表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/63

63話「エバー・アフター」最終話




白樺の森を春の風が通り過ぎていく。


五月、長い冬が終わり、シュタイン侯爵領に短い春がやってきた。


北にあるこの地でも、この時期は比較的過ごしやすい。


魔王を討伐したのは昨年の十月なので、あれから七カ月が経過した。


僕はあれから沢山仕事を覚え、人並みに仕事をこなせるようになってきた。


今も変わらず、白樺の森は豊かな恵みを与えてくれている。


シュタイン侯爵領の仕事も軌道に乗ったので、今日は一日お休みを貰って、ヴォルフリック兄様と遠がけにきたのだ。


カールがバスケットいっぱいに、お菓子やサンドイッチやフルーツを詰めてくれた。


久し振りに兄様と二人きりになれて、僕の心は弾んでいた。


白樺の森の奥にある花畑には、ピンクや白や黄色の可愛らしい花が咲きみだれていた。


上から見るとまるで花の絨毯みたいだった。


僕らはそこにシートを広げ、のんびりと過ごす事にした。


「エアネスト、オルゴールを聴かせてくれないか」


「はい、兄様」


僕はオルゴールのネジを回した。


レーア様の形見のオルゴールから、繊細で優しい音色が流れる。


「膝枕してほしい」


「いいですよ。

 絵本も読んであげますね」


兄様が珍しく甘えてきた。


彼は屋敷では王子様として振る舞い、使用人を厳しく教育し、領地経営を補佐し、邪な人間が僕に近づかないように警戒し、領民の話を聞き、色々と忙しく過ごしている。


兄様は、人前ではずっと気を張って過ごしているのだろう。


だから彼は、きっと僕以上に疲れている。


僕が侯爵として頼りないばかりに、兄様に迷惑をかけてしまっている。


だから今日くらい、彼を目いっぱい甘やかし、労ってあげようと思う。


僕がペタン座りすると、彼が僕の膝の上に頭を乗せた。


僕はバスケットから絵本を取り出した。


この絵本は王都にいるティオ兄様が送ってくれたものだ。


昔レーア様に読んでもらった絵本を、彼の記憶を頼りに再現したものだ。


表紙には可愛らしいタッチで、お姫様を守る勇敢な王子様が描かれていた。


二人の背後には、王子様に倒される悪役も描かれている。


本編中にも沢山綺麗な挿絵がある。


ティオ兄様がレーア様への思いを込めて、一ページ一ページ、丁寧に作ってくれたのが伝わってきた。


僕は一目見てこの絵本が好きになった。


きっとヴォルフリック兄様も、この絵本が大好きだと思う。


「むかし、むかしある所に……」


よくある一文から始まる物語。


魔王に攫われたお姫様を、王子様が救う旅に出る冒険活劇。


「…………王子様は魔王を倒すことに成功しました。

 王子様はお姫様を助け出し、二人は末永く幸せに暮らしました。

 めでたし、めでたし」


物語の最後は「めでたし、めでたし」で締めくくられる。


僕が絵本を読み終えると、ちょうどオルゴールも止まった。


兄様の顔を覗き込みと、彼はとても幸せそうな穏やかな顔をしていた。


「もう一度読んでくれないか?」


「いいですよ。

 ヴォルフリック兄様は、このお話が大好きなんですね」


「ハッピーエンドが好きだ。

 心が落ち着く」


「僕も好きです」


僕はオルゴールのネジを巻き、絵本を最初から読んだ。


僕が絵本を読み終えたとき兄様は寝息を立てていた。


兄様を起こさないように、オルゴールと絵本をバスケットにしまった。


兄様の寝顔はいつ見ても美しかった。


整った眉、長いまつ毛、綺麗な形の鼻、薄く閉じられた唇。


いつ見ても芸術的な美しさだ。


僕は彼の頬に手を当てた。


目覚める気配がないので鼻先や唇にも触れる。


彼の唇に触れている指を離したくない。


このまま、キスしてしまおうかな……。


でも、兄様を起こしてしまうかな?


気持ちよさそうに寝ているのに起こしたら悪いかな?


疲れているみたいなのでこのまま寝かせておこう。


そう思って兄様の唇から手を離そうとしたとき、彼に手を掴まれた。


「兄様、起きていたのですか?」


不意に手を掴まれたから、びっくりして心臓がまだドキドキしてる。


「エアネストの手の温もりを感じて起きた」


どうやら、彼の眠りを邪魔してしまったようだ。


兄様は上半身を起こすと僕を抱き寄せた。


「エアネストからキスして貰えるかと、期待して待っていた」


彼は結構な時間、たぬき寝入りしていたようだ。


彼の顔をペタペタ触っていたのが、彼にバレていたと思うと恥ずかしい。


そう言えばシュタイン領に来たばかりの頃もこんなやり取りがあった。


僕はあの頃から成長していないなぁ……。

 

「兄様を起こしてはいけないと思って……」


「そんなことはない。

 そなたの口づけで目覚められるなら、こんなに幸せなことはない」


兄様が僕の額に口づけを落とす。


額にキスされるのは少しこそばゆい。だけど、彼の温もりを感じられて僕は幸せだった。


「たまには、エアネストから口づけをしてくれないか?」


彼からの要求に僕は動揺を隠せない。


いつも兄様からキスしてくれるから、彼からしてもらうのが当たり前だと思っていた。


「駄目か?」


兄様が捨てられた仔犬のような悲しげな顔をした。


「もう、そんな顔でおねだりされたら断りにくいです」


「それは了承と捉えてよいか?」


彼が嬉しそうに尋ねてくる。


これは、絶対に僕からキスしないと駄目な雰囲気だ。


自分からキスするのは恥ずかしいけど、兄様にはお世話になってるし、これで兄様が癒やされるなら。


「……兄様、目を閉じて下さい」


彼はゆっくりと瞳を閉じた。


僕は少し緊張したが彼の唇にチュッと口づけた。


僕が唇を離すと、彼は満面の笑みを浮かべていた。


兄様が幸せそうで僕も嬉しい。


その後、彼から何度もキスされた。


どれくらい時間が経過しただろう……瞳を開けると、兄様がうっとりとした顔で僕を見つめていた。


「そなたとこうして過ごす時が、何よりも尊い」


「僕もです」


「愛している、エアネスト」


「僕も兄様を愛しています」


僕らはもう一度口づけを交わした。


遠くから教会の鐘の音が聞こえてくる。


その音は、僕たちを祝福しているように感じた。




◇◇◇◇◇




日暮れが近づき、冷たい風が吹いてきたので、僕らは屋敷に帰ることにした。


遠くに見える山々はまだ雪を被っているので、五月になっても夜は冷えるのだ。


「兄様、教会の鐘の音が聞こえました。

 村で誰か式を挙げたのかもしれません。

 帰りに寄っていきませんか?」


「エアネストが行きたいというのなら、私はどこへでもついていく」


大切な物をバスケットにしまい、僕達は馬に跨った。


今日は白馬に二人乗りしてきた。


二人乗りだと、兄様に後ろから抱きしめられながら移動出来るから、二人乗りが病みつきになりつつある。


僕たちの休日は、日暮れと共に終わろうとしていた。


だけど僕たちのここでの暮らしはスタートしたばかり。


また兄様と、こんな風にのどかな時間を過ごせる日もあるだろう。


もう少ししたら、ヤマモモやブルーベリーが実る時期だ。


兄様と一緒に取りに行きたいな。


収穫した果実をカールに調理して貰おう。


ヤマモモやブルーベリーのジャムを、フレンチトーストにかけて食べたら美味しいだろうな。


それから川で魚を釣りもしたいな。


秋になったらりんご狩りにも行きたい。


焚き火を囲みながら、一つの毛布にくるまって、星空を眺めたい。


兄様としたい事や、彼と行きたいところはまだまだ沢山ある。


これから時間をかけて、全部達成したいな。


僕は背中に兄様の温もりを感じながら、帰路に着いた。







◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





その日の帰り道に寄った教会で、農民のリーダーだったマルクさんの妹の結婚式が行われていた。


僕はウェディングドレス姿の花嫁や、宴会に集まった楽しそうな人々を見て、「結婚式ってやっぱりいいな」と思ってしまった。


そんな僕の思いが周りに伝わってしまったようで、シュトラール様が国王と大臣の夢枕に毎夜立ち、「ヴォルフリックとエアネストを結婚させなさ〜〜〜〜い。でないと祟りますよ〜〜〜」と訴えた。


その結果、国王や重臣が寝不足から体調不良になってしまった。


国王はこの事態を重く受け止め、急遽同性婚を許可する法案を作成した。


僕とヴォルフリック兄様が戸籍上は腹違いの兄弟である問題も、レーア様が精霊の神子として処女懐妊したことにより血の繋がりがないとされ、無事に結婚が認められた。


それでも王命書に僕とヴォルフリック兄様の結婚には、王も大臣も貴族も一切口出ししてはいけないと記されている。


だけど僕達を結婚させないと毎晩うなされる……。


困り果てた国王は、僕たちと仲の良いティオ兄様をシュタイン侯爵領へ使者として遣わせ、僕達の意見を確認させるという形を取ったのだ。


その為に国王はティオ兄様の謹慎を解いた。


僕とヴォルフリック兄様が、結婚する意思を示したことで僕たちが結婚することが正式に決まった。


結婚式の準備にはティオ兄様が尽力してくれた。


彼は貴族への根回しも全て行ってくれた。


彼には感謝しても仕切れないと思う。


ちなみになんだけど、僕は式の当日ウェディングドレスを着ることになった。


ヴォルフリック兄様は、僕とお揃いのデザインの白のタキシード。


仮縫いのとき見た彼の礼装は、筆舌に尽くしがたいぐらい壮麗で妖艶なほど美しかった。


兄様のタキシード姿に僕はもうメロメロになってしまった。


仮縫いのとき、ヴォルフリック兄様は、僕の花嫁姿を見て頬を染めながら「可愛い」と言ってくれた。


「清楚で可憐なそなたには純白のドレスが似合う。皆に見せびらかしたい気持ちと、誰にも見せずに部屋に閉じ込めておきたい気持ちがせめぎ合っている」とも言ってた。


僕の目を見つめそう言った兄様の目は、結構本気だった気がする。


部屋に閉じ込められるのは、ちょっと困るな。


でも、兄様のそういう嫉妬深いところが好きだ。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「新郎ヴォルフリック・エーデルシュタイン。

 あなたはここにいる新郎エアネスト・シュタインを、喜びの時も辛い時も、裕福な時も貧しい時も、新郎を心から愛し、敬い、大切にすることを誓いますか?」


「誓います」


「新郎エアネスト・シュタイン。

 あなたはここにいる新郎ヴォルフリック・エーデルシュタインを、喜びの時も辛い時も、裕福な時も貧しい時も、新郎を心から愛し、敬い、大切にすることを誓いますか?」


「はい、誓います」


「指輪の交換を」


神父の言葉に合わせてリングベアラー役の男の子が、指輪を乗せた箱を持って近付いてきた。


僕はリングベアラーにブーケを預ける。


ヴォルフリック兄様が僕の手袋を外し、左手の薬指に指輪をはめ、僕もヴォルフリック兄様の左手の薬指に指輪をはめた。


「では誓いの口づけを」と大主教様が告げる。


ヴォルフリック兄様がそっと僕のヴェールを外した。


彼の瞳には深い愛情が宿っていた。


兄様は穏やかに微笑み、僕に優しく唇にキスをした。


僕の心臓はドキドキと音を立て、頬に熱が集まり、涙で視界が滲んだ。


とろけてしまいそうなくらい幸せな瞬間だった。




◇◇◇◇◇





僕たちが式を終えて教会の扉を開けると、鐘の音が青空に響き渡った。


集まった人々が「おめでとう」という言葉と共に、花びらを撒く。


八月の中旬、シュタイン領の空は高く澄み渡っていた。


赤や白や黄色の花吹雪が青空に舞い上がる。


空に花吹雪が舞う光景はとても壮麗だった。


結婚式にはシュタイン侯爵領の民だけでなく、王国中からたくさんの人がお祝いの為に集まってくれた。


シュタイン侯爵領の宿屋や料理店は大繁盛している。


最初は王都で式を挙げるという案が出ていた。


僕はそれを断り、シュタイン侯爵領で式を挙げた。


理由は二つ、この地の人々に祝福してもらいたかったのと、シュタイン侯爵領に観光客を呼び込むという狙いがあったからだ。


実は先日、マルクさんの妹の結婚式で苺水が振る舞われたのだがそれがとても美味しかったのだ。


それは精霊の森で取れた野苺と、白樺の森にある泉から作られたものだった。


僕はその苺水を何かに活用できないかと考え、シュトラール様と協力して(イス)の魔法の研究を行い、冷蔵庫を作ることに成功した。


冷蔵庫の中で凍らせた苺水を、かき氷にして売ることを思いついたのだ。 


かき氷の道具作りについては、カールが協力してくれた。


試行錯誤の末、口の中に入れるとふんわり蕩けるふわふわかき氷が完成した。


さらに、冷蔵庫があれば卵や牛乳を鮮度の良いまま保つことができる。


新鮮な卵と牛乳があれば、生クリームを使ったケーキやマヨネーズなども作れるので、料理の幅が広がる。


僕が考案したこれらの食べ物は招待客に大人気だった。


何と言っても苺水からできた、ふわふわかき氷はここでしか食べられない。


これでシュタイン公爵領の名産品を作るという役割も果たせたのだ。




◇◇◇◇◇





結婚式の後、パレードが行われることになった。


結婚式でよく使われる屋根のない開放的な白い馬車に、僕はヴォルフリック兄様と並んで座った。


沿道にはたくさんの人々が集まり、祝福の声を送ってくれた。


僕は集まった人達に、笑顔で手を振った。


隣にいるヴォルフリック兄様も、作り笑いを浮かべ、沿道の人たちに手を振っている。


「エアネスト、いま何を考えていた?」


「苺水で作ったかき氷が沢山売れたらいいなぁ。

 またかき氷を食べたいと思った人達がリピーターとして、シュタイン侯爵領に観光客に来てくれたらいいなぁと」


「そうか……そなたはそんなことを考えていたのだな」


ヴォルフリック兄様が、僕の頬に手を添え僕の唇にキスをした。


沿道に集まった民衆からわっと声が上がる。


不意打ちのキスに僕はしばし固まっていた。


「に、兄様……!」


こんな大勢の見ている前でキスするなんて……!


僕の心臓はバクバクと音を立て、羞恥心から顔に熱が集まってきた。


「お祝いパレードだというのに、私以外のことを考えていた罰だ」


兄様はそう言っていたずらっ子のように目を細めた。


「も〜、子供みたいなヤキモチはやめてください」


「私はいつでも、エアネストの一番でありたい」


不意打ちのキスにはちょっとびっくりしたけど、兄様はこういうところも好きだ。


教会での兄様との誓いのキス、パレードでの兄様の子供っぽい嫉妬から始まった熱烈なキス……思い出すとふわふわと心の中に暖かい感情が広がる。


それだけではない、パレードを見るために沿道に集まった楽しそうな人々の顔。


僕はこの夢のような一日の思い出を、一生の宝物にすると心に決めた。




◇◇◇◇◇






「兄様、シュトラール様にシュタイン侯爵領の跡継ぎのことを相談したら、ルーンでなんとかなるかもと言ってました」


「子供まで作れるのか? もはや何でもありだな」


「本当にそうですね」


ヴォルフリック兄様と僕の子供を望んでもいいのかな?


もしも彼との間に子供を儲けることが出来たら、それはとても嬉しい。


赤ちゃんが生まれたら、きっと沢山可愛がってしまうと思う。


でも、それはもう少し先でいいかな。


今は兄様との新婚生活を楽しみたい気分だし、彼と二人きりで過ごせる時間を大切にしたいから。






――終わり――


最後まで読んで下さりありがとうございます。

少しでも、面白い、続きが気になる、思っていただけたら、広告の下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると嬉しいです。執筆の励みになります。


沢山の誤字脱字報告ありがとうございました!!

大変助かりました!



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


下記作品もよろしくお願いします!

あなたが帰る場所に私はいない。例え俺のいない世界でも、あなたには幸せになって欲しかった【完結】

https://ncode.syosetu.com/n2271kn/


助けた旅人が隣国の第三皇子!? 運命的な出会いからの即日プロポーズ! 婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!・連載版【完結】

https://ncode.syosetu.com/n2705km/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ