Sugar☆Love14
中二になってすぐ。私の周りの日常に少しづつ変化が起ころうとしていた。
風になびく髪を苛々しながら適当に結んでいると、バンと私の机を玲生が叩いた。
「おい、瑠璃花。なんで来なかった」
「…なんやねんいきなり。どーした」
とぼけると玲生は怒鳴ってきた。
「昨日の放課後、教室で待っとけっていったろうが!なに勝手に帰ってんだよ」
瑠璃花は鼻を鳴らした。
「ふん。忘れててん」
「…ふざけんな」
「ふざけてへんよ?」
昼休み終了5分前を知らせるチャイムが鳴り、玲生は苛ついた顔で教室を出ていった。
瑠璃花はため息をついて机に突っ伏した。
「……………あほ」
クラスメイトのチラチラとした目線を感じる。
玲生の綺麗な顔立ちと強烈な色香は有名で、クラスが違う瑠璃花にわざわざ会いに来た事に興味津々らしい。
「…………。…」
私だって馬鹿じゃないから、放課後玲生が何を言おうとしてたかくらい、想像がつく。
一年の時、同じクラスで一緒にクラス委員をやってから、激突しあってなぜか仲良くなって、何度か告白されそうになった事もある。
だが今までずっと、何となく逃げてきた。
…別に玲生のコトは嫌いじゃない。
好きでもないが。
多分、私にとってその程度の存在なのだろう。
「瑠璃花ちゃん、スゴいねぇ。あの白鳥君とあんなに仲良くって…いいなぁ」
「……真理」
顔だけ動かして隣に座る女子生徒を見る。
少し細い目と白い肌の…お世辞にも美女とは言えないが、普通の、ほんわかとした雰囲気の女の子で、この頃やけに瑠璃花に付きまとっている。
けれど瑠璃花は真理を嫌いじゃなかった。なかなか女子から好かれなく、友達も少ない瑠璃花にとって、真理は数少ない友達だから。
その日の放課後、瑠璃花真理に誘われ一緒にお茶をのんでいた。
なにやら悩み事があるらしいのだが。
「瑠璃花ちゃん…あのね、私」
うつむく真理に、瑠璃花は笑いかけた。
「なんや?どしたの」
「私…白鳥君が好きなの…瑠璃花ちゃん…」
「…そっか」
それから、真理と別れて、今バイト先である家絵貴の休憩室で店長からもらったバウムクーヘンをかじっていた。
(アレは牽制…か?)
そんなことしなくっても大丈夫なのに。
実際、瑠璃花には昔から、密かに好意を抱いているヒトがいた。
幼なじみで兄の親友でもあり、家絵貴の店長子息でもある、
ガラッと扉が開き、なにやらボロボロの青年が入ってきた。
「あっ、瑠璃花。どうそのバウムクーヘン。親父力作の新商品らしいんだけど」
朝田翔太。この人。
「ん…普通に美味しかったけど。…ってか本当に…大変身してるやん」
瑠璃花はしみじみと翔太を見た。染めて金に近かった髪は、元々の色素の薄い茶髪に戻っているし、煙草の匂いも一切しない。制服も着崩すことなくちゃんと着ている。
「そうか?ま、前の恰好にもそろそろ飽きてきてたし。…あーでもやっぱ愛のチカラかも」
クフッと見たこともない幸せそうな(気持ち悪い)笑みを浮かべる翔太に瑠璃花はお茶を吹き出した。
「へっ!?なに愛のチカラて。カノジョできたん?」
「ん?あ、言ってなかったっけ。…カノジョ…なんて恐れ多くてまさかなってはくれないと思うんだけどな?…ぶっちゃけまさかの一目惚れで、今日もその人のため生徒会長になるために、ずーっとバスケしたりピアノ弾いたりトークしたり…大変だった…」
どんな話だ。
瑠璃花は動揺を抑え、勢いよく立ち上がった。
「え、瑠璃花どした?」
「ちょっと学校に忘れ物した!行ってくる」
「その恰好で?…あ、行ってらっしゃい」
外に飛び出した瑠璃花は走った。
とにかく、走った。
まだ春になりきってない空気の冷たさに頬が切れそうな痛みを感じたか、走った。
滅茶苦茶に走って、いつの間にか公園の中にいた。まだ蕾の桜の樹木の香りに惹かれ、息を切らしながら桜に近づく。
「…………。…綺麗やな……」
ジャリ、と砂を踏む音がして、振り向くと不機嫌な顔の玲生がいた。
「……それまだ蕾だぜ」
驚いたが、やっぱり、となぜかそう思って笑いがこぼれた。
そんな瑠璃花に玲生はますます不機嫌な顔になった。
「なにやってんの、そんな恰好で。バイト?」
「あ。あー、メイドのカッコのまま…だから翔太驚いてたんか…気づかんかった」
家絵貴の制服は、デザイナーである翔太の母が作ったもので、かなり可愛らしいデザインになっている。
とりあえずメイドカチュを外した瑠璃花は首を傾げた。
「なんでここいんの玲生」
「質問に答えろよ!…俺は…散歩」
ほら、と玲生が指差した先には、桜林の向こうに美しい日本家屋が見えた。かなりの豪邸に、瑠璃花はポカンとした。
「ふわー、華道の家元さんとは聞いとったけどホンマに自分おぼっちゃんやったんや…いや、そういう性格しとるから納得やけども……。え、まさかここも自分の敷地!?」
そういえば公園にしては遊具もないし、人もいない。。
「まあな…。でもお前も金持ちだろ?…って言うかどうやって入ったんだ。ここにいるの、家族や客以外は野良猫ぐらいしか見たことないぞ。迷子か?」
瑠璃花はくるりと踵を返した。
「まてまてまて」
「いやや不法侵入やんこれ!野良猫道を通ってきた自覚はないねん許してくれへん?」
「はいはい、とりあえずこっち座れ」
玲生に手を引かれ、ポツンと大きな桜の木の下に陶器の机と椅子が置いてあるところにまで連れて来られた。
やけくそで、素直に座る。
「……瑠璃花」
「なんや」
玲生は少し心配そうに眉をひそめた。
「…どうした、何かあったのか?」
思いもしない言葉と優しい声に、心を抑えていた何かが、崩れるのをはっきり感じた。
「…………最悪や」
妙に温かい涙がポロポロ頬を伝い落ちる。
それを袖で押さえながら、顔を隠して吐き出すように言葉を続けた。
「翔太、好きな人、できてんて…。しかもこっちが恥ずかしくなるほどベタボレしてて…」
「…………うん」
子供のようにしゃくりあげる瑠璃花に玲生は静かに頷いた。
「…………嬉しぃ…って言う、気持ちなんやけど……。でも、ホントは寂しくて…」
三年ぐらい前から、いつも、設定されたように完璧に笑う翔太を見ていた。
だが、この頃の翔太は…人間、らしくなって。
翔太は、孤独を抜け出す術を見つけたんだと、さっき幸せそうな翔太を見て気付いた。
「なぁ……。私汚いな。ずっと、翔太が本当の笑顔で…幸せになれればいいと思ってたのに、今、翔太が笑ってるのが…嬉しないねん…イヤな、女やろ、私。だから玲生も、もっと素敵な女の子探しぃや……」
涙でぐしゃぐしゃになってもなお美しい、瑠璃花は儚げに笑った。そのまま帰ろうとする瑠璃花の腕を、玲生は捕まえた。ぎゅっと、その壊れそうに細い肩を抱く。
瑠璃花の柔らかな髪に顔を埋め囁いた。
「…………なら俺はもっと汚いな。本音を言おうか…?……翔太さんにカノジョできたのはかなり嬉しい」
腕に噛みついてきそうな瑠璃花の気配を感じ、苦笑した。
「…だけど、それで泣いてるお前は許せない。……俺の心は俺のものだ。誰にも決めさせないし指図も受けない。俺はお前が好きだよ。…お前が死ぬほど悲しい顔してるときに、俺がめちゃめちゃ嬉しいなんて、もうこれで最後にしよ?」
強い意思のこもった言葉のくせに、声と体温がとても暖かくて。冷えた心に、スルスルと入ってきて。
そこからは、ただただ涙が流れた。
桜は蕾が好きだ。咲かなくても、散らない。咲かなくていい。だって散らなくていいんだ。
泣いている間、そんな事を思いついたように泣き泣き言うと、玲生はムッとしたようにこう言った。
俺が咲かせてやるよ。絶対に散らせない。どんな風や雨からも守ってやる。だからずっと俺の側にいろ。
…そんな台詞、よく言えるなぁ…恥ずかしくないん?
…お前がそんな事言うからだろ!他の男の未練なんか残されてたまるか。いいか、これからは満開の桜が好きになれよ。
……俺の心は俺のもんだって自分言ったやん。私の心は私のもんやろ
…………。俺の事好きじゃないのかよ。
うーん、考え中にさせてくれへん?……心が追っつかへん。
そんな我が儘にも、数秒考え込んだ玲生は最終的に許してくれた。
…だから、いやだった。告白されたら、逃げられなくなる気がして。
絶対、玲生の隣は心地よいから。