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61話「レーア様のオルゴール」





――その日の夕方――



僕は国王の許可を貰い、ティオ兄様の部屋を尋ねることにした。


もちろんヴォルフリック兄様も一緒だ。


ティオ兄様の部屋を尋ねた理由は、彼からレーア様に関する物を譲り受ける約束をしていたからだ。


この時間に彼を訪ねた理由は、今日中にお城での用事を終わらせて、日付が変わる前にシュタイン侯爵領に帰りたいからだ。


だから、お城には泊まらないつもりだ。


お城にいると、

やれうちの娘と結婚してくれだの、

やれ王族にも戻ってくれだの、

金髪碧眼のエアネスト様こそが王太子に相応しいだの……色々と言ってくる人が多くて、

気が滅入りそうになるのだ。


早くシュタイン侯爵領に帰って、シュタイン邸でカールが入れてくれたハーブティーを飲みながら、まったりと星を眺めたい。


ティオ兄様の部屋の前に行くと、衛兵が二人立っていた。


ティオ兄様は無期限謹慎中なので、国王の許可なしには会えない。


僕は、事前に国王から貰っておいた面会許可証を衛兵に見せた。


許可証を確認した衛兵が、ドアを叩き、僕達が来たことをティオ兄様に告げた。


しばらくしてドアが中から開いた。


「エアネスト、ヴォルフリック、本当に尋ねて来てくれたんだね。ありがとう」


「はい、ティオ兄様と約束しましたから」


「エアネストを一人で行かせる訳にはいかないから、仕方なく付いてきただけだ」


ヴォルフリック兄様は素直じゃないなぁ。


本当はレーア様に関する物がティオ兄様の部屋にあると聞いてからずっと、気になっていたはずなのに。


部屋に通された僕達は、二人用の長椅子に並んで腰を下ろした。


ティオ兄様はテーブルを挟んだ反対側の椅子に一人で座った。


ティオ兄様はメイドにお茶を淹れさせたあと、「大事な話があるから」と言って退室させた。


部屋の中に衛兵はいないので、これでゆっくり話せる。


「渡したいものがあるならさっさと済ませろ。

 私もエアネストも忙しいのだ」


ヴォルフリック兄様が、冷たい口調で言った。


「兄様……そんな言い方はないですよ」


「いいんだよエアネスト。

 はぁ……それにしても小さいとき、

『ティオ兄様』と言って、

 僕の後をついて回っていた愛らしいヴォルフリックはもういないんだね」


ティオ兄様が悲しげな表情でそう言った。


「ええ!?

 ヴォルフリック兄様にもそんなあどけない頃があったのですか?

 僕も見たかったです!」


僕はヴォルフリック兄様の小さい時の話に興味があった。


「聞きたいかい?

 実はね、他にも面白いエピソードが……」


「騙されるなエアネスト。

 私はそんなこと言って、こいつの後をついて回った事など無い。

 だいたいお前は、幼い頃から私の顔を見ると眉をひそめ私を避けていただろう!」


「ヴォルフリックは記憶力が良いんだね。

 そっか、僕が君を避けていたのにも気付いてたんだ」


「あれだけ露骨に避けられたら、誰でも気付く」


さっきの話はティオ兄様の作り話だったってことか。


ティオ兄様がヴォルフリック兄様を避けていたのには、何か理由があるのかな?


「ふざけた話をしてないで、さっさと本題に入れ」


ティオ兄様にからかわれて、ヴォルフリック兄様は少し不機嫌そうだった。


「その前に聞きたいんだけど、二人は付き合ってるのかい?」 


「えっ……?!」


ティオ兄様に、思いがけない言葉を投げかけられ、僕の心臓がドキリとした。


「ど、どどどどど……どうしてそう思われるのですか??」


平静を装おうとしたが、どもってしまった。


「二カ月前に謁見の間で会った時も、魔王城でも、今日の謁見でも、二人は手を繋いでいた。

 二カ月前、ヴォルフリックがエアネストをお姫様抱っこしてるのを見たっていう使用人もいる。

 二人はやたらと距離が近いし、何かあるとヴォルフリックはエアネストを抱きしめたがるし、それに今だって隙間なくぴったりくっついて座って、手まで繋いでる。

 兄弟にしては仲が良すぎるから、二人は付き合ってるのかなって?」


ティオ兄様に指摘されて初めて気がついた。


僕は無意識に、ヴォルフリック兄様にぴったりとくっついて座り手まで繋いでいた。


しかも手のつなぎ方は握手じゃなくて恋人繋ぎだ。


「エアネスト、顔が真っ赤だね。

 図星かな?

 まぁ、付き合っていなければ『ずっと一緒にいたい』なんて言わないよね」


人様に指摘されるほど、今の僕は赤い顔をしているのだろうか?


「私は、エアネストを愛している。

 弟としてではなく恋愛対象として愛している。

 生涯エアネストのことを守ると胸に誓っている」


ヴォルフリック兄様がカミングアウトした。


そして僕を抱き寄せ僕の額にキスを落とした。


嬉しいけど家族の前でキスされるのは凄く照れくさい!


「僕もヴォルフリック兄様を愛してます!

 兄としてではなく恋愛対象として愛してます!」


ここまで知られてしまったのだから、今さら隠す必要もない。


「うん、そうだと思った。

 二人はこの先どうするの?

 結婚するの?」


「それは……」


「まぁ、難しいよね。

 二人に血の繋がりはないとはいえ、戸籍上は腹違いの兄と弟ということになっている。

 それに、この国では同性同士の結婚はまだまだ浸透してない」


そう……この世界では同性婚に賛成する人は少ない。


ん、待って……!


彼は今、僕とヴォルフリック兄様に血の繋がりがないと言ったの??


「ティオ兄様はご存知だったのですか?

 僕とヴォルフリック兄様に血の繋がりがないことを!?

 もしかして、彼の出自も……?」


ヴォルフリック兄様が魔王の息子だと知っている人間は、国王とアデリーノだけだと思っていた。


「ずっと前に、国王とアデリーノが話しているのを偶然聞いてしまってね。

 でも心配しないで、誰にも話す気はないから」


ティオ兄様は秘密を守ってくれるみたい。


「その言葉を信用する根拠は?」


ヴォルフリック兄様が、ティオ兄様をジロリと睨んだ。


「そんな怖い顔をしないで。

 僕は君達の味方だよ。

 根拠は、僕が生前レーア様に可愛がって貰ったから。

 それじゃあ駄目かな?」


レーア様はティオ兄様の継母だ。


優しい彼女なら、血の繋がりのない前妻の子にも愛情を持って接したことだろう。


「僕は幼い時に実の母を亡くしてね。

 実母の記憶は殆ど無いんだ。

 レーア様はそんな僕を実の息子のように可愛がってくれた。

 彼女は僕にとって実の母親以上の存在なんだ」


レーア様の思い出を語るティオ兄様は優しい顔をしていた。


こんなに朗らかな顔をしている彼を僕は初めて見た。


彼とレーア様の間には、確かな絆があったみたい。


「レーア様は毎晩僕にオルゴールを聴かせてくれた。

 そしてオルゴールの音と共に、絵本の読み聞かせをしてくれたんだ」


ティオ兄様にとって、きっとレーア様と過ごした時間は宝物なのだろう。


「レーア様に異変が起こるまでの半年間は、僕の人生で一番幸せな時間だった……」


そう言ったティオ様の顔は少し辛そうだった。


そうか、レーア様が王宮に嫁いで来た半年後、彼女は魔王に……。


「レーア様に異変が起きた前日の晩。

 彼女は僕の部屋にオルゴールを忘れて行ったんだ。

 翌日、彼女の部屋を訪れたけど、彼女が体調を崩したらしく部屋に入れて貰えなかった……。

 それからも返す機会がなくてね。

 だから今もオルゴールは僕の部屋にあるんだ」


そうか……ティオ兄様がヴォルフリック兄様に渡したい物って、レーア様のオルゴールのことだったんだ。


ティオ兄様はソファーから立ち上がると、机の引き出しから箱を取り出した。


それはワインボトル二本分ほどの大きさの、木製の宝箱だった。


ティオ兄様が宝箱の蓋を開けると、中には鮮やかな朱色の布が敷かれており、その上に花の彫刻が施された古いオルゴールが置かれていた。


大切に保管されていたのが一目でわかった。


「ヴォルフリックが成長してから、何度か返そうと思ったんだけど、機会がなくてね。

 いや……正直に言うね。

 僕は君に嫉妬していたんだ。

 レーア様がオルゴールの音色を聴かせたかったのも、

 絵本の読み聞かせをしたかったのも、

 義理の息子の僕ではなくて、

 実の息子の君だったんじゃないかと思うと……悔しくてね。

 だから君をずっと避けていたしオルゴールも返せなかった。

 すまない」


そう言ってティオ兄様は頭を下げた。


彼もずっと苦しかったんだと思う。


大切な人をある日突然失った悲しみを、ヴォルフリック兄様にオルゴールを返さないという方法で、解消していたんだと思う。


「過ぎたことだ」


「僕を責めないの?」


「あの頃はお前も子供だっただろう?

 子供を責めてもどうにもならない」


ヴォルフリック兄様は九歳の時に、地下牢に入れられた。


その時、ティオ兄様は十三歳。


ヴォルフリック兄様が、地下牢に入れられることがなかったら……。


彼はもっと早く、ヴォルフリック兄様にオルゴールを返せたかもしれない。


「それにお前が私に返さなかったから、オルゴールはこうしてここにあるんだ」


ヴォルフリック兄様の髪と瞳が黒く染まった日、レーア様と兄様の私物は国王によって全て燃やされてしまった。


このオルゴールが難を逃れたのは、ティオ兄様の手元にあったからだ。


「鳴らしてもいいか?

 オルゴールの音色が聴きたい」


「いいよ。

 オルゴールの裏にネジがあるんだ。

 それを巻いて蓋を開けると、音が流れる仕組みになっている」


ヴォルフリック兄様がティオ兄様に言われた通りにネジを巻き、蓋を開けた。


オルゴールから美しく繊細で優しい音色が流れた。


聞いているだけで心が洗われるようで、それでいてどこか儚さを感じる音色だった。


「絵本も君にあげたかったんだけど……。

 残念ながらそれは僕の手元にはないんだ。

 レーア様が僕の部屋に忘れていったのは、オルゴールだけだったから。

 彼女の死後、彼女の部屋を探したけれど絵本は見つからなかった」


そうか……彼女の絵本はもうこの世にはないんだね。


「でも僕の頭の中に、しっかりと絵本の内容は残っている。

 今、紙に書き出しているところだ。

 君達が出立する前に、せめて絵本の内容だけでも紙に記して渡したかったんだけど、今晩立つのでは間に合いそうにないね。

 表紙と挿絵を付けてちゃんとした本にしてからシュタイン侯爵領に送るよ。

 表紙の装幀に凝りたいし絵師にイメージ通りの絵を描かせたいから、少し時間はかかるかもしれないけど」


「…………楽しみにしている」


ヴォルフリック兄様が、少し照れくさそうに言った。


兄様が僕以外の人にデレた。


レアだ! めちゃくちゃレアな瞬間に立ち会ってしまった!


「僕も絵本が届くのを楽しみに待っています」


オルゴールと絵本が揃ったら、レーア様がティオ兄様にしてあげたみたいに、僕がヴォルフリック兄様に絵本の読み聞かせしてあげよう。


「気をつけて帰ってね。

 君達には魔王に囚われていたところを助けてもらった恩もある。

 僕にできることがあれば力になるよ。

 と言っても無期限謹慎中の身だけど」


ティオ兄様は少し自嘲が混じった顔でそう告げた。


「ありがとうございます。ティオ兄様。

 頼りにしてます」


ティオ兄様はああ言ってるけど、彼の謹慎は割と早く解けると思う。


隣国に嫁いだソフィアの、まだ生まれてもいない第二子を養子に貰う交渉をするのは手間がかかる。


無事に彼女の第二子を養子に貰えたとして、その子に一から帝王学を教えるのは時間がかかる。


隣国に借りを作ることにもなるし、出来れば避けたいだろう。


それなら事件のほとぼりが醒めた頃、ティオ兄様の謹慎を解き彼を立太子させた方が早いし、コストがかからない。


なので彼は高い確率で数年以内に立太子すると思う。


それはそれとして、僕はティオ兄様と仲良くなれたのが嬉しかった。


ティオ兄様とヴォルフリック兄様のわだかまりも解けたみたいだし、

レーア様の遺品も貰い受けることが出来たし、

気持ちよくシュタイン侯爵領に帰れそうだ。




読んで下さりありがとうございます。

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