62話「精霊からの祝福」
――精霊の森――
ティオ兄様と部屋を出た僕達は、アデリーノとエリザに別れを告げ、
Mのルーンから授かった白馬と黒馬に乗り、
霧の道を使いシュタイン侯爵領に帰った。
霧の道の出口は精霊の森の入口に繋がっていた。
また時間の流れに変化があったみたいで、王都から霧の道に入った時は夜だったのに、霧の道の外に出た時は朝になっていた。
精霊の森に来たことだし、シュトラール様とラグ様にご挨拶していこう。
魔王をIの魔法で凍らせたことも相談したかったんだ。
◇◇◇◇◇◇
いつも彼らと会っている泉に向かう。
「二人ともお疲れさまでした。
無事に戻ってきてくれたことを嬉しく思います」
シュトラール様が泉を背に立っていた。
彼はにこやかな笑顔で僕たちを出迎えてくれた。
泉になったラグ様は今日も清らかな水をたたえている。
泉の水は朝日を浴びてキラキラと輝いていた。
「シュトラール様、ラグ様。
ルーン魔法と馬を授けてくださりありがとうございました。
おかげで数々の窮地を切り抜ける事が出来ました。
心から感謝申し上げます」
僕はシュトラール様とラグ様に深々と頭を下げた。
二人からルーンをもらわなかったら、僕達は魔王に殺されていただろう。
だから二人には、感謝してもしたりない。
「シュトラール、それからラグ……お祖父様、世話になった。
あなたたちから授かったルーンのお陰で、命拾いした。
礼を言う」
ヴォルフリック兄様がそっけなくお礼を伝えた。
照れ屋な彼らしい感謝の伝え方だった。
それがわかっているのか、そんな彼を見てシュトラール様がニコニコと笑っていた。
それにしても、ここの空気はいつ来ても澄みきっていて気持ちがいい。
小鳥のさえずりと風が木々を揺らす音が耳に心地よい。
僕は思いっきり深呼吸をした。
魔王城の空気は淀んでたし、エーデルシュタイン城の空気は埃っぽく重苦しかった。
やはりシュタイン侯爵領の空気が一番美味しい。
「あなた方が、レーアとラグの仇を取ってくれたこと嬉しく思います」
シュトラール様は、僕達が魔王を殺したと思ってるんだ。
魔王は氷漬けにしただけだと、きちんと報告しないと。
魔王をいつまで氷漬けにしておけるのかわからないし、今後の事を相談する為にも彼には事実を伝えたい。
「シュトラール様、そのことなんですが……。
僕は魔王を倒せませんでした。
Iの魔法で魔王を凍らせるのがやっとでした」
魔王は倒される寸前、不敵な笑みを浮かべていた。
だから倒すのではなく、氷の中に閉じ込めたのだ。
「魔王を氷漬けにしたことで当面の脅威は去りました。
でも、いつか魔法の効力が切れて……氷が溶けてしまうかもしれません。
その時の事を考えると不安で……」
やはり僕が甘かったんだろうか。
魔王は倒される寸前になにか企んでいたみたいに見えた。
兄様があのまま魔王を斬りつけて、彼に呪われたら嫌だった。
だから僕はIのルーンで魔王を氷漬けにしたのだ。
「大丈夫ですよ」
シュトラール様は僕の不安を感じ取ったようで、僕の手を取り朗らかに微笑んだ。
「あなたの魔力はSのルーンを得て、強化されていました。
あなたが放ったIの魔法はとても強力です。
魔王といえど、簡単に解くことはできないでしょう」
彼の穏やかな声は心地よく耳に響き、僕の不安な心を静めてくれた。
「その言葉を聞いて、少し安心しました」
精霊の言葉は不思議だ。
彼らの放つ言葉自体に魔法がかかっているみたいだ。
彼と話していると不思議と心が軽くなっていく。
「エアネスト、あなたならIの魔法を正しく使ってくれると信じてました」
「えっ?」
「光の魔力を持つ者以外が魔王を倒すと魔王の呪いを受けます。
ですが、わたしはあなた方にその事を伝えることは禁じられていました。
精霊が魔王と人間の戦いに介入し過ぎるのはよくないのです」
そうか……氷漬けにした魔王と目が合ったとき、聞こえてきた言葉は幻聴じゃなかったんだ。
ヴォルフリック兄様が魔王を倒していたら、彼は魔王に呪われていた。
僕がIの魔法を使ったのは正しかったんだ。
良かった……!
兄様が魔王を殺さなくて本当に良かった……!
「エアネスト、あなたには深い慈しみの心があります。
その心があれば、ヴォルフリックに親殺しをさせることはないと私はそう信じていました」
「シュトラール様」
「ですが優しいあなたには、魔王を殺すことは出来ない。
だからラグはあなたにIのルーンを託したのです。
あなたにIのルーンを使って、魔王を封じてほしかったのです。
そして、あなたはこちらの願い通りに魔王を封じてくれた。
そのことを、とても嬉しく思います」
そう言って、シュトラール様が穏やかな顔でほほ笑んだ。
「シュトラール様、質問があります。
魔王をどれくらいの期間、氷の中に封じておけるでしょうか?」
「そうですね。
あと千年ぐらいは封じておけるでしょう」
「千年ですか?」
その頃、僕も兄様もこの世にはいない。
光の魔力を持つ人がいるかもわからないし、エーデルシュタイン王国が残っているかどうかもわからない。
もしかしたら、未来の人達にとんだ負債を残してしまったのかもしれない。
「そんなに不安がらなくてもいいのですよ」
シュトラール様が、僕の頭をポンポンと撫でた。
彼にそう言われると不思議と穏やかな気持ちになれた。
「千年もあれば魔王の頭も冷えるでしょう。
千年後のことはこちらで対処します。
だからあなたは安心して今の生活を楽しんで下さい」
無責任かもしれないけど、魔王のことはシュトラール様にお願いするしかない。
「宜しくお願いします。
お手数おかけして申し訳ありません。
それから、手助けしてくれてありがとうございます」
僕はシュトラール様にお礼と感謝を伝えた。
「今、魔王城はもぬけの殻でしたね。
氷漬けにされた魔王が誰かに運び出されても面倒です。
魔王城に続く道は封じておきましょう。
誰もあの島に立ち入れないようにします」
ワルフリート兄様とティオ兄様の辿ったルートと、アイテムがあれば、魔王の島に誰でも行ける。
シュトラール様が道を閉じてくれるならそれに越したことはない。
◇◇◇◇◇
「いつまでエアネストの手を握っているつもりだ」
そう言えば、シュトラール様の手は僕の手に触れたままだった。
難しい話をしてたから忘れてた。
「話が終わったのなら、エアネストに触れている手をどけろ」
「これは失礼しました。
ですが、これだけは信じて下さい。
わたしはただエアネストを安心させようとしただけなのです」
ヴォルフリック兄様が僕の手を取り、自分の手の中に閉じ込めた。
もしかして兄様は、シュトラール様と難しい話をしている間、待っていてくれたのかな?
嫉妬深くて独占欲の強い兄様が、待てを覚えたなんて凄い進歩だ!
「言っておくが、エアネストは私のものだ。
今後は馴れ馴れしく触れないように」
兄様がシュトラール様を威嚇した。
いつもの嫉妬深い彼に安心感を覚える。
僕も大概、独占欲が強いと思う。
だって僕が他の人と仲良くしてても、兄様が嫉妬しなくなったら、彼の関心を得られなくなったということだから。
それはとても寂しい。
なので兄様にはいつも通りでいてほしい。
「相変わらず仲良しですね。
ところであなた方はこれからどうするつもりですか?」
シュトラール様がニコニコしながら訪ねてきた。
最近、人様の前でイチャイチャするのに、慣れて来ている……。
そのへんはもう少し、周りに配慮出来るようになろうと思う。
「僕達はこれからもずっとシュタイン侯爵領で暮らします。
シュタイン領の民の生活を守っていくつもりです」
「そうではなくて……二人は結婚しないのですか?」
「えっ……? 結婚……?」
シュトラール様から、結婚というワードが出てくるとは思わなかった。
「ラグはエリーと愛し合い結婚し、子供を儲けました。
だからあなた方が結婚しないのが不思議なのです」
「僕も兄様と結婚したいのですが……色々と問題があって……」
「ラグとエリーは、種族間の差を越えて結婚しましたよ。
あなた方の抱えている問題はそれ以上のものなのですか?」
ラグ様とエリー様を引き合いに出されると辛い。
確かに二人は僕たちより大きな問題を抱えていただろう。
二人はそれを乗り越えて結婚した。
「ヴォルフリック兄様と僕は、戸籍上は腹違いの兄弟ということになっています。
兄様と結婚する為にはレーア様が魔王に傷物にされたことや、兄様が魔王の血を引いていることを公表しなくてはいけません。
でもそうすると、レーア様の名誉を傷つけ兄様を苦しめることになります。
そんなことをするくらいなら……今のままでいいと思っています。
僕は兄様と一緒にいられれば、それだけで十分幸せなのです」
「私も、エアネストと共にいられればそれで満足だ。
結婚という形にはこだわるつもりはない」
本当はちょっとだけ、彼と結婚したい気持ちもある。
兄様とお揃いの結婚指輪を身に付けたいし、結婚式も挙げてみたい。
でもそれは……誰かの名誉を傷つけてまですることではない。
「兄様もこう言ってますし、僕は彼と一緒にいられるだけで幸福なんです」
精霊の加護を受けた豊かな領土、優しい領民達、シュタイン邸での穏やかな暮らし、兄様に愛されて仲睦まじく暮らせる日々……。
これ以上望んだら、きっと罰が当たってしまう。
「だから結婚のことは考えていません」
「そうですか、人間の世界にも色々とあるのですね。
ですがもし気が変わったら、ここにきて下さい。
あなた達の力になります。
魔王を封じてくれたお礼に、わたしからあなた方に祝福を授けます」
「ありがとうございます、シュトラール様」
僕達はシュトラール様にお礼を伝え、精霊の森を後にした。
◇◇◇◇◇◇◇
シュタイン邸に帰ると、屋敷の使用人を上げて歓迎してくれた。
彼は宴を開くと言ってくれたが、僕たちは魔王城を攻略してからずっと寝ていなかったので、先に睡眠を取ることにした。
石けんの香りがする新しいシーツ、お日様の匂いがするふかふかのベッド、着心地の良いシルクのパジャマ。
こういう何気ない物に囲まれて、いつもの通りの生活が送れるって、幸せなことなんだと改めて思う。
でも、魔王の島での不自由な暮らしも、それはそれで楽しかった。
あのときは兄様と二人きりでいられたし、日常にはないドキドキも味わえた。
ヴォルフリック兄様と寄り添って寝てると、家に帰ってこれたという安堵の気持ちが込み上げてきた。
二カ月しか暮らしてないけど、僕の中で、この部屋はすでに帰る場所になっていた。
彼とここで、ずっとずっとず〜〜っと安寧に暮らしたい。
それが今の僕の願いだ。
次回、最終回です。
沢山の誤字脱字報告ありがとうございました!!
大変助かりました!




