57話「魔王討伐報告の謁見」
謁見の間の前にはすでにワルフリート兄様と、ティオ兄様の姿があった。
全員が揃ってから部屋に入るように言われ、彼らは僕らが来るまで廊下で待機していたようだ。
「第一王子ワルフリート殿下、並びに第二王子ティオ殿下、並びに第三王子ヴォルフリック殿下、そしてシュタイン侯爵領当主エアネスト閣下がご到着されました!」
衛兵がそう仰々しく叫んでから扉を開けた。
僕達が謁見の間に入ると、玉座に国王と第三王妃ルイーサの姿があった。
国王の左右には重臣たちが並んでいる。
入り口付近には警備の衛兵が立っていた。
その他にも貴族や領主たちも集まっているようだ。
謁見の間には厳かな雰囲気が漂っていた。
高い天井と豪華な装飾が施されたシャンデリア、彫刻が施された柱、それらが部屋の華麗さを一層引き立てている。
僕達は玉座の前まで歩き横一列に並んだ。
左から、ワルフリート兄様、ティオ兄様、ヴォルフリック兄様、僕という順番だ。
国王は鋭い眼差しで僕達を一瞥した。
以前謁見した時と違い、今日の国王は機嫌が良さそうだ。
ルイーサは僕の顔を見ると一瞬驚いた顔をしたが、直ぐに笑顔に戻った。
ルイーサはなぜか嬉しそうにしていた。
なんだろう……?
二人共、以前会った時と態度が違うような?
国王は僕から王位継承権を剥奪し、シュタイン侯爵領に封じた。
ルイーサは僕と親子の縁を切ると言っていた。
彼らが機嫌がいいのは、僕の髪と瞳の色が魔力を失う前の色に戻ったからだろうか?
それとも、僕達が魔王を倒したからだろうか?
どちらにしても、そんなことでくるくると手のひらを返すような人間は信用ならない。
「ヴォルフリック!
エアネスト!
無事の帰還を嬉しく思うぞ!
よくぞ魔王を打ち倒し、囚われていたワルフリートとティオを救い出してくれた!!」
国王が朗らかな笑顔でそう言った。
「エアネスト、わたくしの可愛い坊や!
髪と眼の色が戻ったのね、嬉しいわ!
その上、魔王を倒してくるなんて流石だわ!
あなたはわたくしの宝物よ!
自慢の息子よ!」
ルイーサは目に涙を浮かべ歓喜していた。
ルイーサは以前見たときより少し痩せていた。心做しか疲れているようにも見える。
なるほど……彼女が機嫌が良かったのは、僕が魔王を倒して帰って来たからか。
その上、僕の髪と瞳の色が魔力を失う前の色に戻っていた。
それでこの人は満面の笑みを浮かべるわけだ。
この人達は手柄や外見でしか僕を見てないんだな。
彼らのそのような態度に心底辟易していた。
「ルイーサは子供が生めない体だと医師に告げられたのだ。
故に彼女の息子はそなただけだ。
そなたとルイーサとの間にはいささか誤解があったが、水に流してほしい」
国王がそう説明した。
母親が息子に「親子の縁を切る」と言ったことを「誤解」の一言で済ませるんだ。
なんだかなぁ……。
「エアネスト、私の可愛いぼうや。
後で私の部屋にいらっしゃい。
あなたの為に沢山お洋服を作らせたのよ」
ルイーサは猫なで声を出し僕に甘えてきた。
彼女の態度に僕は背筋が寒くなった。
子供が産めないと医師に診断されたことには同情する。
だからといって、彼女との関係を修復する気にはならない。
僕の髪が茶色になっても僕が王位継承権を剥奪されても、僕を見捨てないで僕の傍にいてくれた人達だけを信頼すると決めたのだ。
「二人とも実によくやってくれた。
エアネスト、魔王を倒した褒美にそなたの王位継承権と王子の身分を復活させよう。
そなたは今日から、第四王子エアネスト・エーデルシュタインを名乗るがよい」
国王の中で、僕は石ころから、宝石に格上げされたようだ。
大臣や貴族からどよめきが起こり、彼らの僕を見る目が変わった。
このまま僕が城に残ったら、彼らは毎日ゴマをすりにやって来るんだろうな……想像しただけでうんざりする。
貴族の中には娘を僕の嫁にと言い出す人間もいるだろう。
僕が魔力を失ったとき僕を見捨てた人たちが、今度はおべっかを使ってくるのかと思うとゾッとする。
たった二カ月お城を離れていただけなのに、ここの空気はとても息苦しかった。
「ヴォルフリック、そなたは尊き血の証である銀の髪を持ち聡明で勇敢だ。
エアネストそなたは光の加護を受けた誰よりも輝く金の髪を持ち、慈悲深く見目麗しい。
余はそちたちのどちらかを立太子させようと思う」
国王の言葉に貴族の間から再びどよめきが起こる。
貴族や大臣の私欲にまみれた視線が、僕と兄様を捉える。
彼らは今、僕とヴォルフリック兄様のどちらに着くのが得か計算しているのだろう。
僕はそんな貴族に心底うんざりしていた。
隣をからため息を吐く音が聞こえた。
見上げるとヴォルフリック兄様と目が合った。
彼の顔には面倒事は御免だと書いてあった。
どうやら彼も僕と同じ気持ちらしい。
「ヴォルフリック兄様、どうしましょうか?」
「悩むことなどないだろう?
答えなど既に出ているのだから」
兄様が僕の手を握り、フッとクールに笑った。
「そうですね。
悩むことなんて何もありませんでしたね」
僕は彼に微笑み返した。
ヴォルフリック兄様もきっと僕と同じ気持ちのはず。
「お断りします! 僕は王太子にはなりません!」
「断る! 私はこの国の王太子になどならない!」
僕は兄様と声を揃えてそう言い切った。
断られる事を想定していなかったのか、国王が目を瞬かせた。
重臣や貴族も「どういうことだ……?」とざわめいている。
「陛下、僕は王子に戻るつもりも、立太子するつもりもありません。
僕は死ぬまでシュタイン侯爵領の当主として、その勤めをまっとうするつもりです。
僕はヴォルフリック兄様と共に、シュタイン侯爵領に帰ります。
あそこが僕が生涯暮らすと決めた場所ですから」
僕はシュタイン侯爵領が好きだ。
あの地で暮らす人々も、シュタイン邸で働く人々も、精霊の森も、白樺の森も、全部大好きだ。
僕はシュタイン侯爵領で、ヴォルフリック兄様と平穏に暮らせればそれでいいのだ。
「ヴォルフリック、そちはどう思っている。
そちもエアネストと同じ意見だと申すのか?」
国王が兄様に尋ねた。
「無論、私もエアネストと同じ意見です。
私が暮らすのは精霊の森のあるシュタイン侯爵領……いえ、エアネストの隣ですから。
私は、エアネストの傍を終生離れるつもりはありません。
それに……私が王太子に相応しくない理由は、陛下が一番ご存知でしょう?」
公衆の面前で、ヴォルフリック兄様に「傍にいたい」と言われるのは少し照れくさかった。
でもそんなことどうでもよくなるくらい、彼が僕と一緒にいたいと言ってくれたことが嬉しかった。
しかし……国王はヴォルフリック兄様が、王家の血を引いてないのを知ってるのに、どうして彼を立太子させようとしたんだろう?
精霊の神子であるヴォルフリック兄様を立太子させ国民の支持を集めたあと、彼に養子を取らせてその子供を跡継ぎにするつもりだったのかな?
だとしたら腹黒すぎる……。
「陛下、お許しいただけるなら、僕もヴォルフリック兄様と生涯を共にしたいと思います」
僕の言葉を、陛下や周りがどう受け止めたかはわからない。
仲の良い兄弟だと思ったのか、それともそれを越えた特別な関係と捉えたのか。
ヴォルフリック兄様と僕は、戸籍上は腹違いの兄弟だから結婚はできない。
でも、二人で仲良く暮らすくらいの自由は認めてほしい。
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