第3話 再会はヘッドロックの後で
教室でのホームルームは、期待と不安が入り混じる時間だった。担任から配布されたのは、一人一台のタブレット端末。この学校は紙の教科書を廃止し、教材からスケジュールまで全てデジタルで管理する先進的なスタイルらしい。本来ならワクワクするはずの最新デバイスも、同じクラスに集結した「あの4人」の視線を感じる今となっては、ただの重たい板にしか思えなかった。
軽い自己紹介を終え、昼過ぎに放課後となった。席を立った瞬間に、陽奈たちが一斉に駆け寄ってくる。
「……ちょっとトイレ行ってくる」
信用ゼロの視線を背中に浴びながら、僕は一旦トイレに逃げ込み、窓から脱出した。中庭を通り、2階の階段へ向かう。今なら風花さんに会えるはず――そう確信して足を速めた瞬間だった。
「志貴〜? どこに行こうとしてるのかなぁ?」
階段の踊り場。そこには、いるはずのない4人が、壁のように立ちはだかっていた。
「いや、トイレが埋まっててさ……2階のを借りようかなって、ははは」
「ふ〜ん? そうなんだ〜。だから、2階に行こうとしてたんだ〜?」
陽奈の目が笑っていない。強引に通り抜けようとした瞬間、視界が反転した。
「ぬおお、苦じい、苦じい、息が……!」
強烈なヘッドロック。スポーツ推薦を蹴ってまで僕を追ってきた彼女の筋力は、伊達じゃない。
「のどか……た、助けてくれ。このままだと僕は死ぬ……」
「知りません! 志貴くんの自業自得ですっ!」
のどかは、プイッとそっぽを向いた。
「杏、頼む……助けてくれ」
「安心しろ。次は私がやるから、一回死んでくれ」
杏が、満面の笑顔で死刑宣告を下す。
「美雪姫……ヘルプ!」
「私に陽奈さんは止められません。ごめんなさい」
氷のようなつめた微笑みを浮かべたまま、美雪姫がフランス語で追撃する。
「Ça a l'air bien, n'est-ce pas ? Menteur.(いい気味ですね? 嘘つきさん)」
僕はここで死ぬみたいだ。誰か、僕の骨は海に流してくれ。
そう諦めかけた時、上から鈴を転がすような声が降ってきた。
「あら、何事ですか? これはまた、珍しい光景ですね」
そこに立っていたのは、神々しいまでのオーラを放つ二人組だった。
先頭に立つのは、生徒会長の名隠真純。腰まで届く鮮やかな金髪を、頭のてっぺんの少し後ろで一房に結んでいる。170センチを超える長身に、無駄のないしなやかな体躯。凛とした立ち姿は、まるで彫刻のようだ。
その横には、黒髪をきっちり七三分けにした短髪の男子、副会長の早乙女凌が控えている。178センチの長身で、服の上からでもわかるほど筋肉質だ。
そして――後ろには、僕の運命の人、烏月風花さんがいた。
僕は必死にヘッドロックから脱出し、生徒会長に向き直る。
「いえ、失礼しました! 中学校の同級生ノリというものをしてまして」
会長は僕たちを一通り見て「なるほど」と呟くと、微笑んだ。
「あなたは首席の伏野志貴君ですね。成績は伺っております。今後も勉学に励んでください」
会長たちが通り過ぎる中、最後尾の風花さんが僕の横を通りかかる。ここしかない。
「あ、あの、烏月風花さん!」
「はい? どうかなさいました?」
「ぼ、僕のこと覚えていますか? 去年の夏、あなたに助けていただきました。そのお礼をずっとしたくて……」
「去年の夏……」
数秒の沈黙。忘れられているのか、と不安がよぎったその時。
「ああ、もしかして、ラーメンの話をしていた!」
「はい、それです! よかった、忘れられたかと」
「まさかぁ、君みたいな人、中々インパクトがあって覚えてたよ。そうか、この学校に来てくれたんだ」
僕は嬉しくなり、つい顔が綻んでしまう。しかし、生徒会長が風花さんを呼んだ。
「何してるの風花、そろそろ行くわよ」
「あ、はい! ごめんね、今日は急いでて。また今度聞かせてね!」
彼女は少し駆け足で去っていった。やっと話せた。しかも覚えていてくれた。やっぱり彼女こそが運命の人だ!
……と、フリーズしながら歓喜に浸っていた僕の腹部に、鋭い衝撃が走った。
「ぐふっ……!?」
陽奈の右拳が僕の鳩尾に埋まっていた。
「ふんっ! 知らないっ! 早く行くよ!」
崩れ落ちた僕の足を掴み、陽奈がズルズルと靴箱まで僕を引きずり始める。
「ドユコト……?」と他の3人に問うても、
「志貴くんサイテーです!」「自分の心に聞いてみろ」「……(無言の氷結視線)」
誰か、この状況を30文字以内でまとめてくれ。僕は金を払ってでもその答えを聞くぞ。入学初日で死にかけたんだからな。




