9話「永久にそなたの傍に。ヴォルフリックの誓い」
兄様に手伝ってもらい着替えを終えた。
そういえば髪の色が変わってから、まだ鏡を見ていなかった。
僕は部屋の隅にある大きな姿見の前に立ち、自分の姿を鏡に映した。
そこには水色のジュストコールを着た育ちの良さそうな美少年が映っていた。
エアネストの顔立ちは十八歳にしては幼くて、十五歳ぐらいに見える。
僕のプラチナブロンドだった髪は濃い茶色に、濃い青だった瞳は灰色に変わっていた。
髪の色は少し地味になったけど、顔の作りが変わった訳ではないから、美少年なことに変わりはない。
やはり美しく生まれるって得だな。
鏡を見ているのが楽しい。
「エアネスト……」
僕が鏡に映った自分の姿をまじまじと見つめていると、背後から声をかけられた。
振り返るとヴォルフリック兄様が悲壮な面持ちで立っていた。
鏡に映った自分をジロジロ見すぎたかな? 兄様にナルシストだと思われたら嫌だな。
「辛いか……?
髪と瞳の色が変わったこと……」
セーフ!
兄様にはナルシストだと思われてなかったみたい。
前世の僕はごくごく普通の顔立ちの日本人だった。
髪と目の色が多少地味になったとしても、エアネストが美少年であることに変わりはない。
むしろプラチナブロンドにサファイアブルーの瞳のエアネストは、キラキラし過ぎて……僕には眩しすぎた。
このくらい落ち着いた髪と瞳の色の方が僕にはちょうど良い。
「大丈夫ですよ。
僕、今の髪と瞳の色が気に入りました。
だから兄様がそんな悲しそうな顔しないで下さい」
僕は笑顔で伝えた。
兄様の罪悪感を少しでも減らしたい。
僕が勝手に推しである兄様を助けたかっただけなのだから。
「エアネスト……」
兄にぎゅっと抱きしめられた。
まだ過度のスキンシップには慣れてなくて、僕の胸がドキドキと音を立てる。
「兄様?」
「すまない。
この償いは必ずする」
兄様が僕の髪に顔を埋めた。
ヴォルフリック兄様の身長は187センチ、エアネストの身長は165センチ、頭一つ分くらいの身長差がある。
償いなんて……そんなことを考えなくていいのに。
僕は兄様から少し距離をとり、彼を真っすぐに見つめた。
「ヴォルフリック兄様、償いなんてそんな悲しい事を言わないでください!
僕は自ら望んで兄様に光の魔力を譲渡したのです!
今の髪と瞳の色もとても気に入っています。
だから兄様が悲しむ必要なんてないんです!」
兄様は僕の話を切なげな顔で聞いていた。
「しかし、それでは……私の気がすまない」
「どうしても償いがしたいとおっしゃるなら、幸せになってください!
兄様が幸せになることが、僕への一番の償いです!!」
僕が兄様の顔を見てにっこりとほほ笑むと、彼は困ったように眉尻を下げた。
「エアネストには敵わないな」
「兄様、約束してください。
絶対に幸せになるって」
「約束しよう。
私は必ず幸せになる」
ヴォルフリック兄様はそう言って僕の腰に回した腕の力を強めた。
僕はためらいがちに兄様の背に自分の腕を回した。
兄様には何度も抱きしめられたけど、僕から抱きしめ返すのは初めてかも……?
「エアネスト、そなたは私に幸せになれといったな?」
「はい」
「私の幸せはエアネスト、そなたの傍にいることだ」
「……?」
家族と仲良く暮らしたいって意味かな?
兄様は牢屋から出てきたばかりで、まだ夢や目標がないんだ。
だから家族と一緒にいたいと思ったんだね。
彼が夢や目標を見つけるまで、僕が支えてあげよう。
「私は永久にそなたの傍にいたい。
エアネスト、そなたの傍にいることを許可してくれるか?」
兄様のアメジストの瞳に射抜かれた。
「もちろんです、兄様」
家族は一緒に暮らさないとね。
兄弟は仲が良いことに越したことはない。
まぁ……そうは言っても兄様は精霊の血を引く第三王子。
兄様が外の世界の生活に慣れたら、きっと他に楽しいことを見つけて、僕の事など忘れてしまうだろうけど。
それに兄様ほどの美青年を、周りが放っておくはずがない。
きっと兄様はどこに行ってもモテモテで……沢山の女性が言い寄って来るだろう。
そのうちの一人と兄様が恋に落ちたら……。
その時は、兄様の恋を全力で応援しよう!
もともと、僕はソフィアと兄様の恋を応援しようと思ってたし。
兄様の恋の相手がソフィアから他の誰かに変わるだけだ。
…………でも何故だろう。
胸の奥がもやもやする。
兄様が他の人と恋をするのは嫌だと思っている自分がいる。
いやいや駄目だろ!
兄様の未来の恋人に嫉妬するとか、ブラコンが過ぎるだろ!
いつかその時が来たら……ちゃんと兄離れしないとな。
「兄様さえよければ、ずっと一緒にいて下さい」
僕の返事を聞いた兄様がふわりと笑った。
今まで見た中で一番優しい笑顔だった。
「エアネスト!
私は何があってもそなたの傍を絶対に離れない!
私たちは永遠に一緒だ」
永遠に一緒だなんて、兄様は大げさだな。
僕を真っ直ぐに見つめる兄様の紫の瞳が、ギラリと光った気がした。
僕の見間違いだよね?
「エアネスト……」
兄様の顔が近づいてくる。
またキスされちゃうのかな?
ちゃんと伝えないと、罪悪感から僕に魔力を返そうとしなくていいんだよって。
なのに兄様に見つめられると……何も言えなくなってしまう。
結局、僕は兄様のキスを受け入れてしまった。
どうしよう?
こんなんで兄様に恋人が出来た時、兄離れ出来るのかな?