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五百億の風―誠実は、誰を救うのか  作者: 一条信輝


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12/12

エピローグ 風が教えて

新しいスタジアムに、人々の熱気が渦を巻いていた。サクラモータースFCの記念試合。街の大通りから続く歩道には屋台が並び、揚げバナナやスパイスの匂いが風に漂っている。観客は赤と黒のユニフォームを身にまとい、旗を振りながら歌を響かせていた。地元紙の号外は「誇り、再び」と大きく見出しを打ち、人々はそれを掲げて入場していく。


隆志はメインスタンドに立ち、智子とみゆきと肩を並べた。長い年月を経て、ようやく家族三人で同じ景色を見ている。智子は赤と黒のマフラーを巻き、視線をピッチに注いでいた。みゆきは首から吊るした小さな風鈴を揺らし、澄んだ音を響かせた。隣の観客が「いい音だな」と笑い、子どもたちが真似して旗を振った。


ピッチでは選手たちが円陣を組み、キャプテンのカリームが叫んだ。

「命と夢を運ぶ、赤と黒の誇りを示す!」

ホイッスルが鳴り、試合が始まる。観客席の太鼓と歌声が一体となり、空気を震わせた。


前半二十分、カリームが豪快なシュートを決める。スタンドが揺れるほどの歓声の中で、隆志は背後から声をかけられた。

「この足でスタジアムに来られたのは、あなたの工房の車のおかげです」

杖をついた老人だった。隣では母親が子どもを抱きしめていた。

「搬送してもらった救急ワゴン、忘れません。あの時、娘は命をつなげました」

隆志は胸が熱くなった。数字でも記事でもない、生きた声がここにあった。


ハーフタイム、ムワンギ議員が現れた。派手なスーツではなく、赤と黒のユニフォームを着て観客と同じように声を枯らしていた。

「田中、君は日本人としてこの地に来た。だが今は、アフリカの民の一人だ。数字は歴史に刻まれる。だが誇りは子や孫に語り継がれる」

隆志は深く頷いた。

「数字は風です。帆を張るのは人。誇りは船を進める心臓です」


サミュエルが横から笑った。

「これからは俺たちが帆を張る。お前が道を示した。次は俺たちの番だ」

若者たちもうなずき、「俺も」「私も」と声を上げた。


後半、追加点が入り、試合は二対一で勝利した。終了の笛と同時に観客席が爆発し、歌と太鼓と歓声が夜空を震わせた。子どもたちが合唱を始めた。

〈サクラ、サクラ、夢を運ぶ船〉

みゆきが風鈴を振り、その音が合唱に溶け込んだ。智子が涙を流しながら夫の手を握った。

「疑い続けた年月を、やっと越えられた。……あなたを誇りに思う」

隆志は答えられず、ただ握り返した。


祝祭は夜まで続いた。スタジアムの外では屋台が灯をともして賑わい、商人が「クラブが戻れば街も戻る」と声を上げていた。工房の若者たちは選手と肩を組み、歌いながら帰路についた。


隆志は夜風の中で目を閉じた。リストラを言い渡された冷たい会議室、黒田の誘惑に抗った工房の夜、徹夜で整備したブレーキの感触、五百億の数字に震えた仲間の姿。すべてが一本の線に結ばれ、この光景に至っていた。


「真の国際化とは、お互いを尊重することだ」

小さく呟いた声は歓声に消えたが、風に乗って遠くへ届く気がした。


赤土の風がスタジアムを駆け抜け、旗を揺らし、風鈴を鳴らした。透明な音が青空に吸い込まれ、未来への道を照らしていた。

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