54話「|死《トート》。魔王、エアネストを我が物にしようとする」
「良い目だ。
無垢な者の目が憎しみに染まるのを見るのは何度見ても心地よい。
お前のその目が絶望に染まり、後に快楽に変わるところを見たい」
魔王はクククと笑った。
魔王の考えてることはポンコツな僕にもわかる。
嫌悪感で背筋がぞわりとした。
「お前は壁際に追い詰められた仔猫同然。
そんな剣を構えた所で無駄だ。
我には仔猫が爪を立てているようにしか見えん。
素直に剣を置き我の元に来い。
さすれば少しは優しくしてやるぞ?」
魔王が不敵な笑みを浮かべ手招きをする。
「誰がお前の言うことなど聞くものか!」
僕は奴の要求を拒否し、キッと睨みつけた。
「無理だな。お前には覚悟が足りない。
人はおろか動物すら斬ったことがないのだろう?
お前の顔にそう書いてある」
魔王に指摘されギクリとした。
確かに僕は……動物も斬ったことがない。
今も魔王を剣で攻撃出来るのかわからない。
そんな迷いを魔王に見透かされてしまった。
「図星か?
足が震えているぞ」
「黙れ!」
「我の心臓はここだ。
我は無抵抗で立っていよう。
ここを狙って攻撃してみよ」
魔王が自分の剣を床に突き刺し、丸腰になる。自分の心臓の場所を指で指し示した。
完全に舐められている。
迷う必要はない。
僕の手で魔王を殺す。そう決めていた。
覚悟は出来ている。
魔王は人に似た姿をしているだけ、中身は獣以下の存在だ。
僕にだって殺れる!
僕は息を整え真っ直ぐに剣を構えた。
この剣を魔王の心臓に突き刺せば僕の勝ちだ。
「駄目だ……エアネスト。
前にも、言った……はずだ。
そなたには……、返り血は似合わないと……!」
僕は右腕に人の手の温もりを感じた。
振り返ると、そこには僕の大好きな人が立っていた。
「兄様……!
ご無事だったのですね!」
「ああ、そなたがかけてくれた防御魔法のお陰で、命拾いした」
兄様の髪は少し焦げていて、顔は黒くすすけていた。
彼の手に火傷の跡があり、彼の纏っているジェストコールがところどころ焼け落ち、残った部分は黒く変色していた。
「今、回復魔法をかけます!
最大回復!!」
僕が魔法をかけると、兄様の火傷が治り焦げた髪が元通りになった。
「ありがとうエアネスト。
そなたは下がっていろ。
後は私がやる」
彼が僕を自分の背に庇い、魔王に剣を向けた。
「兄様……でも」
「剣をしまえ。
そなたは補助魔法をかけてくれるだけで十分だ」
「……はい」
少し迷ったが、僕は剣を鞘に収めた。
迷いながら剣を振るう僕が隣にいるより、少し離れたところから補助魔法を唱えていたほうが、兄様が戦いに集中できるはずだ。
「我の息子なだけあってタフな体をしている。
あーー面倒くさい。
せっかくエアネストと楽しく遊んでいたのに……邪魔されてしまった。
お涙頂戴の幼稚な恋愛ごっこを見せられて、興が一気に醒めた」
魔王が床に刺した剣を再び手にした。
奴の顔からは先ほどまでの愉快な笑みが消えていた。今の魔王はとても不機嫌そうだ。
「お前は本当に……我の神経を逆撫でる!」
「今度はこちらから行くぞ魔王!
今度はそう簡単にやられはせん!」
兄様が魔王に斬り掛かっていく。
彼の振るったバスタードソードを、魔王が呪いの剣で受け止める。
しばらく二人の切り合いが続いた。
互角……いや、剣の勝負では兄様に分がありそうに見えた。
魔王が兄様の攻撃を躱し、大きく後ろに飛んで彼から距離をとった。
「煩わしい奴だ。
我は早くお前を殺し、エアネストと遊びたいというのに。
やはりお前は呪文で黙らせた方が良さそうだ。
炎には耐えられたようだがこれはどうかな?
死!!」
魔王が兄様に向かって死の魔法を放った。
まずい!
死の魔法は光属性で尚且つ魔力が強くないと防げない!
ヴォルフリック兄様は水属性!
死に対する耐性がない!
ゲームだと魔王がヴォルフリック相手に死の魔法を使うことはなかった。
だから油断していた。
ここはゲームの世界ではなく現実の世界だ!
魔王がゲームと同じ戦法で来るはずがないのに!
そんな事はわかっていたはずなのに!
魔王が死を使うまでその可能性に気づかないなんて……!
僕はなんて愚かなんだ!!
死の魔法が黒い文字となり兄様の体にまとわりついた。
「ぐぁぁぁぁぁ……!」
兄様が苦しげに声を上げ床に膝をついた。
「ヴォルフリック兄様!!」
僕は兄様に駆け寄った。
どうしよう!
どの魔法を使えば、兄様を助けられる?
「解呪!
浄化!」
僕は思いつく限りの呪文を唱えた。
だが何の効果もなかった。
「無駄だ。
死の魔法は防げん。
そこでヴォルフリックが苦しみながら死んでいくのを黙って見ていろ!」
魔王がクックックッと押し殺したように笑う。
このままじゃ兄様が死んじゃう!
僕には見ていることしかできないの?
そうだ!
光属性のものには死の魔法は効かない。
僕の光の魔力を兄様に全部あげれば、もしかしたら彼を助けられるかもしれない!
僕は兄様の顔に手を添え額に口づけた。
死なないでヴォルフリック兄様……!
すると兄様の額が光り、彼の体にまとわりついていた死の呪文を弾いた。
「なに!!」
よほど予想外の出来事だったのか、魔王が目を見開いている。
兄様の額を見るとPに似た文字が浮かんでいた。
これは確かシュトラール様から譲渡されたPのルーン。「喜び」という意味の文字だ。
シュトラール様はこのルーンを兄様に授けるとき、いずれ役に立つ日が来ると言っていた。
彼は魔王の死の呪文に備えて、兄様にPのルーンを渡していたんだ。
そうなると、僕の口づけってあまり意味はなかったのかな?
僕は自分の髪の色を確認した。髪は今まで同様金色に輝いていた。
僕の魔力は兄様に譲渡されることはなかったようだ。
「エアネスト、またそなたに助けられたな」
彼が僕の手を握り、僕の目を見て微笑んだ。
「兄様……!
助かってよかった……!」
繋いだ手から彼の温もりが伝わってくる。彼が生きてる……そう思ったら涙がこみ上げてきた。
でも、まだ泣くのは早い。
兄様に抱き付いて彼の胸に顔を埋めて泣きたいけど、それは今じゃない。
まだ、魔王を倒せていないのだから……!
僕はいま一度気を引き締めた。
「あなたを救ったのは僕でなく、シュトラール様が兄様に授けたPのルーンです。
僕は見ているだけで……何も出来ませんでした」
「それは違う。
そなたに額に口づけされた瞬間、生きる力が湧いてきた。
私が今こうして生きているのは、そなたのお陰だ」
兄様が僕の髪を撫でた。
仕組みはわからないけど、僕のキスが、Pの発動に少しでも関係していたら嬉しい。
「くそっ!
シュトラールの仕業か!
今まで見てみぬふりを決め込んできた日和見主義の光の精霊が……!
今ごろになって余計な真似を……!!」
魔王が眉を釣り上げ顔をしかめた。
切り札の死の魔法が兄様に効かなかったことで、魔王は相当焦っているようだ。
「貴様の切り札の死の魔法は私には効かないようだ。
それは光属性の魔力を持つエアネストも同じだ」
兄様は立ち上がり、魔王に向かってバスタードソードを構えた。
僕も立ち上がり、戦闘に備える。
「今度はこちらの番だ!」
兄様がバスタードソードを手に魔王に向かっていく。
僕も魔法で彼を援護しなくちゃ!
「光の槍
光の槍!
光の槍!」
僕が呪文を唱えると大きな光の槍が現れた。
光の槍は魔王の背後と側面に落ち、|そのうちのの一つが、偶然魔王の足に刺さり、彼の身動きを封じた。
「力!!
力!!
速度を上げる!!
速度を上げる!!」
僕は攻撃力を上げる魔法と、素早さを上げる魔法を魔法を二度がけした。
「これで終わりだ!」
ヴォルフリック兄様が床を蹴り飛び上がると、落下の威力を加え兄様が剣を振り下ろした。
魔王は呪いの剣を構え兄様の攻撃を防ごうとする。
兄様のバスタードソードが、呪いの剣ごと魔王を斬った。




