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聖女落下中につき~私、この落下後も五体満足だったら、この世界を滅ぼすんだ編~

作者: 6969





 聖女は落下していた。





「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”」





 聖女は滅茶苦茶ドスのきいた悲鳴を上げながら落下していた。






「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ボケェコラァカスゥ!!!!!」







 時は遡る。






 私、山田ありす(二十四歳)は拘束されていた。

 拘束されていた。

 もう、言い訳のしようがないほどに拘束されていた。

 縄でグルグル巻きにされ、左右から剣を首に当てられ、手は手錠で拘束されている。

 私に地位と名誉があれば秒で国際問題に発展させてやる位には拘束されていた。



 動かせる目だけで辺りを見渡せば、神殿の様な造りの柱が辺りを囲んで壁のようになっていた。

 だが、私が膝をつかされているのは地面だ。

 だとすればこの建築物のある場所の庭、なのだろうか、それとも、あの壁はただの囲いとして作られた壁なのか。



 囲い?

 囲い。

 囲いとは、区別するためのものだ。

 何かと何かを分けるもの、何かを捕まえておくための物。


 だとすれば、一体何を捕まえておくのか。





 綺麗に整えられた地面ではないため小石が膝に刺さって痛い。

 できる限り視線を上に動かせば、逆光でよく見えない成人男性らしきシルエット、そしてその背後にはいくら見上げても顔が見えない女性の石像らしきもの。



 そんなよく分からない見覚えのない場所で私は死刑寸前の囚人の様な格好でとらわれていた。




「いや、なんでだよ!!!」

 私は高らかなツッコミを放った。

「は? 何? ちょっと、私さっきまで公園で!! ねぇ!!私のお酒は!!?? は!??? いや、ここどこ!!???」



「聖女の偽物ばかりが蔓延る昨今。とにかく、魔界に通じる穴に聖女を突き落としてみようという話になりまして」

「聞いちゃいねぇ!!!」

 無駄にエラそうで無駄に厚着の男が私のツッコミを無視して殺害予行を行った。


 そう、殺害予告。


「・・・・・・っていや、はぁ!!??? なんて!!???」



 魔界に突き落とすとか言わなかったかこのハゲ。

 そして、このハゲなんかウサ耳ついてないか。

 は?

 何?

 は?

 ウサ耳?

 え、自前?

 え?

 何、コイツ?

 いや、ウサ耳付いてる。

 ピクピクしてる。






「本物の聖女様であればこんな穴に放り込まれようが、この先が魔界だろうが、魔王が待ちかまえていようが、無事に帰ってらっしゃるはず」

 男の声は朗々と響く。

 まるで何かの予言のように。

 まるで唱えなれた呪文か何かのように。

 まるでそれが当然のこの世界の理かのように。



「・・・・・・いやいやいや!! その期待に全部応えられるのは聖女じゃなくてゴキブリだろうが!!!! テメェ、そういう無理難題は美女が出すことに価値があるだけでテメェみたいな爺に出されても誰も嬉かねぇんだわ!!! というか、え、耳? え、ウサ耳? え、自前? 自前なの? 自前なのそのウサ耳!? それとも趣味なの!?? 私はどういう反応をしたら正解なの!?」

 私は目の前で起きている全く理解が及ばない事象を何とか押しとどめようとするかのように叫んだ。


 全く情報が足りない。

 全く意味が分からない。

 ここはどこだ、ここはなんだ、こいつは一体何を言っているんだ。



「時間です」

 首にかけていた懐中時計を手にとって男は更に告げた。

「さぁ、この世界を救う旅に今飛び立つのです!!」

 ウサ耳の男__よく見ると司祭の様な姿をしている男__は両手を大きく広げた。

 堂々とした振る舞いである。

 ウサ耳など恥じるに値しない、といった態度。

 自前だから当然という態度なのか、趣味だから当然という態度なのか。


「はい!! 全スルー!! こいつ嫌い!!! 無視される前から嫌いだけど完全に嫌いになった!! というか、そんな無理難題鬼畜人権無視案件。よしんば、私が聖女だったところで、これから芽生えるのはこの世界を滅ぼしてやるという気持ちだけだし、飛ぶんじゃなくて落とされ」




 そこまで言った瞬間に足下の地面が急に無くなった。





「てめぇ、フザけんな!!!! ボケェ!!!!!」

 ほぼほぼ反射で出た罵倒だけを残し、私は暗い穴の中に落ちてハゲ共の視界から消えた。

「幸運を祈ります」

「ハゲぇ!!!!」

 最後の最後まで私の口からは罵倒しか出てこなかった。







 いや、は?

 は?

 おいおいおいおい。






「クソボケコラカスアホハゲデブ!!!!!」




 そういうわけで、聖女(笑)こと私はこの世界に有らん限りの罵倒をしながら落下するに至った訳である。



 だが、この穴は長かった。

 数分どころではない、体感だが数時間は落下している。




「はぁああああああ」

 思わず、長い長いため息が出た。

 疲れもする。

 あと、叫びすぎて喉が痛かった。



 嫌々、落下するその先に目を凝らす。

 暗い。

 何も見えない。

 何も聞こえない。

 壁があるんだかないんだか、地面があるんだかないんだか。

 そもそも、この先に本当に魔界があるのだろうか。

 もしかしたら、終わりなどないかもしれない。

 このまま、私は死ぬまでずっと落下し続けるのかもしれない。



 この長さであれば走馬燈十週どころか、人生追体験したところでお釣りがきそうだ。



 そもそも、そもそもだ。

 私は回想する。




 そもそも、産まれたときから嫌な連鎖は始まっていたのだ。


 暴力こそはないが他人を否定するのが趣味の両親にそれにソックリな妹。

 ゴリゴリと削られていく自尊心を相談しようが周りは親を慕え、家族を大事にしろ、お前の考えすぎだ、お前が我慢しろ、可笑しいのはお前だ。

 そう言われ続けて、自分こそが可笑しいのだと思い続けた結果が、ブラック会社で精神ブッ壊されたのだからざまあない。


 週休二日とかいって月二日休みで一日は会社の行事に潰されて接待だし、海外の銀行に口座を作れとか意味わかんないこと言うし。

 反論したら、中身のない罵倒で威圧されて、馬鹿にされ、徐々に自分で思考する力を奪われた。

 で、給料が出なかったのでもう辞めますといったら「損害賠償しろ」だ。

 人間って言うのはできるだけ正しく、そして他人に優しくするものだと思い込んでいた私には衝撃のクズさであった。


 人間って言うのは思ったよりもどうしようもなくて、薄汚い。

 他人がどうなろうが関係ないし、自分がよければいいのだ。

 それは・・・・・・そう、私にとっては大きな衝撃だった。

 今まで信じてきたもの・・・・・・恐らく、心の奥底で信じていた性善説の崩壊である。



 しかも、給料は出ていないのに、でていましたってことにされて市役所に報告してやがった。

 本当に最悪だ。

 しかも、ハロワに受けてみないかと紹介された職場は年休57日だし。

 これ、絶対に労働組合直通ものだろ。

 ハロワで取り扱って良いものじゃないだろ。

 なんでそんな一目見てヤバい物を人に紹介できるんだよ。

 勘弁してくれ。




 そうやって、もう意気消沈を通り越して、破れかぶれになった。

 そうして、ダイナと勝手に呼んでいるデブ猫がいる公園でストロングなゼロのプルタブを空けた瞬間に知らない場所で知らないおっさん達に拘束されて知らない穴に突き落とされた。

 しかも、ウサ耳がついたおっさんだった。

 視界の暴力だ。

 最低すぎる。

 ここは地獄なのか。

 地獄であってもやっていいことと悪いことがあるだろ。

 ふざけるなよ。

 地獄へのクレームは一体どこにすればいいんだ。

 本当にふざけるなよ。


 かつて、かつて、そう。

 いや、今も少しだが「異世界にいってみたい」なんて思ったことはある。

 だが、異世界でさえ何の説明もなく自分をゴミのように扱うとは聞いていない。

 こういう異世界ものって自分のことを必要としてくれる世界とマッチングできるものじゃないのかよ。

 購入してもいない商品の詐欺にかかった気分。

 いや、購入していないんだから、返品させてくれ。



 購入。

 購入。

 マジで一切の記憶がない。

 こういうのって予兆とか、何か前置きがあって異世界に飛ばされるのが普通だろうが。

 こっちはトラックにひかれてもいないし、刺されてもいないし、飛び降りてもいなければ、何かの商品を頼んだり、怪しいサイトにアクセスすらしていない。

 宝くじだって買わなければ当たらないのに、なんで何もしていない私が異世界にぶっ飛ばされているんだ。

 釈明しろ、世界。

 こういう時って、なんか人型の何かがでて色々説明してなんかいい感じの加護とか能力とか与えてくれるんじゃないのかよ。

 本当に購入してもいない商品の詐欺にかかった気分だ。



 購入。




「あぁああああ」

 久々に呑もうと思って買ったお酒を思い出す。

 全然、呑めなかった。



 しかも、ゼロの缶は拘束された私の隣で地面に無様に転がっていた。

 一口も呑んでいないゼロが一滴残らず、地面にブチマケられていた。

 ストレスをどうにかするために、久々に購入した私のゼロは私に更なるストレスを与えた。

 本当に一口も呑んでいない。

 なんなら、あのゼロはプルタブを空けるためだけに私に買われたようなものだ。


 あぁ、せめて、一時だけでも、なにもかもを忘れさせてくれるはずだったゼロ。

 そんなゼロは私から取り上げられ、その代わりにウサ耳がついたおっさんと底のない穴への落下体験が与えられたというわけだ。




「マジで私が何をしたって言うんだ!!!!」

 人生でこの台詞を何回呟いたのか知れない。

 人生こんな事ばっかりだ。

 誰も私の人生の責任を取ってくれないくせに、私に責任ばかり押しつけやがる。

 本当にもう無理。

 本当に最悪最低。

「あぁあああああああ、もう!!!!! 世界なんて滅びちゃえばいいんだ!!!!!!」



「そっすねw」

 独り言で終わり、返事など返ってこないはずだったそれに半笑いの返事が返ってきた。



「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」



 落下し続ける私に併走・・・・・・併走?

 いや、落下・・・・・・自由落下運動?

 いや、飛んでんなコイツ。

 ソレは落下している私に付き添うように、いや、煽るように一緒に下降していた。





 ソレは人間ではない。

 人間の二倍から三倍は大きい。

 いや、人間と違うのは大きさだけではなかった。

 見たことがない。

 見たことがない生命体。


 思わず息を飲む。


 魚のような頭部にらんらんたる燃える眼、鋭く今にも食らいつかんとするかのように見える顎と不揃いの牙、首は細長く、爬虫類のような鱗に覆い尽くされた皮膚、振るだけで生物の命を刈り取りそうな太く長い尻尾、そして世界をかきむしろうとするかのような鉤爪に、背中には蝙蝠のような翼が生えている。




 それは・・・・・・ひとごろしきな性格を示すような姿をしていた。




 そして、その魚のような頭部のさきっちょにはちょこんと載った黒いシルクハット。

 え、戦利品?

 戦利品ですよね、それ?

 食べた人間の帽子を気に入ってそのまま被っているんですよね?





「・・・・・・ねー!!!! ドラゴンいるってぇええええ!!!! ねー!!!! もう!!!!!」

 私は叫んだ。

 喉が痛いとかそんなことを言っている場合ではない。

 私は叫んだ。

 とんでもないことになった。

 とんでもないことになった。

 もう、完全にキャパオーバーになって私は叫んだ。

 落下中なので逃げることもできないが、このどうしようもない気持ちをどうにかするために叫んだ。

 というか、叫ぶくらいしか私にはできなかった。


 あのウサ耳ジジイマジで呪い殺す。

 略して、のろす。

 マジで許さねぇ。




 魔界だ。

 ここは間違いなく魔界だ。

 なんか勇者とかが最終的に目指してくるタイプの魔界だ。

 じゃなきゃこんな恐ろしい姿の化け物がいるわけがない。

 というか、そんな場所以外にいて欲しくない。

 日常にやってくるな。



「あ、サーセンw 自分ドラゴンじゃないんでw」

 そのドラゴンはそう言った。

 確かに、そう言った。



「・・・・・・」

 思わず、再び口を閉じる。

 いや、何か今、何か。

 すっごい、ふわっふわな感じの、いや、滅茶苦茶舐め腐った感じの・・・・・・は?



「あ、死んじゃった感じっすかw」

 そのドラゴンはそう言った。

 確かに、そう言った。



「・・・・・・」

 ただただ、口を閉じる。

 いや、何か今、何か。

 すっごい、ふわっふわな感じの、いや、滅茶苦茶舐め腐った感じの・・・・・・は?



「ご愁傷様でぇすw」

 そのドラゴンはそう言った。

 確かに、そう言った。



「ねー!!!! なんか喋ってるってこのドラゴン!!!! 舐め腐った口調だし、確実に語尾に単芝生やしてる感じに半笑いなんだってぇ!!!! ねー!!!! もう!!!!!」

「いやいや、だから自分ドラゴンじゃなくってジャバウォックなんでw」

「ジャバウォックってだれぇ!!!!」

「ジャバウォックは自分すねw」

 もう、確実にそのドラゴンはそう言った。

 確かに、そう言った。

 誤魔化しようがないほど、確かにそう言った。

 誰に誤魔化すのかは知らないが。

 確かにそう言った。




「なんだコイツ!! なんだコイツ! なんだコイツ!!」

「だから、ジャバウォックっていってんじゃないすかw」




 全然、神秘性とかない。

 凶暴そうな外見で恐怖を覚えても良いはずなのに、なんか口調とか中身のフワフワさのせいでもう恐怖も引っ込んだ。

 いいことなのか悪いことなのか。

 それとも、確実にこれから死ぬと思っているせいで、それこそ破れかぶれになっているのか。

 そう、私は確実に死ぬ。

 このドラゴン擬きに食べられたり殺されたりしなくても、地面に叩きつけられて死ぬ。

 だから、安心、いやできねぇな。

 人間は必ず死ぬからといって死ぬ危険に反応しないわけがない、と同じだ。



「てか、お姉さんマジ活きいいっすねw」

「活き!!?? やっぱり食べられる!!!? 狙われている!!?? 殺される!!???」

「滅茶苦茶暴れんじゃ~ん、ウケるw」

「ウケねぇよ!!!! 生命の危機が新たなる生命の危機を呼んでんじゃんか!!! 人生かよ!!!!」

「深いねぇw」

「なんも深くない!! なんも深くない!! あっちいって!!!」

「大丈夫大丈夫、おれこう見えてアレだから、マスコットキャラみてぇなもんだからw」

「未だかつてこんな人間を主食としてそうなマスコットキャラがあっただろうか、いやない!!」

「疑問反語ってやつじゃん、やばぁw」

「本当にあっちいって!!! なんでワザワザ落下速度に合わせて降下してるんだよ!!! お前、マスコットキャラだったとしたら人気最下位だよ!!! こんなマスコットキャラは嫌だオブ・ザ・イヤー授賞おめでとうございます!! 本当にあっちいって!!!」

「ほら、俺、一緒にゴールしよっていったらちゃんと一緒にゴールするタイプだからさぁ」

「約束してんねぇし、初対面だし、ゴールは私の絶命なんだよなぁ!!! いやだよ、そんなゴール!!! 本当にあっちいって!!!」



 落下しながらでもできる最大限のボディランゲージで懸命にジャバウォックに手を振り追い払おうとするが、当然のように全く効果がない。

 伝わっていないのではなく、完全に無視されている。

 そう、これは意図が分かった上での無視だ、絶対に。

 なぜなら、私は今、ボディランゲージ講師を引き受けて良いほどに伝わりやすい完璧な拒絶をしているからだ。

 なんなら、ボディランゲージ所か言語ですら拒絶の意志を伝えているのに、全く相手がその意図を飲み込まない。

 そう、コミュニケーションとは相手が受け取って初めて成立するもので、相手が受け取らなかったら成立しないのだ。

 コイツ、本当に全然私とコミュニケーションしない。

 それなのに、ドラゴン擬きは先ほどと変わらず同じ速度で一緒に下へ下へと進んでいく。

 もしも、コレが人間や愛らしい生き物であったならば、一緒にいてくれる生き物として愛着が持てたのだろうが、無理だ。




 好物が人間、主食も人間、なんなら別に食べないけど人間を殺すのが趣味ですみたいな顔をした初対面のドラゴン擬きがずっと付いてくるのは、無理だ。


 完全に獲物扱いだ。

 狩り目的、それか、死肉漁り目的に違いなかった。

 私は今夜のスペシャルディナーにされるのだ。

 コイツは間違いなく私の身体が目的なのだ、食料的な意味で。




「いやだぁあああするっぱなぁpだあああい!!!!!!!!!!!!!!」

「いや、マジで滅茶苦茶元気じゃんw」

 精一杯の威嚇は完全に流された。

 もう、コイツマジで嫌。



「マジで私が何をしたって言うんだ!!!!」

 人生でこの台詞を何回呟いたのか知れない。

 人生こんな事ばっかりだ。

 そして、今正に私の人生は幕を下ろそうとしていた。


 このドラゴン擬きかあのウサ耳ジジイのせいで。

 いや、ウサ耳ジジイが突き落とした結果、こんな地獄みたいな・・・・・・いや魔界?の穴に落ちているのだ。

 全てあのウサ耳ジジイのせいだ。

 もう、この世の全ても元の世界での嫌なことも全部あのウサ耳ジジイのせいだ。


 呪いあれ。

 もう、全身からウサ耳生えろ。

 永遠に生えろ。

 そのまま、球体みたいになれ。



「いやいや、お姉さん、いっとくけど、俺マジでお姉さんの事食う気ねぇよ?w」

「は?」

「マジマジ」

「本当に?」

「マジマジ」

「本当の本当に?」

「てか、自分が俺に食べられるくらい美味しそうと思える自己肯定感エグくね?w」

「それはもはや自己肯定感じゃなくて事故肯定感でしょ・・・・・・いや、違うな。普通に危機管理能力だよ」

「いやいや、俺マジ無害よ?w 全然、人間とか襲ったことないし」

「・・・・・・」

「てかてか、初めて生きて喋る人間見たしw」

「そりゃあ、人間に会ったことなかったら、襲ったことはないわな。初めての人間の犠牲者が私なんだぁああ!!!!」

「自己肯定感というか被害妄想えぐいてw」



 このドラゴン擬き、会話ができるようで全く会話にならない、わけでもなくなくないのかもしれない。

 まぁ、とりあえずは、すぐに襲いかかられる感じではない。

 だが、魚のような頭部にはめ込まれたドブを塗り込んだブラックホールみたいな瞳を見れば不安になってくる。

 本当にコイツは人間に、いや、もう人間に有害でも何でも良い、少なくても私にだけは無害であってくれ。

 一生のお願い。




「ぼべ」

 視界が急に暗くなり、オカシナ声がでた。

「は? なになになになに」

 顔にへばりついたソレを払いのける。



 中身がでて真っ赤。

 そして、ぐちゃぐちゃなそれは上から絶え間なく降ってくる。



「お、今日はチェリー・パイか。俺コレ嫌いなんだよねw」

 そう言いながら、ドラゴン擬きは体勢を変えて口を大きく上に向け、絶え間なく降ってくるチェリー・パイを次々と口に入れていく。

「はべんの?」

 そして、私を一瞥するとなにか問いかけてきた。


 恐らく、食べんの?と聞かれている。




 私はドラゴン擬きを凝視していた目をまた、上に戻す。




「ぼべ」

 そして、再びチェリー・パイに顔面を襲われた。

 口に甘酸っぱい味が広がる。

 チェリー・パイだ。

 まごうことなくチェリー・パイが上空から降り注いでいた。




 いや、は?

 何?


 二撃目のチェリー・パイも無事に顔面で受け止めた私は、再び顔面を拭って口と目を救出することとなった。


「いや、なんで、チェリー・パイが!!??」

 そして、無事に助け出した口が思わずといった様子で物を言う。

「なんで、空からチェリー・パイが!!??」

「大丈夫大丈夫、ケーキにクッキー、カスタードにパイナップル、七面鳥のローストにバタ付きパンが降ることだってあるってw」

「それは本当に大丈夫なの!!?」

「人生ってそんなもんじゃねw」

「私の知ってる人生と大分違う!! 大体衛生面は」




 そこまで言って私の身体は吹っ飛ばされた。

 そう、吹っ飛ばされた。

 ただでさえ落下中だというのに背後からズドン。

 まさか異世界に来る前にトラックにひかれなかったからココで帳尻を合わせたんじゃ、という考えが一瞬浮かぶ。




「ぐえ」

「1HITw」

 そして、そのままドラゴン擬きに衝突した。



 背後を振り返る。

 何かが停止したドラゴン擬きを追い越して落下していった。

 上を見上げる。

 ペチンと顔に何かが落ちてきた。

 それは私の顔面を容赦なく這い回る。




「なになになになになになになに」

 払いのけたソレがドラゴン擬きの皮膚を這う。

 這っているソレは酷く馴染みのある形をしていた。


「ととととととトカゲ!!???」

 そう、トカゲ。

 トカゲだ。

 チェリー・パイの次はトカゲが上から降ってきた。


「まぁ、トカゲもギリ食料カウントだしセーフじゃねw」

「トカゲを食料カウントしたことない!!!」

 そう叫んでいる間にも次々とトカゲが落下していく。

「ぎゃああああああああああ」

 叫びながらも口を覆う。

 口にトカゲが飛び込んできたら発狂しかねない。

 口に謎のチェリー・パイが飛び込んできたのも意味が分からなすぎるのに。

「むりむりむりむりむり」

 現実を否定し続ける私だったが、現実は非情である。



 ヤモリだけだったのが鼠にモルモットまで落下し始めてきた。



「むりむりむりむりむり」

「まぁ、鼠もモルモットもギリ食料カウントだしセーフじゃねw」

「鼠もモルモットを食料カウントしたことない!!!」

 だが、そう言っている間にも更に新たな動物達が降り始める。




 青虫、鳩、仔犬、インコ、アヒル、ワシの子、フラミンゴにハリネズミ、ウサギ、中世ヨーロッパの従者の様な服を着た蛙にベビー服を着た子豚。

 あと、


「ねぇ!!! グリフィン!!! グリフィンいる!!! グリフィン!!!」

 思わず、指さしたが次の瞬間には見たと思ったグリフィンは幻のように消えていた。

「あー、グリム童話がなにてw」

「いや、さっき・・・・・・」



 視界いっぱいに亀の甲羅の裏側が広がる。

 亀。

 亀?

 だが、その顔はヤギのように。





 暗転。






『ありす、もしこれからお前が異世界に飛ばされても良いように練習しとこうよ』

 そう言ったのは、幼なじみ。

 そうだ、幼なじみの、誰だっけ。

 ニマニマと猫のように笑う・・・・・・男だったか、女だったか。


『なんの?』

『ミュージカル』

『ミュージカル?』

『そう、ミュージカルの練習をしとけば、たとえ異世界に飛ばされて、喋っている途中で歌わなきゃいけなくなっても大丈夫じゃね?』

『それは異世界というよりミュージカルの世界なのでは?』

『似たようなもんでしょ』

『似たようなもんなんだ』

『じゃあ、ありすはこれから裁判にかかって処刑される役ね』

『異世界に夢がなさすぎる。というか、異世界って言葉通じるの?』

『大丈夫だよ、音楽に国境はないらしいし』

『多分、意味が大分違うというか、意味を自分のいいようにねじ曲げすぎじゃない?』






「は!!!」

 全く、役に立たない夢を見た気がする。



 気が付けば、目の前には魚のような化け物の顔があった。





「うぉおおおおおおおおお!!!」

 思わず全力のビンタを繰り出す。

 ヒッパタいたそれは鱗に覆われていて固く、寧ろ、私の柔い掌の方にダメージが入った。

「うぉおおおおおおおおお???」


「え、俺滅茶苦茶助けたのに、ヒドくねw」

 どこか耳に馴染みがあるフワフワした態度と声だ。


「うぉおおおおおおおおお???」

「おはおは」

「・・・・・・」




 思い出した。

 ドラゴン擬き。

 ジャバウォックだっけか。



 そう、私はウサ耳ジジイに落とされた穴の中でこの化け物、ジャバウォックと出会い、上からチェリー・パイや動物達が降ってきて・・・・・・いた、何言ってんだ。




「・・・・・・夢かぁ~」

「夢見てたん?w」

「いや、夢じゃなさそう」



 なぜなら、お前が消えないから。



 どうやらココは部屋の中らしい。

 寝かせられていたベットは柔らかいし、天蓋というのか、お姫様のベットみたいな物がついている。

 ベットから起きあがれば、床には赤いこれまた豪奢な模様の絨毯がしかれている。

 部屋の中にはタンスやドレッサー、テーブルにソファーが揃えられている。

 そのうえ、人間の数倍はあるジャバウォックも延び延びとはしていないが、特段狭そうにはしていない。


 豪華だ。

 かわいい女の子のお部屋みたいだ。

 少なくとも、コイツの部屋ではないだろう。

 そうであってくれ。



「ココどこ」

「魔王城w」

「せめて、お前だけはココで殺す」

「急にどしたんw 悩みでもあんの?w」




 目が覚めたら、敵の本丸に来ていた。

 来ていたというか、来させられたというか、攫われた。

 これは確実に攫われた。

 食べないとか言ってちょっぴり安心させておいて、私が無惨に死亡するルートに直通で通しやがった。




「裏切り者がよぉ」

「情緒不安定すぎてウケるw」

 ジャバウォックの首に飛びついて何とか攻撃を加えようとしたが、結果、首に抱きついてぶら下がって揺れることになった。

「ねー!!! 皮膚固すぎない!!?」

「うーん、コッチはお姉さんの皮膚が柔らかすぎて引き裂きそうで怖いんだよねぇw」

「命だけは!!!」

「なんで命乞いしてんのw あ、そうそう、起きたら魔王のところ連れて来いっていわれてたんだわw」

「命だけは!!!」

「すぐ命乞いするじゃんw」

「マジで、この世界の人間の命とかどうでもいいんで!! せめて私だけは!!!! せめて私だけは!!!!」

「生きるのに必死すぎてウケるw」

「あぁああああ!! 行きたくない行きたくない!!」

「お~、よちよちw」

「怖いよぉ、怖いよぉお!!」

「お~、よちよちw」



 抵抗もむなしく、私はジャバウォックにくわえられて運ばれた。

 廊下で出会った人間なんだか化け物なんだかそのハーフなんだか分からないオーディエンスに遠巻きにどん引きされながらたどり着いたのは、屋外である。




 牢屋ではない。

 そう、牢屋ではなかった。

 あと、視線を左右に動かしたが処刑台みたいな物も見えない。


 多分。

 異世界の処刑台がドンなものかは知らないけど。





「おぉ、まさか、生きておるどころかこんなにもピンピンしておるとはな。まぁ、よい、今日のお茶の時間には間に合いそうじゃ」

 ジャバウォックにくわえられているため、物理的に視線が高くなった私は遙か斜め下に視線を落とした。



 少女だ。

 黒髪、黒目の少女。

 おそらく、日本人。

 私より年が下、十代中盤、なんじゃないだろうか。

 彼女は真っ赤なドレス、いや、軍服、のようなドレス?に身を包んでいた。



「え、は、え」

 容姿だけ見れば、とても、馴染み深い。

 日本にいればゴスロリやコスプレ好きの少女と判断されることもある、だろう。





 だが、その雰囲気は、おぞましい。




 人間、ではない。

 化け物だ。

 ジャバウォックよりも、ずっと。

 これは、駄目な化け物だ。



「まぁ、本物の聖女なんじゃし、さもありなん。あの異常事態。お前が本物の聖女であるが故に起こされた喜劇じゃろうしな」

 少女がフン、とふんぞり返る。

 遙か眼下の姿ではあるが、自分よりもジャバウォックよりもずっとずっと強大に見える。



 本物。

 本物の聖女。



「は???」



 今、このヤバいの私を【本物の聖女】とか言ったか?




「お前は人間の世界から魔界の穴に放り込まれたのじゃ・・・・・・恐らく最近よくある不法投棄じゃろう」

 うんうんと少女の形をした物が何度も頷く。

「いや、よくあるんかい!! 道徳とか倫理観が中世すぎるだろ!!」

 恐怖という感情が全て飛んでいって、思わずツッコんだ。






「ふむ。紹介が遅れたが、ワシは織田信長。前世はサラリーマンだったのだが、死んだと思ったら、合法ロリツルペタ幼女系織田信長になっていて無双し更に生涯を終えたと思ったら、ここで魔王と呼ばれておった」






「ねー!!!! 異世界転成全部のせみたいな人いるってぇぇ!!! ねー!!!! もう!!!!!」

 何を言ったかは分かったが、何を言っているかは分からない、といのはこう言うことだろう。

 脳が理解を拒否している。


 ジャバウォックが私を地面におろして、口を開ける。

 コトンとその首が傾いた。



「合法ツルペタ幼女ってなんすかw」

「この人の言ってること、全部意味わかんないけど、そこは一番解明しちゃいけないとこだよ!! 引っかかるな!!」

 ジャバウォックが傾けた首を無理矢理、両手でまっすぐに直す。



「まぁまぁ、落ち着け。お前も聖女不法投棄の被害者なんじゃろ?」

 続けられた言葉に意識が軽く遠のく。


「とんでもねぇワード出てこなかった!!?? この世界粗大ゴミどころか聖女を不法投棄すんの!!??」

 失神は何とか免れたが、白目を剥くのは耐えられなかった。

 だが、これは私だから耐えられた。

 私じゃなかったら、失神していたし、発狂していただろう。

 正直、私もあと一歩で発狂しそうだ。





「そう、もう分かっているとは思うが、ワシも聖女不法投棄された被害者なんじゃ」

「聖女属性でもあるんかい!!! いや、全然分かってなかったわ!! これ以上に属性が乗せられるとか想像だにしてかなったわ!!! え、ええ、え、そのおぞましい気配で聖女なんですか!!???? そして、あのウサ耳ジジイこの一目で分かるほどヤバいのも魔界に捨てたの!!??? そりゃあ、悪役令嬢・・・・・・いや、魔王にもなるよ!!! あのウサ耳ジジイ、すっげぇ、遠回りに世界と心中するのを目指してんのかよ!!!??」

 もう、自分だけでは抱えきれなくなって、ジャバウォックの首に抱きつく。

「早口言葉すごくねw」

 だが、とうのジャバウォックは私の舌の回り具合しか分からなかったらしい。







「もう一人の聖女よ、クソみたいなこの世界に一緒に復讐しよう」

 完全にどす黒い気配を纏った、年下の魔王が私に手を伸ばす。









「復讐属性まであるー!!!!!! 盛りすぎだって!!! 異世界転成者のトッピング全部のせ次郎系ラーメンみたいになってんじゃん!!!!!」

 もう、どうしたらいいか分からなくなった私は泣きながら叫んだ。









「マジで私が何をしたって言うんだ!!!!」













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