60話「次の王太子」
「愚息には手をやかされる。
さて困った、四人も息子がいながら王太子候補がいなくなってしまった。
第一王子のワルフリートは王位継承権を剥奪。
第二王子のティオは無期限の謹慎。
第三王子のヴォルフリックは王位を継ぐ気はないという。
第四王子だったエアネストは、王位継承権を返さなくていいという」
国王が憔悴しきった顔で、そう呟いた。
彼は何かにすがるように、ちらりと僕とヴォルフリック兄様の顔を交互に見た。
そんな顔をしても駄目です。
僕もヴォルフリック兄様も王位を継ぐ気はありませんから。
それに王太子になったら、貴族の女性と結婚しなくてはいけない。
ヴォルフリック兄様と僕は戸籍上は腹違いの兄弟だから結婚はできない。
だからといって、お互い他の誰かと結婚する気はない。
僕は、世継ぎを残す為の政略結婚なんて絶対にしたくない。
僕はただ、誰にも邪魔されずにヴォルフリック兄様と一緒にいたいだけだ。
「隣国に嫁いだソフィアにすがるしかありませんね。
彼女に二人目の子が生まれたら一人を養子として迎え入れ、その子を世継ぎとして育てるしかありません」
ヴォルフリック兄様が国王にそう提案した。
ソフィアは国王の妹の娘。
彼女の子供にも、エーデルシュタイン王国の王位継承権がある。
「半分は他国の王族の血を引くまだ生まれていない赤子に……。
エーデルシュタイン王国の未来を託さねばならんとはな……」
国王は疲労困憊した様子で頭を押さえた。
「世継ぎががいないよりはましでしょう」
ヴォルフリック兄様が冷静に、国王に追い打ちをかけるようにそう言った。
「陛下、王太子に据えるなら我が子エアネストをおいて他におりません!
陛下、どうかこの子を説得して下さい!」
ルイーサが嘘泣きから復活して国王に懇願した。
この人も大概しつこいな。
このくらいの根性がないと王妃としてやっていけないのかな?
この人が自分の母親かと思うと憂鬱な気分になった。
大臣や貴族からも「やはり、エアネスト閣下に戻ってもらうしか……」という声が上がる。
最初に国王から言質を取っておいてよかった。
「国王陛下、並びに王妃殿下。
先ほど私は魔王討伐の報奨として、
『私とヴォルフリック兄様の結婚について、王家も貴族も教会も大臣も一切口出ししないこと』をお約束いただきました。
どうか、その約束を違えないようお願いします。
もしお二人が約束を破るというのなら、精霊の愛し子として、精霊に何を伝えるか分かりませんよ」
僕は若干脅しを交え、二人にそう伝えた。
お城にいるとどんどん性格が悪くなっていく。
ヴォルフリック兄様が好きな、純粋で可愛い僕ではなくなってしまう。
早くシュタイン侯爵領に帰りたいな。
ハンクやカールやルーカスや他の使用人たちや、領民たちの顔が見たいよ。
そもそも僕は王太子とか国王には向いてないと思う。
自分でいうのも何だが僕は潔癖なところがある。そのため不正に目を瞑れないのだ。
第四王子としてぼんやりと生きてきた僕でも、政には多少の不正が付き物なことくらいわかってる。
上に立つ者は多少のことには目を瞑って、大臣や貴族の言うことを聞かなくてはいけないときもあるのだ。
それはわかってる。だけどそんなことは僕にはできない。
その結果、大臣たちに煙たがられ失脚させられるのがオチだ。
国王には第二王子のティオ兄様が向いていると思う。
彼は聡明で他人の意図を見抜く鋭い洞察力を持っている。
慎重な判断力も王太子に向いていると思う。
彼は今無期限謹慎中だけど、ほとぼりが冷めた頃ティオ兄様を立太子できないかな?
「そうだったな。
国王たるもの一度結んだ約束を違えることはできん。
王妃よ、エアネストのことは諦めなさい」
ルイーサはその後もギャーギャーと喚いていたが、国王は彼女の話を聞くことはなかった。
貴族の中にはまだ僕を王太子にと推してる人間がいる。
僕を立太子させたがるのは、僕を担ぎ上げて上手い汁を吸おうとしている連中だ。
そんな人間と関わる気はない。
この場に長く留まると、ろくなことになりそうにない。
僕は国王とヴォルフリック兄様と一緒に、国王の執務室に移動した。
そして謁見の間で提示した三つの条件を、書面に書き起こし、王印を押して貰った。
この王命書があれば誰が何を言ってきても、僕はシュタイン侯爵領の当主として自由気ままに生きていくことができる。
貴族の政略結婚に巻き込まれることもなく、ヴォルフリック兄様とずっと一緒にいられる。
僕の幸せは、権力を得ることでも、お金でも、ハーレムを作ることでもない。
愛する人と共に、シュタイン侯爵領で穏やかに暮らすことなのだ。




