56話「凱旋。懐かしい顔との再会」
魔王を倒した僕たちは、囚われていたワルフリート兄様とティオ兄様を救出した。
城の外に出るとすっかり日が暮れていた。
魔王城に着いたのは朝だった。
僕達は随分と長い時間、城の中にいたようだ。
泉まで四人で歩き、泉の水を飲んで全回復。
小屋の横で待機させていた白馬と黒馬と合流、馬に二人ずつ乗って帰ることにした。
僕とヴォルフリック兄様が白い馬に乗り、ワルフリート兄様とティオ兄様が黒い馬に乗っている。
僕が白い馬の前に乗り、ヴォルフリック兄様が後ろに乗った。
黒い馬には、ティオ兄様が前に乗りワルフリート兄様が後ろに乗った。
念願のヴォルフリック兄様との二人乗りが出来て、僕は満足だった。
二頭の馬は僕達を乗せ、霧の道へと入っていった。
ここは精霊が使う不思議な道。
この道を使えば、正規のルートを辿るよりも早く国に帰れる。
ふと視線を感じて隣を見ると、ワルフリート兄様がニマニマしながら僕を眺めていた。
僕の背中がブルリと震える。
魔王といいワルフリート兄様といい、どうして兎を食べようとする狼みたいな目で僕を見てくるんだろう?
僕はこういう視線を向けてくる男性は苦手だ。
「なぁ、ヴォルフリック。
俺も白馬に乗りたい。
お前はティオと黒い馬に乗れよ。
俺はエアネストと二人乗りしたい」
ワルフリート兄様がそう提案してきた。
僕は首を横に振った。
ワルフリート兄様と二人乗りするなんて絶対に嫌だ!
「黙れ下衆!
それ以上話すと魔王城に捨ててくるぞ!」
ヴォルフリック兄様が、ワルフリート兄様を人を殺すような冷たい目で睨みつけた。
ワルフリート兄様はそれ以上は話さなかった。
僕はホッと息を吐いた。
「やれやれ」
と言って、ティオ兄様が深く息を吐く音が聞こえた。
◇◇◇◇◇
霧の道を抜けると王都を見下ろす丘に出た。
赤いレンガの屋根に、白い壁の勇壮な建物……間違いないエーデルシュタイン城だ。
魔王城のある島から霧の道に入った時は夜だったのに、霧の道を抜けたら朝になっていた。
僕は不思議な感覚に包まれていた。
「ヴォルフリック兄様、お城が見えます!」
魔王城に行くときは、シュタイン侯爵領から霧の道に入った。
だから、僕はてっきり霧の道はシュタイン領に続いていると思っていた。
「シュタイン侯爵領から旅立ったのに、どうしてここに戻って来たのでしょう?」
「私の推測だが、霧の道の出口はいくつかあるのだろう。
その中の一つがこの丘に繋がっていたのだろう」
そうか、そういうことか。
「では、霧の道に入ったとき夜だっのに外に出たら朝だったのも?」
「精霊が作った空間だから、普段我々がいる世界とは時間の流れが違うのだろう」
なるほど。
霧の道に入った時は長居しすぎないようにしよう。
下手をすると、僕だけおじいちゃんになってしまう。
いや逆かな?
周りがみんな年老いたとき、僕だけ若いままなのかな?
よく、わかんないや。
とにかく気をつけよう。
でもこれで、シュタイン侯爵領から王都までワルフリート兄様とティオ兄様を送っていく手間が省けた。
「城だ!!!!
上手いもん食うぞ!
踊り子もいっぱい呼ぶぞ!
宴会だーー!!!!」
ワルフリート兄様が、上機嫌ではしゃいでいた。
僕もお城に着いたら、国王に土地税の交渉をしないと!
この交渉に、シュタイン侯爵領の民の暮らしがかかってるんだ。
シュタイン侯爵領の当主として、民の生活を守らないとね!
僕は気を引き締めて、お城へと向かった。
◇◇◇◇◇
お城に帰ると、門番が慌てて僕たちが帰還した事を誰かに伝えに行った。
城門をくぐると、庭に使用人や騎士が集まっていて出迎えてくれた。
先ほどの門番が連絡の為に走ってくれたのかもしれない。
ワルフリート兄様が集まった人達に向かって、「第一王子のワルフリートが、魔王を倒して帰って来たぜーー!」と大ぼらを吹いていた。
彼が魔王に囚われていたことをみんな知っているのか、使用人や騎士がワルフリート兄様に冷ややかな視線を向けた。
出迎えの人の中には執事のアデリーノと、僕付きのメイドだったエリザもいた。
僕は馬から降りて、彼らに駆け寄った。
「アデリーノ! エリザ!」
「ヴォルフリック殿下、エアネスト閣下、お帰りなさいませ! お二人のご無事なお姿わ見れてアデリーノ嬉しく思っております!」
「エアネスト閣下、少し見ない間に逞しくなられましたね……!」
二人は目に涙を浮かべていた。
「久しぶりだなアデリーノ。
色々と世話になった」
兄様も馬から降りて、アデリーノに挨拶をした。
「ヴォルフリック殿下のお役に立てたのなら、光栄にございます」
アデリーノが兄様に城の情報を伝えていたのは、きっとみんなには内緒なんだろう。
だから、彼らはこんなぼかした話し方をしているのだろう。
彼らの顔を見ていたら、生きて国へ帰って来たのだという実感が湧いてきた。
そう思ったら僕の涙腺も崩壊してた。
「閣下、人前ですよ。
魔王を倒しても泣き虫なのは変わりませんね」
エリザがハンカチを貸してくれた。
「陛下が謁見の間で王子様方とエアネスト閣下をお待ちでございます。
ですが、その前に皆様お召し替えなされた方が宜しいでしょう」
僕はともかく、兄様の服は魔王の攻撃で焦げてる。ワルフリート兄様とティオ兄様の服も長旅でくたびれていた。
国王に謁見するなら着替えた方がいいかもしれない。
「え〜〜!
宴会の前に風呂と謁見かよ〜〜!
だるいなぁ〜〜!
魔王を倒した勇者を何だと思ってんだよ」
愚痴を言うワルフリート兄様に、その場の全員から冷たい視線を向けられる。
「兄様、僕たちも着替えましょう」
「そうだな」
「お二人のお召し物は、わたくしがご用意いたします」
アデリーノは本当に気が利くな。
「ヴォルフリック、ちょっといいか」
お城の建物に向かっているとき、ティオ兄様から声をかけられた。
ティオ兄様はワルフリート兄様と別々に行動してるようで一人だった。
「ティオか、なんの用だ? 手短に話せ」
「謁見が終わったら僕の部屋に来てくれないかな?
君に渡したいものがあるんだ」
「断る。
なぜ私が貴様の部屋に行かねばならん」
「レーア様に関わる物だと言っても?」
ティオ兄様が小声で言った。
「なぜ貴様がそんな物を持っている!」
レーア様の名前が出たことで、ヴォルフリック兄様の表情が変わる。
二人の間に張り詰めた空気が漂った。
「ヴォルフリック兄様、ティオ兄様は嘘をついているようには見えません。
それにティオ兄様からは敵意を感じません。
ティオ兄様がレーア様に関わる物を持っているというのにも、何か理由があるのかもしれません。
ティオ兄様の部屋に行ってみてはいかがですか?」
「エアネストは優しいね。
良かったらエアネストも一緒に来るかい?」
「僕もティオ兄様の部屋に行っても良いんですか?」
「もちろん。
エアネストなら大歓迎だよ」
ティオ兄様がにこりと笑う。
「勝手に決めるな」
ヴォルフリック兄様が僕手を掴み抱き寄せると、自分の腕の中に閉じ込めた。
「エアネスト、知らない奴の部屋に一人でホイホイ行ってはならん」
「ですがヴォルフリック兄様、ティオ兄様は知らない人ではありません。
それに彼の部屋に行くのは、僕一人ではありません。
僕がティオ兄様の部屋に行くときは、ヴォルフリック兄様も一緒です」
「ほらエアネストもこう言ってるし。
君も僕の部屋においでよ。
君が来ないならエアネストに来てもらって、彼から君に渡すようにお願いしてもいいんだよ?」
「僕はそれでも構いませんが」
「駄目だ!
エアネストを一人でお前の部屋に行かせるぐらいなら、私がお前の部屋に行った方がましだ!」
「それじゃあ決まりだね。
謁見が終わったら二人で僕の部屋に来るように」
ティオ兄様はそれだけ言うと、先に城に入って行った。
「奴に上手く乗せられた気がする……」
彼が去った後、ヴォルフリック兄様が不機嫌そうに呟いた。
「そう言わないで下さい。
きっとティオ兄様は、ヴォルフリック兄様にどうしても渡したいものがあるのです」
ティオ兄様が渡したいという、レーア様に関する物ってなんだろう?
ティオ兄様は生前のレーア様と、どういう関係だったのかな?
それよりも、今は目前に迫った謁見の事を考えないと。
ちゃんと魔王を倒した報酬として、土地税の減額をしてもらわないと!
僕はシュタイン侯爵領の未来を背負っているんだから!
◇◇◇◇◇
僕は二カ月振りに自室に入った。
部屋の中は前と変わっていなかった。
家具や窓枠に埃が溜まってない。
きっとエリザやアデリーノが毎日掃除してくれたんだと思う。
僕はお風呂に入らず、ヴォルフリック兄様に体を清潔に保つ魔法をかけてもらうことにした。
兄様にとってエーデルシュタイン城は帰る場所でも、長居をする場所でもないようで……丸腰になるお風呂には入りたくないようだ。
彼も自分に体を清潔に保つ魔法をかけていた。
兄様は僕を抱き寄せると、僕の唇にキスをした。
「魔王城でも、帰り道でも人目があって出来なかったから」
彼はそう言って少しはにかんだ。
そしてまた僕の唇にキスをした。
僕はそれを受け入れた。
兄様と口づけを交わしていると、人間の世界に帰ってきたんだ。
生きてるんだという実感がじわじわと湧いてきた。
僕はアデリーノが着替えを持ってくるまで、兄様と口づけを交わし続けた。
この少しあとアデリーノが尋ねてきたので、僕達の謁見用の服に着替えて、謁見の間へと向かった。




