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55話「I《イス》」




兄様の剣は魔王の右腕を切り落とし、魔王の肩から脇腹にかけて深い傷を作っていた。


それでもなお魔王は生きていた。


「とどめだ!」


ヴォルフリック兄様が魔王にとどめを刺す為に剣を振り上げた。


魔王はそんな兄様を見てフッと笑った。


なんだろう……凄く嫌な予感がする。


魔王は死を悟り、息子に斬られて成仏を願うような殊勝な心など持ち合わせていない。


何か僕達の知らない秘策が魔王にはあるのかもしれない。


「兄様……!

 魔王を斬っては駄目です!!」


僕の声に反応し、兄様は剣を止めた。


その時、僕は右手に熱を感じた。


魔王城に着いた時にも感じた熱だ。


自分の右手の甲を見ると数字の「1」に似た文字が浮かんでいた。


違うこれは数字の1じゃない。


どうして今まで気づかなかったんだろう?


ラグ様が僕に教えてくれていたのに。


これはラグ様から貰った「I(イス)」のルーン文字だ。


I(イス)」は「氷」を意味する。


 そうか……この魔法なら!


「ヴォルフリック兄様!

 魔王から離れてください!」


僕の言葉に、彼は一瞬戸惑った顔をした。


でも彼はすぐに僕の言葉を信じ、後ろにジャンプしてくれた。


彼が魔王から距離を取ったのを確認し、僕は魔王に手をかざした。


そして右手に全ての魔力を集中させ、呪文を唱えた。




I(イス)!!」




僕が呪文を唱えると、僕の手から吹雪が起こり魔王に向かっていった。


部屋の中を雪を伴った風が吹き荒れる。


猛吹雪の中にいるみたいで、僕は目を開けていられなかった。


しばらくしてゴーゴーと音を立て吹き荒れていた風が治まった。


僕が目を開けると、魔王が巨大な氷に閉じ込められていた。


I(イス)」のルーン文字の意味は「氷」。


それと同時に「停止」「静寂」「時を待つ力」の意味も持っている。 


精霊の森を訪れたとき、シュトラール様が僕にこっそりと教えてくれた。


僕は(イス)のルーンを使い、魔王を氷の中に閉じ込め、彼の時間を停止させた。


「エアネスト、大丈夫か!?」


「兄様……!」


ヴォルフリック兄様が僕に駆け寄ってきた。


彼は僕の身体に傷がないかを確認した。


彼に触れられた瞬間、安心したからか僕の体から力がフッと抜けた。


倒れそうになった僕を兄様が支えてくれた。


「エアネスト……!」


兄様が心配そうに僕の顔を覗き込む。


「心配いりません。

 ちょっとだけ魔力を使いすぎただけですから」


魔王との戦いで高度な魔法を連続して使った後に、(イス)の魔法を使ったので、僕のMPは枯渇してしまったようだ。


「回復の泉に行けば、直ぐに治りますから」


僕は兄様を心配させないように、にこりと笑った。


彼が僕をぎゅっと僕の体を抱きしめた。


彼の鼓動を感じる。兄様に抱きしめられると、凄く落ち着く。


僕は彼の背に、自分の腕を回した。


いつまでも彼とこうしていたい。


「すまない。

 そなたを守るといいながら、何度も危険な目に合わせてしまった」 


彼は切なそうに僕を見つめた。


「魔王を倒す為にこの島に来た時から、危険は覚悟しています」


だから、そんな悲しそうな顔をしないで下さい。


「それに兄様は約束通り、僕を守って下さいました。

 だから僕は今こうして、無傷で立っていられるのです」


「エアネスト……!」


僕らはしばらくの間抱き合って、互いの無事を喜びあった。


戦いは終わったんだ……家に帰ろう。





◇◇◇◇◇◇◇





どのくらい時間が経っただろう?


しばらくして、兄様が氷漬けにされた魔王をジロリと睨んだ。


「奴は死んでいるのか?」


ヴォルフリック兄様が僕に尋ねた。


僕は首を横に振った。


「いいえ。

 (イス)の魔法を使い、魔王の時を止め氷の中に閉じ込めただけです」


僕は魔王を殺せなかった。


魔王はゲームのラスボスだし、現実の世界でも僕の想像を超える外道だった。


それでも魔王はヴォルフリック兄様の父親で、僕は彼に親殺しをしてほしくなかった。


でも僕には魔王を殺す覚悟も勇気もなかった。


それに……魔王が死を覚悟した時の顔が気になった。


「魔王は兄様にとどめを刺されるとわかった瞬間、笑っていました。

 だから僕はこう推測したのです。

 魔王は自分が死ぬことで発動する呪いか何かを、仕掛けていたのかも知れないと」


魔王の性格を考えると、ありえない話ではない。


「だから僕はラグ様からいただいた(イス)の魔法を使って、彼の時を止めたのです」


「そうだったのか。

 ありがとうエアネスト。

 私を守ってくれて」


兄様が僕の髪を優しく撫でた。


「今の話は僕の憶測で、魔王が呪いをかけようとしていた確証はどこにもないのですが……」


「いや、奴は性根が腐っていた。

 自分を殺した奴に、呪いをかける企みくらいはしていただろう」


僕は氷漬けにされた魔王に視線を向けた。


氷の中の彼は、今にも動き出しそうな顔をしていた。


氷越しに魔王の黒い瞳と目が合った。


『残念だ……。

 光の魔力を持たない者が我を殺したのなら、相手に呪いを振りかけることが出来たのに……』


低くうなるような声が直接脳に響いてきて、僕は背筋がゾクリとした。


今の声は兄様にも聞こえたのだろうか?


それとも……僕の幻聴?


「魔王による当面の危機は去った。

 氷漬けにした魔王をどうするかは、シュトラールと相談して決めよう」


「はい、兄様」


「こんなところに長居は無用だ。

 シュタイン邸に帰ろう」


兄様はそう言って僕の手を握った。


「その前にワルフリート兄様とティオ兄様を牢屋から出して、王都まで送り届けなくはいけません」


「ああ……そうか、奴らもいたんだったな。

 完全に忘れていた」


「兄様、冗談でも酷いですよ」


「いや、本当に忘れていたのだが」


兄様は魔王との戦いで疲弊しているから、うっかり忘れてしまっても仕方ない。


「さあ、鉄格子の鍵を探しましょう」


「面倒だな」


僕達は玉座の下に隠されていた鍵を捜し出し、玉座の間をあとにした。





読んで下さりありがとうございます。

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