第4話 四重包囲網
近くのスーパーで買い出しを済ませ、5人で自宅へと向かう。スナック菓子や飲み物、それに自炊用の材料をカゴに放り込み、僕の「新居」までの道を歩いていると、なぜか4人が一様に驚いたような顔をしていた。
「……何? 僕の家、そんなに変な場所にある?」
理由がわからないまま、僕は彼女たちを自宅へと招き入れた。築年数はそれなりだが、1LDKのアパート。計6世帯が入居できるこの建物の102号室が、僕の家だ。家賃は月25,000円。この界隈では破格の安さだが、本当は2階に住みたかった。なぜか3部屋とも埋まっていたからだ。
「適当に座ってくれ」
買ってきたものをテーブルに置くと、陽奈と杏は当然のようにソファを占領した。美雪姫に至っては、僕のお気に入りの一人用ソファに優雅に腰を下ろし、品定めするように室内を観察している。
「私も手伝いますよ」
そう言ってキッチンに立ってくれたのは、のどかだけだった。
陽奈は勝手にテレビをつけてくつろぎ、杏はなぜか帰り道からずっと僕を睨みつけている。一方、美雪姫の視線は部屋の隅々まで舐めるように動き、何か「変なもの」がないか探しているようだ。
のどか、お前だけだよ、本当にいい子は……。
手際よく野菜を洗う彼女の横顔を見て、僕は思わずその頭を撫でてしまった。
「ふ、ふえっ? 志貴くん、急になんですか……?」
「いや、なんかのどかを撫でたくなって。癒やされるわ」
「もう! ……もう少し、お願いします……」
最後の方は蚊の鳴くような声で、何を言っているのか聞き取れなかった。
「ん? なんて?」
「だから、もう少し――」
「何イチャイチャしてんのよ」
「!?」
テレビを見ていたはずの陽奈と杏が、いつの間にか目の前まで迫っていた。ソファにいたはずの美雪姫も、遠くから射殺さんばかりの視線を向けている。
「い、いや別にイチャイチャは……」
「言葉遣いが変よ。鼻の下が伸びてるわ」
「そんなことないよな? のどか……って、のどか!?」
見れば、のどかは耳まで真っ赤にして俯いてしまった。
「志貴ぃぃぃぃぃ!」
「なんでだよぉぉぉぉ!」
結局、パーティ中も生きた心地はせず、気づけば時刻は22時を回っていた。
「明日も学校だし、そろそろ帰ったほうがいいんじゃないか?」
「もうそんな時間!? 楽しい時間って早ーい!」
「そ、そうですね……名残惜しいですが」
ようやく解放される。玄関で彼女たちを見送ろうとすると、陽奈がさらりと言った。
「明日の朝、起こしに来てあげるからね」
「いや、家がどれくらい離れてるか知らないけど、朝くらい自分で起きれるって」
「んーん、全然近いよ?」
陽奈は数歩歩くと、隣の103号室の扉の前に立った。
「ここだから」
「……は?」
「誰に聞いたんだよ、僕の住所」
「テヘッ。志貴のお母さんに聞いちゃった」
絶句する僕を置いて、のどかたちが階段を登り始める。
「あの、私は201号室ですので」とのどか。
「私はこの202号室だ。文句あるか?」と腕を組む杏。
「私は203号室です」と、美雪姫が氷の微笑を浮かべる。
「お前ら……まさか全員、うちの母さんに……」
のどかと杏が気まずそうに目を逸らす中、美雪姫だけがフランス語でトドメを刺した。
「Tu crois que tu ne peux pas m'échapper ?(私から逃げ切れると思わないでね?)」
あのおしゃべりな母め……!
「じゃあ、明日からもよろしくね、志貴!」
陽奈の明るい声が夜の廊下に響き、全員がそれぞれの「自室」へと消えていった。
2階が埋まっていたのは、このせいだったのか。
学校だけでなく、プライベートの空間まで「包囲網」は完成していた。
……まあいい。
運命は、逃げない。
問題は――僕が逃げられないことだけだ。
*
放課後の生徒会室。
窓から差し込む夕日が、金髪の生徒会長・名隠真純の横顔を照らしていた。
「……で、風花。さっきの『首席くん』とは何を話しとったと?」
真純が博多弁混じりのリラックスした口調で問いかける。執務机では、副会長の早乙女凌が達筆な字で書類を捌きながら、耳だけをこちらに傾けていた。
「ああ、伏野くんのことですか?」
風花は淹れたての茶を啜り、事もなげに答えた。
「去年の夏、ちょっと。道に迷ってメガネまで壊して、おまけに財布には37円しか入ってない……っていう、なかなかにパンチの効いた男の子を助けたことがあるんです。まさか、同じ学校に入ってくるとは思いませんでしたけど」
「ふーん……」
真純は、手元の「首席・伏野志貴」の調査書に目を落とした。
成績は完璧。しかし、さっき階段で見せた、四人の美少女に揉みくちゃにされていた姿はどう見ても「ただの優等生」ではない。
「……風花、あんたそれ、追いかけられてきとるんじゃないと?」
「えっ? まさかぁ」
風花は心底おかしそうに笑った。
「ただの親切心ですよ。彼、すごく真面目そうだったし。きっと、たまたま志望校が被っただけじゃないかな」
「……そうだといいけどね」
真純は、階段で伏野が風花を見上げたあの真剣な目を思い出し、小さくため息をついた。
隣では、早乙女副会長が「37円……」と小さく呟きながら、自分の財布を確認している。
「ま、おかげで今年の1年生は退屈しなくて済みそうですね」
風花は窓の外を見つめ、楽しげに目を細めた。
その夜。
アパートで志貴が「四重包囲網」に絶望しているとは、露ほども知らずに。




