Sugar☆love37
「ただいまー」
何だかんだと疲れて帰宅した翔太を待ち構えていたのは、沢山のスイーツに埋もれた母だった。
父とニコニコ笑いあいながらプリンを食べていた母は翔太を見つけてニコッと可愛らしく微笑んだ。
元女優の母は今は服飾デザイナーをしていて、いつでも自身のブランドで可愛く着飾っている。
ファッションのコンセプトはフワフワキラキラ。
もうすぐ40歳にもなろうというのに、20後半に見え翔太の姉に間違わられるという、妖怪のような若作りの母だ。
実際、翔太は確実に母の血を引いていることが良くわかる。
「おかえり翔太、見て、パパがこんなにお菓子作ってくれたのよ」
母のはしゃいだ様子に、父は頬を染め俯いた。
菓子作り以外は本当に平凡な父。
「せっかく梓さんがアメリカから帰って来たんだ。これくらい良いだろう?」
翔太はマカロンを口に運びながら訊ねた。
「母さん帰って来たんだ。どしたの、珍しいじゃん」
母は天パのフワフワ髪を揺らしながら少女のように微笑んだ。
「ふふ、仕事も一段落ついたから。貴方たちに会いたくって。そうそう静奈にも」
柚宮静奈は梓の女優時代の親友で、紫紅の母親だ。テレビの仕事はもう引退した梓だが、静奈とは頻繁に連絡をとっている。
「ふぅん?あ、親父、店番俺やっとくからゆっくりしといて」
椅子に掛かっていた制服をとった翔太は父に微笑んだ。
「ああ…すまんな翔太」
母が嬉しそうに父にねだった。
「じゃあお散歩にでもいきましょう?そろそろ菖蒲が綺麗なんじゃないかしら」
「そうだな。行こうか」
「行ってらっしゃい」
幸せそうな父と母に手を振りながら、少し迷ったが翔太は両親を呼び止めた。
「あのさ……俺、イギリスに…雪姫に会いに行く。だから…」
「おぉ、行ってらっしゃい。気を付けてな」
顔を上げた翔太は父の微笑みを見た。
母も優しくクスクス笑った。
「馬鹿ね。奥さんほっぽいてなにしてるの。店番なんかいいから。今すぐ、行ってらっしゃい。あ、どうせまだチケットとってないんでしょ?」
そういうと梓は携帯をいじりはじめた。
父はどこかに電話をかけている。
「何してるの。全くもう。準備しなさい」
「え、う…うん」
あまりの急展開になんとかついていくため、翔太は自分の部屋まで走った。
「…よし。とれた。まぁ、長旅だが翔太ならなんとかなるだろ」
電話を切り、梓は夫に微笑みかけた。
「そうね…。……雪姫ちゃん、大丈夫かしら…」
暗い表情で梓は俯いた。
「最初から、私たちには本当のことを告白してくれていたからな…」
父、剛も遠くを視るように目を細めた。
雪姫は、完全設備の整った病院ではなく、自宅にいる。家でもかなり質の高い治療を志貴が受けさせているのだろうが…。
病院に行っていない雪姫の心には……どうしても翔太が必要なのだ。
賢い雪姫だからこそ。
自分の命の期限など、簡単に解っているのだろうか。
小さな嗚咽をもらした梓の背中を、剛が優しくさすった。
「……あの二人の事だ。奇跡でも…起こしそうじゃないか」
「…えぇ…。…タクシー、呼びましょうか」
ダダダッと階段を駆け降りてくる音に、梓は笑顔を作ってまた携帯を頬に押し付け髪で顔を隠した。
涙と一緒に、蘇ってくる記憶。
…イギリスに雪姫が行く、3ヶ月前。
翔太が雪姫を紹介してくれた時は、驚いたが梓も剛もとても嬉しかった。
馬鹿息子の大変そうな遅い初恋が報われたことに、二人で手を叩きあって喜んだ。
学生婚や、雪姫が純粋な日本人ではないことなどは、梓たちにとっては小さな事だった。
自分達も人より大変な結婚をしたからだろうか。
なにより、雪姫は翔太を変えてくれたひとだった。翔太の笑顔を戻してくれた優しいひと。
お互いに支えあうことの出来る、最高の夫婦になるだろうと。
…その、数日後だった。翔太が居ないのを見計らって雪姫は二人に会いに来たのだ。
まず、雪姫は梓たちに深々と頭を下げ、語り出した。
自分は、進行した癌であり治る見込みはかなり低いこと。
まだ届けは出していないので結婚をなんとか白紙に戻したいのだが、翔太が頑として了承しないので、なんとか説得して欲しいと。
「私は、イギリスへ行きます。翔太君には絶対に会いません。まだ、彼は若いんです。私のせいで彼の一生を無駄にさせたくない…」
泣きそうな微笑みをやっと浮かべているのに、やけにきっぱりと雪姫は言い切った。
梓はただ呆然とした。息子のことを思ってではない。
誰よりも、辛いだろう雪姫。
いつも天真爛漫でおおらかな雪姫が余りに小さく見えて。
剛は静かに訊ねた。
「だがそれは、君の本心では無いんだろう?…そう、翔太の意思でもない。本当にいいのかい」
雪姫はゆっくり顔を上げたが、応えることは出来ず、そのまま泣き崩れた。
その時、玄関に雪姫の靴があったのに驚き、ゼーゼーと息を切らした翔太が部屋に飛び込んできて、泣いている雪姫をみて飛び上がった。
「っ!?……あ、そうか言ったのか、雪姫」
淡々と呟くと、翔太は雪姫の肩を抱いて梓たちに微笑んだ。
「離婚なんかしないよ。俺は雪姫を信じてるから、絶対治るって」
何も言えない両親にニコッとした翔太は雪姫の手をとり、立ち上がった。
「ちょっと散歩してくるから」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
…小さなリュックを一つだけ背にからう翔太は、いつの間にか、あの時と同じ憂いを帯びた表情になっていた。
「…じゃあ、いってきます」