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58話「エアネストの三つの願い」





「陛下が魔王を倒した褒美をお考えなのなら、僕からは以下の三つをお願いしたいと思います。

 一つ目は、シュタイン侯爵領の土地税の減額。

 二つ目は、シュタイン侯爵領の領地経営について、王家も他の貴族も一切口を挟まないこと。

 そして三つ目は、僕とヴォルフリック兄様の結婚について、王家も貴族も教会も大臣も一切口出ししないこと。

 以上三つの条件を護ると約束していただきたいです」


一つ目は、領民と交わした約束。


彼らと土地税を減額すると約束したのだ。


二つ目は、精霊と交わした制約。


白樺の森を開拓して畑にするときは、森の面積の1/10までに留めるという精霊との取り決めがある。


シュタイン侯爵領の改革に王家が介入して、精霊との制約を破ることになっては困る。


三つ目は、ヴォルフリック兄様との約束。


僕は彼と永遠に共にいると誓った。


だから、王家からの縁談が来てそれを断ることができない状況にはなりたくないのだ。


「シュタイン侯爵領は一夜にして死の荒野(トート・ハイデ)が豊かな白樺の森に変わったと聞き及んでいる。

 また、白樺の森の一部を開拓して畑に変えたとも聞いておる。

 そなたは精霊に愛され、民から『精霊の愛し子』と呼ばれているそうではないか? 

 精霊の愛し子であるそなたがいれば、精霊から有り余るほどの加護を得られるだろう。

 土地税の減額は必要ないのではないか?」


国王はシュタイン侯爵領に白樺の森が出現したことだけでなく、森の一部を開拓し畑にしたことや、僕が領地で精霊の愛し子と呼ばれていることまで知っていた。


彼の情報網は侮れない。


国王が値踏みするかのような目で僕を見ていた。


「大臣達から土地税の減額などとんでもない」という声が上がる。


だが彼らの視線や噂話など、魔王の脅威に比べたらどうということはない。


シュタイン侯爵領の民のために僕は戦う。


「今までのシュタイン侯爵領の土地税が、土地の収入に合わないぐらい高すぎたのです。

 シュタイン侯爵領の家令が長年に渡り、減税を嘆願する書状を送りましたが、聞き入れられることはありませんでした。

 シュタイン侯爵領の民は王族に見捨てられ、貧しい生活を強いられてきました。

 多くの者が税金が払えず、銀行から多額の借金をしました。

 銀行からお金を借りられなかった者は家族を売りました。

 民は来年の事を考えられず、目先の利益の為に、唯一の森である精霊の森まで開拓しようとするまで追い詰められていました。

 精霊の森に危害を加えれば、我が領地ならずこの国は精霊の加護を失います。

 それではここにいる皆も困るのではありませんか?

 国がなくなっては、見栄も権力も肩書も意味をなしませんよ?

 土地を開拓し、収穫が安定し、民が銀行に借金を返し終えるのにはまだ時間がかかります。

 なので陛下には土地税の減額をお願いしたいのです」


大臣や貴族達がざわめいている。


僕は彼らの声に耳をすませた。土地税の減額に反対している貴族が多くいるようだ。


中には「搾り取れるだけ搾り取るべきだ」と言っている者もいた。


それでもシュタイン侯爵領の民を追い詰め、精霊の森の伐採などの強行手段に出られ、精霊を怒らせることは皆怖いようだ。


国王は眉間に深いしわを作り、しばらく考え込んでいた。


おそらく、どちらが得か考えていたのだろう。


「土地税の減額率と、減額する期間は?」


だいぶ時間が経ってから国王が口を開いた。


どうやら国王は土地税の減額をして、精霊の加護を受け続けた方が得だという答えに達したらしい。


「土地税を半額にしていただきたく存じます。

 期間は永久です」


僕の言った「永久」という言葉に、謁見の間は騒然となった。


下手に期限を決めると、期限が過ぎた途端に税金が値上げされかねない。


そのとき僕はこの世にいないかも知れないし、国の情勢がどうなっているかもわからない。


土地税が減額される期間は、長ければ長い程いいのだ。


「強欲だな……。

 エアネスト、そなたは遠慮という言葉を知らんのか?」


「謙虚で遠慮がちな性格では、領民は守れませんから。

 精霊の愛し子と呼ばれる僕が、精霊と良好な関係を築くとお約束いたします。

 シュタイン侯爵領の土地税を減額するだけで、国の平穏と繁栄が約束されるのです。

 安いものではありませんか?」


僕は領民に「精霊の愛し子」と呼ばれているだけで、精霊様から「愛し子」の称号を貰った訳ではないんだけど、この際使えるものは全部使っておこう。


「条件を全て呑んで下さるなら、及ばずながら精霊の神子である私も。民と精霊の架け橋になりましょう」


ヴォルフリック兄様が、僕を援護をしてくれた。


国王はしばし考えたあと、「はぁ……」と深く息を吐いた。


「精霊の加護を掛け合いに出されてはどうにもならんな。

 良かろう。

 そなたたちの条件を呑もう。

 今後はシュタイン侯爵領の土地税を半額とする」


そう言った国王の顔には心労が滲んでいた。


「陛下、ありがとうございます。

 されど口約束では心もとありません。

 すぐに、正式な書類にしていただきたく存じます。

 それと残り二つの条件についてもお忘れなく」


王命書を作って貰わないと後で言い逃れされてしまうので、僕は国王に念を押した。


「シュタイン侯爵領の領地経営に口出し無用と、ヴォルフリックとエアネストの結婚に王家も貴族も大臣も口出ししない、だったな?

 わかった、その条件も王命書に記そう」


「陛下の寛大なお心に、シュタイン領を代表して感謝申し上げます」


僕は感謝を伝え、国王におじぎをした。


「ふぅ〜〜。

 エアネストは城にいた時は可愛くて素直な子だったのに、しばらく会わない間に小賢しくなってしまった。

 ヴォルフリック、そちの影響か?」


国王がじとりと兄様を睨む。


「どうでしょう?

 エアネストは今も昔も私の前では素直で可愛い子ですよ」


ヴォルフリック兄様は僕の手を強く握りニコリと微笑んだ。


素直な良い子のままでは領民は守れない。兄様に可愛いと思って貰えるのなら他の誰かにどう思われても構わない。


「しかし惜しいな。

 そち達と結婚したいという娘は多いと言うのに……。 

 ここに集まった貴族の殆どが、自分の娘や姪をそち達に嫁がせたいと思っている。

 それを断るとはな」


国王は顎を撫でながら口惜しそうに呟く。


「陛下、お言葉を返すようですが何を幸せと感じるかは人それぞれです」


僕は国王にそう進言した。


僕はヴォルフリック兄様と一緒にいたい。それが何にもまさる幸せだ。


貴族の政略結婚に巻き込まれるなんて絶対に嫌だ。


「私が愛しく想うのは、この世で一人だけですから」


ヴォルフリック兄様は、そう言って握っていた僕の手に力を込め、愛おしそうに僕を見つめた。


胸がキュンと音をたてた。兄様の手の温もりが心地よい。兄様を好きって気持ちが溢れてしまいそうだ。


僕はこれからも兄様と一緒にいられることに、シュタイン領を守れることに深く感謝をした。


「エアネスト!

 立太子を断ってシュタイン侯爵領に帰ると言うのは本当ですか?

 あなたは母を見捨てる気なのですか?

 当家から国王を出すことがヴァイス子爵家の悲願なのよ!」


ヴァイス子爵家とはルイーサの実家だ。


彼女も大概諦めが悪い。


「先に僕を見捨てたのは王妃殿下です。

 僕は、魔力を失った時も見捨てずに傍にいてくれた人たちと共に生きると決めました。

 彼らこそが僕が守るべき存在ですから」


僕はルイーサの目を見て、きっぱりとそう言い切った。


「王妃殿下、二カ月前、謁見の間であなたが僕と親子の縁を切ると言ったとき、貴方に従順だったエアネストは消えたのです。

 これからは僕のことを他人だと思って接してください」


「そんな……!」


ルイーサは、大げさに驚き、目元にハンカチを当てた。


そんなことしても、今さら僕の気持ちは戻らないことがわからないのかな?


彼女にとって大切なのは自分だけなのだ。


僕は二カ月前の謁見でその事を痛感した。


彼女が何をしても何を言っても今の僕には響かない。




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