51話「鉄格子の中の二人。憎まれ口が叩けるのは元気の証拠」
そんな感じに僕達は順調に魔王城の奥まで進んできた。
魔王がいるのは最上階の玉座の間。
僕は目の前にある長い階段を見上げた。
「兄様、この階段を登ると魔王がいる玉座の間があります」
「そうか……いよいよだな」
兄様が険しい顔で剣の鞘を握った。
僕の心臓がドキドキと音を立てている。
ついにここまで来てしまった。
僕が階段を登ろうとしたとき、階段の手前の部屋から話し声が聞こえてきた。
確かゲームだとこの部屋の中に、鉄格子に囲まれた場所があったはず。
ゲームでは空き部屋になっていたけど……。
もしかして、この部屋にワルフリート兄様とティオ兄様は捕らわれているのかも?
「兄様、ちょっと待って下さい。
部屋の中から声が聞こえます」
先に進もうとする兄様を引き止め、僕は扉に耳を当て耳をすませた。
先ほどより、いくらか鮮明に会話が聞き取れる。
この声……ワルフリート兄様とティオ兄様だ!
「ヴォルフリック兄様。
ワルフリート兄様とティオ兄様はこの部屋の中にいます!」
「そうか。
だが今、奴らを助ける必要があるのか?」
「えっ……?」
「この後、魔王との戦いが控えている。
奴らに加勢させてもたいした戦力にはならない。
彼らに邪魔されるくらいならむしろいない方がいい。
私はエアネストを守るだけで手一杯。
連中にまで気遣う余裕はない」
ワルフリートはレベルの上がりが遅いし、即死や、混乱や、眠りの魔法に百パーセントかかるし、混乱状態だと味方に改心の一撃を当ててくるし……彼の加勢は遠慮したい。
ティオはそこまで酷くはないけど、やはりデバフに耐性が低い。
彼らを牢屋から出した後、彼らがどう行動するかわからない。
先に帰ってくれればいいけど……。
帰り道でうっかり人食い箱を開けて、死の魔法で即死ということもあり得る。
もしかしたら無計画で魔王に突進し、計画がめちゃくちゃにされる可能性もある。
そう考えると二人にはここで待っていて貰ったほうがいいのかな?
その方が僕らも安心して戦えるし、彼らの安全も保証される。
「魔王が牢屋の鍵を、その辺りに放置しているとも思えんしな」
確かに僕が魔王なら自分で鍵を保持しておく。
ボスを倒さないと、人質を開放できないのはゲームや漫画で鉄板の流れだ。
「確かにヴォルフリック兄様の言うことにも一理あります。
二人を安心させたいので、僕達が助けに来たことだけは伝えておきますね」
「待て、エアネスト!」
僕はヴォルフリック兄様が制止するより先に、扉を開けていた。
部屋の中には鉄格子があり、その奥に二人の人影が見えた。
ワルフリート兄様とティオ兄様に間違いない。
二人はちょっと痩せているけど、元気そうに見えた。
「ワルフリート兄様! ティオ兄様!」
僕が鉄格子に近づくと、二人がこちらに気付いた。
「エアネスト……なのか?
金色の髪に濃い青い瞳……良かった光の魔力が戻ったのだな!」
ティオ兄様が安堵の表情を浮かべた。
彼は僕の魔力がなくなった事を、心にとめて考えていてくれたようだ。
ティオ兄様は、謁見の間で会った時と印象が違って見えた。
彼は以前はもっと嫌味な感じがした。だけど今は、憑き物が落ちたみたいにスッキリとした顔をしている。
旅に出たことで、ティオ兄様に何か大きな変化があったのかもしれない。
「エアネストなのか!?
やはりお前には輝くような金の髪と深い青い目がよく似合うな!
それに……相変わらず美しい!
つやつやの肌に、さらさらの髪、細い腰、白く長い指……。
以前城で会った時は無垢で可愛らしい感じだったが、今はあどけなさの中になんとも言えない色気がある……」
ワルフリート兄様が、僕の体を上から下まで舐めるように見た。
僕は背中がゾワリとするのを感じた。
ヴォルフリック兄様が僕を庇うように、僕の前に立った。
僕は兄様の服をきゅっと掴み、彼の背後から鉄格子の中の様子を伺うことにした。
「ヴォルフリック!
お前も一緒だったのか!?」
「貴様ごときが、エアネストを視界にいれるな。
彼の名を気安く呼ぶな。
不愉快だ」
ヴォルフリック兄様は、ワルフリート兄様に怒ってるみたいだった。
「そんな怖い顔で睨むなよ。
俺達は兄弟だろ?
それより俺達を助けに来てくれたのだろう?
早くここから出してくれよ!!」
「貴様らをそこから出すのは魔王を倒した後だ。
最もその時は、ティオだけ助けて貴様はそこに放置して行くかもしれんがな」
ヴォルフリック兄様は、ワルフリート兄様にとっても腹を立ててるみたいだった。
「なんだよ!
腹違いでも俺はお前の兄だぞ!
そんな言い方していいと思っているのか!?
オレはエーデルシュタイン国の第一王子だぞ!」
ワルフリート兄様が、顔を真っ赤にして騒いでいる。
「それに魔王に挑むなら、ここにいる全員の力を合わせたほうがいいだろう?」
ワルフリート兄様はそう提案してきたが、彼の場合はそうとも言えない。
戦闘に参加すると、マイナスになる人間もいるのだ。
「足手まといはいらん」
「何だと……!」
ヴォルフリック兄様とワルフリート兄様の間で、バチバチと火花が散っていた。
「いや、ヴォルフリックの言う通りだ。
僕達は魔王にやすやすと囚えられた。
僕達は彼らの足手まといにしかならないだろう」
「ティオ!
お前まで奴らの味方をするのか?」
「ヴォルフリックは精霊の血を引いている。
エアネストは光の魔力を取り戻した。
光属性でも魔力の弱い僕らは、加勢した所で彼らの足を引っ張るのが目に見えている。
それなら、彼らの勝利を信じてここで待っていた方が賢明だろう」
「俺は嫌だね!
おいヴォルフリック!
俺だけでもここから出せ!
ここから出たら魔王に再戦を挑むんだ!
今度こそ魔王に目にもの見せてやる!」
ワルフリート兄様が魔王城まで死なずにこれただけで奇跡。
ゲームなら百回に一回あるかないか。多分その一回が、たまたま最初に来たのだろう。
頼むからここで大人しくしていてもらいたい。
やはり、二人に僕達が来たことを知らせたのは間違いだったかな?
ヴォルフリック兄様の忠告をちゃんと聞くべきだった。
僕って本当に粗忽者だな。
「忘れたのですか、ワルフリート兄上?
そもそも……牢屋の鍵は魔王が持っているのですよ。
奴を倒さない限り、僕達はここからは出られません」
やっぱり鍵は魔王が持ってるんだ。
二人が入ってる檻の鉄格子は頑丈そうだ。
魔王戦を前に、ここで体力と魔法力を消費するのはよくないかも。
「剣で何回も同じところを斬ったり、魔法で何度も同じところ攻撃すれば牢屋を壊せるだろ!」
「それは懸命とは言えませんね、ワルフリート兄上。
見たところこの鉄格子は頑丈にできています。
剣や魔法で壊すのに半日はかかるでしょう。
武器もボロボロになりますし魔法力も消費します。
魔王との戦いを控えている人間が進んでやることではありません」
ティオ兄様は鉄格子の中でも、冷静な思考を保っていた。
「魔王を倒したらそこから出してやる。
おとなしく待っていろ」
ヴォルフリック兄様が、そう冷たく言い放った。
「ティオ!
お前のせいだぞ!
お前が余計な事を言わなければ、俺はここから出られたんだ!」
ワルフリート兄様がティオ兄様に殴りかかる。
だがティオ兄様にあっさり躱され、逆に彼に腕を掴まれ、捻り上げられてしまった。
ワルフリート兄様の顔が苦痛に歪む。
ワルフリートは、攻略対象の中でレベルが上がるのが一番遅いキャラだった。
同じ時期に旅に出た二人だが、ここまで辿り着く間にレベルの差が開いてしまったようだ。
「ワルフリート兄上。
彼らを煩わせてはいけませんよ」
「くそっ……!
ティオ、城に帰ったら覚えてろよ……!」
「ヴォルフリック、エアネスト。
僕達の事は気にするな。
先に進め」
「言われなくてもそうする。
いくぞエアネスト」
ヴォルフリック兄様が僕の手を握り、踵を返した。
「ワルフリート兄様とティオ兄様、もうしばらく辛抱して下さい。
魔王を倒したら必ずそこから出して上げますから」
僕は振り返って、彼らにそう伝えた。
そして、ヴォルフリック兄様と一緒に部屋をあとにした。
色々とごたごたしたけど、ワルフリート兄様とティオ兄様は生きていることがわかってよかった。
二人は喧嘩をする元気もあるみたいだし。
少なくとも健康面の心配はいらないよね。
読んで下さりありがとうございます。
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