好で教室に入ってきた。

 それにしても、教室はちゃんと涼しい。もうここで暮らしたい。きっと変な転移者もいないだろう。


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