Sugar☆love36
「はい、ちょっとそこに正座しようか〜」
15分も前からニコニコしつつ美妃にくどくど説教している翔太をみて、棗と瑠璃花は部屋の隅でコソッと理桜に話しかけた。
「なぁなんでずぶ濡れやったん楓さん」
「あぁ…ほらこれ」
理桜はゴソッと自分のリュックから2リットルのペットボトルを取り出した。
「…『除霊の聖水〜絶対利きます〜』…うわ。効かなそ。なんじゃこりゃ市販されてんの?」
棗が興味深そうにペットボトルの中の水を覗き込んだ。
「市販って言うか、蛍先輩が紹介してくれた人が売ってくれた」
「えっ。いくらしたーん?」
「えっと…一本三千円ぐらいかね。通販もしてくれるって」
瑠璃花はため息をついた。これだから坊っちゃんは。
「効果あったからいいけどな。…ってか普通、憑かれたハルヒにかけるもんちゃうん」
「寒いじゃん。楓サンにかけたら効果抜群だったし。そこらが一気に浄化されたもん。念のため、説教終わったら翔太さんが写真撮る前に楓サンと海岸散歩してくれるらしいよ」
楓は翔太に水をぶっかけながら歩くのだろう。
嫌がらせだな。
「…へぇ、そーなんか。なんや体調よさそうやな自分」
理桜は棗に軽く笑いかけた。
「まぁね。さっきその水飲んだし。もうすぐ帰れるし」
「あーな。…帰ったら次は体育祭か?今年は何すんやろうな」
しょんぼりした美妃を連れて翔太が口を挟んだ。どうやら説教は終わったようだ。
「まぁ取り敢えず皆はクラスの優勝に貢献してきなよ。挨拶とかホントに生徒会的な面倒なのは俺と棗でするから」
ふぅん…と頷くメンバーににっこり笑った翔太はさて、と上着をとった。
「まずは先に仕事(写真撮影)だけどね。先いっとくよ」
ついてこようとする楓を押し退け、さっさと撮影場所の旅館の近くの小さな公園に向かった。
まだ昼前なので気持ちのよい風が吹いている。
ちらっと腕時計を見る。
集合時間まであと一時間ほどある。翔太は迷わず電話を掛けた。
「……雪姫?…俺です」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
美妃は翔太が出ていったドアを見ながら、棗に訊ねた。
「あの、翔太先輩の嵌めてるムーンストーンの指輪ってかなり意味深なとこに嵌めてますよね。女性避けですか?」
前々から気になっていたのだが、何故かいま訊いてみたくなった。
瑠璃花と棗の顔が一瞬ギョッとしたのに気付かなかった美妃はうーんと首をひねった。
「なんか見たことあるようなデザインだったんですよね……でも思い出せない」
「おっ思い出さんでいーんちゃう!?あ…いやぁ何かの思い違いやと思うし」
慌てる瑠璃花を理桜がソッと目で制した。
棗もはぁ、と一つため息をついてグシャグシャと前髪をかきあげた。
「でもま、普通、知っとるべきやろ妹なんやし。俺らが判断することでもないよぅな気するけど…」
美妃は異様な雰囲気に目を瞬いた。
棗が迷って口を閉ざしてしまったので、理桜が薄く微笑んだ。
「結婚してるんだよ、戸籍上は。翔太さんはハルヒの義兄で雪姫さんの旦那様」
「……けっこ…ん?」
美妃は自分の目がみるみる見開いていくのを感じた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
『翔?久しぶりね』
コロコロと華やかな笑い声にほっとしながら、翔太はわざと不機嫌な声を出した。
「ちょっとはそっちから掛けてこいよ」
『ふふ…ごめんね。…翔、なんかこの頃寂しいの』
「……俺もだよ?」
『このところ、いっつも思うの。明日目が覚めて、もし気分が良かったらお出かけしようとか、お花を摘みに行こうとか。そんなことばっかり』
「……うん」
『でもね、気づくの。あぁ、翔は居ないのよねって。それなら…ベッドでゆっくりしといたほうがいいかなって。早く元気になりたいもの』
いつものしっかりした雪姫とは違う、まるで幼い子供のようにふわふわ優しい雪姫。
翔太は自分の指輪を見詰めた。
(……雪姫。どうして)
声にならない、呟き。
『ね、翔。早く会いたいわね。美妃にも会いたいわ。棗や、玲生や…みんなに』
「そうだね。会いたいよ、雪姫。会いたい」
籍を入れたのは二人。
だけど、
指輪を渡してきたのは雪姫だった。
雪姫がイギリスへ行く事が決まった直後に。
何故かお互い違う石の指輪。
…一生嵌めるモノには、なにか違うような。
このままほうっておいたら、ずっと…。
「雪姫…。ごめん、約束守れそうにないな」
ゲホッと咳き込む雪姫に翔太はきっぱりと言った。
「俺、行くから。…待ってろよ」