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59話「ワルフリートの罪」





「しかし困った。

 ヴォルフリックもエアネストも王太子になりたくないという。

 次の王太子は誰にしたものか……?」


国王が疲れきった顔でポツリと漏らした。


「父上にはあと二人息子がいるじゃないですか!?

 年の順から言っても長男の俺が王太子に相応しい!

 父上もそうは思いませんか?」


ワルフリート兄様が嬉々とした表情で挙手し、そう発言した。


大臣や貴族がワルフリート兄様に冷ややかな視線を送る。


彼に冷たい視線を送るのは国王も同じだった。


ヒリ着いた空気が謁見の間に漂う。


ワルフリート兄様はその空気を察せないようで、にたりと笑みを浮かべてなおも発言を続けた。


「そもそも俺の実母は名門トエニ公爵家出身で第一王妃だった。

 その息子で長男である俺が、王位を継ぐのが順当でしょう!?

 俺が今まで蔑ろにされてきた方がおかしいのです!!」


ワルフリート兄様の自画自賛は止まらない。


貴族や重臣が、彼から物理的に距離を取ったことに当人は気付いていないようだ。


「ワルフリート、お前を立太子させることはない!」


国王が厳しい顔で、ワルフリート兄様を睨めつけた。


「ええっ? なぜですか父上!

 なぜ、そのように冷たいことをおっしゃるのですか?」


ワルフリート兄様は困惑しているようだった。


彼は、国王から拒絶されるとは思っていなかったらしい。


「大臣、例の書簡をここに持て!」


国王が大臣に命じる。


命を受けた大臣が、大量の巻物を書案に乗せて持ってきた。


大臣は、書簡の一つを国王に手渡した。


「ここにある書簡は全てお前への苦情だ!」


国王は巻物を開き、その場で読み上げた。


「『尊敬する国王陛下へ。

 第一王子殿下の振る舞いについてご報告があります。

 第一王子殿下は、各地の村々を訪れる非道な行いを繰り返しております。

 人々から金品を奪い、男性には暴力を振るい、女性を辱めております。

 第一王子殿下に泣かされた民は百人を越えます。

 第一王子殿下に厳しい処分を望みます。

 被害者一同の心よりの願いです。

 陛下、どうかこの願いをお聞き届けください。

 敬具』」


国王が一つの書簡の内容を読み上げると、ワルフリート兄様の顔が一気に青ざめた


「他にも似たような内容の書簡が届いておる!

 商人から金品を巻き上げた、城内で横領に手を染めた、婚約者のいる令嬢に手を出した、騎士団に訓練と称して過度の暴力を振るった……!

 お前の行いは王族の名誉を著しく損なう行為だ!

 厳重に処罰してほしいとな……!」


読み上げた国王の顔は、怒りのためか真っ赤に染まり、彼の眉間には深いしわができていた。


「なんならここにある書簡を全て読み上げようか!?」


ワルフリート兄様の顔色は青から紫に変わり、彼の体はブルブルと震えていた。


「これらの書簡は、お前が旅に出たあと、街道に近い村々や城の兵士から送られてきたものだ!

 どの書簡も、お前への苦情が書かれておる!」


国王が巻物の一つを手にし、ワルフリート兄様に投げつけた。


巻物は彼の肩に命中し、彼は苦しそうに肩を押さえた。


国王が鷹のような鋭い目つきでワルフリート兄様を見る。


「ぬ、濡れ衣です!

 愚かな民の戯言です!

 誰かが私を陥れようとしているのです!」


ワルフリート兄様は、往生際悪く、無実を訴えた。


「お前の罪はまだある!

 お前は魔王に人質に取られヴォルフリックとエアネストに助けられておきながら、帰還するやいなや、城の者に『魔王を倒したのは自分だと』触れ回った!

 お前には恥という概念がないのか!」


国王は眉間に深い皺を作り、声を荒げた。


国王の剣幕にワルフリート兄様は額に汗を浮かべ動揺していた。


「そ、それはちょっと……言葉の綾というか、かっこつけたというか……。

 その事については謝罪します!

 ですが、書簡に書かれている事はでたらめです!

 父上、どうか信じて下さい!!」


ワルフリート兄様は床に膝をつき、国王に嘆願した。


「いいえ、父上。

 書簡に書かれていることは全て事実です。

 僕が証言します」


ティオ兄様が一歩前に出てそう証言した。


彼の発言に、謁見の間に集まった大臣や貴族はざわつかせた。


ワルフリートが険しい表情でティオ兄様に掴みかかった。


「ティオ貴様!

 俺を売ったのか? 

 そこまでして王太子になりたかったのか!?

 母親を同じくする兄を売るとか、お前はそれでも人間か!?

 この外道!!」


ワルフリート兄様が歯を剥き出し、ティオ兄様に食って掛かる。


だがティオ兄様は、彼の恫喝(どうかつ)にまったく動じる様子がない。


「ティオよ、今の証言は事実か?」


「ち、父上……!

 聞いて下さい!

 これはティオの策略です!

 俺は無実です!」


ワルフリート兄様が、なおも言い逃れを続けた。


「父上、私の証言に偽りはございません。

 証拠もございます。

 僕はワルフリート兄上の悪事を知っていました。

 全てを知りながら今まで見て見ぬ振りをしてきました。

 僕は、王太子にはふさわしくありません。

 ワルフリート兄上と共に罰してください」


ティオ兄様は、苦しそうにそう証言した。


彼も実の兄の悪事を暴くのは辛いのだろう。


王はどちらの言葉が真実なのか吟味しているように見えた。


約三秒ぐらい、国王は悩んでいた。


「ティオの証言を信じることにする。

 ワルフリートの王位継承権をこの場にて剥奪する。  

 今後どう処置するかは追って沙汰を下す。

 衛兵、ワルフリートを貴族牢に入れよ」


国王の命を受け、衛兵がワルフリート兄様を捕らえた。


彼は最後まで「俺は無実だ!」「濡れ衣だ!」と叫んでいた。


「ティオよ。

 そなたが直接罪を犯したのではないとしても、ワルフリートの罪を見て見ぬ振りして来たことは許されないことだ」


「はい、陛下。

 分かっています。

 僕はいかような処罰も受ける覚悟です」


ティオ兄様は、ワルフリート兄様の罪を暴いた時から自分が処罰される事を覚悟していたようだ。


彼は真っ直ぐに前を見つめていた。彼の目には揺るぎない決意が宿っているように見えた。


ティオ兄様の表情は険しかったが、罪を告白したことでどこかホッとしているようにも見えた。


「しかし、奴の罪を告発したことは評価に値する。

 だからといって無罪という訳にはいかん。

 第二王子ティオには、無期限の謹慎を命じる」


「はい。陛下。

 陛下のご判断を謹んで受け入れます。

 寛大な処分に感謝いたします」


ティオ兄様はそう言って、静かに頭を下げた。


「衛兵、ティオを自室まで連れて行きなさい」


ティオ兄様は衛兵と共に、ひっそりと退室した。


大臣や貴族たちは、今後の国の行く末を案じているようだ。


ティオ兄様が退室したあと、謁見の間はしばらくざわついていた。




読んで下さりありがとうございます。

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