5話「精霊の神子。悲劇の王子は順数無垢な弟王子に恋をする」ヴォルフリック視点
――ヴォルフリック視点――
私の体から弟の腕が離れていく。
私はとっさに手を伸ばし、弟の体を支えていた。
弟のプラチナブロンドの髪は、濃い茶色に変わっていた。
弟を支える腕から伝わってくる温度がとても低い。
まるで魔力が全て抜けてしまったようだ。
その時、自分の髪がさらりと肩に落ちてきた。
自分の髪に視線を向けると、それは銀色に輝いていた。
「バカな……!」
なぜ私の髪は銀色に戻ったのだ?
濃い茶色に変わった弟の髪……、同時に銀に戻った私の髪……、魔力を消失した弟の体……。
そこから導き出された答えは一つ。弟が私に光の魔力を与えた……?
私を助けるために自分の魔力を全て私に譲ったというのか?
だがそうでなければこの現象に説明がつかない。
「なぜだ……?」
なぜ自分の命の危機にさらしてまで、私を助けたのか。
「いたぞ! ここだ!」
「死ね! 黒髪!」
「闇の力を持つ悪魔め!」
その時、民衆が私のいる牢の前までやってきた。
奴らは各々鍬や、鋤を手にしていた。
そして全員殺気立っていた。
先ほどまでの私なら、奴らに殺されても構わないと自暴自棄になっていただろう。
だが今はそんな気は起こらない。
私が諦めたら、この場にいる弟も一緒に袋叩きにされてしまう。
弟を死なせる訳にはいかない!
私はエアネストを抱き抱えゆっくりと立ち上がった。
そして突き刺すような視線で、相手を射すくめた。
「どけ!」
殺気を込め一喝すれば相手が一瞬、奴らが怯んだ。
「だ、だまれ! 黒髪!」
「そ、そうだ! 貴様のせいで雨が降らんのだ!」
「このまま雨が降らなければ農作物は全滅だ! くたばれ!」
どうやら道を空ける気がないらしい。
しかたない、実力行使するしかないようだな。
「どけと言っている!」
威圧感を込め咆哮する。
私の声に気圧されたのか、奴らの顔に恐怖の色が宿る。
だがそれでも構えた武器を下ろす気はないようだ。
どうやらここを出ていく為には、奴らを殺すしかないようだな。
「みんな待て! 奴の髪の色をよく見ろ!!」
民衆の中にいた初老の男が声を上げ、松明を手に牢屋の中に入ってきた。
初老の男が松明で私の髪を照らす。
「そんな馬鹿な……! 黒髪じゃないぞ……!」
「彼は銀色の髪をしている!
それだけではない瞳の色は紫だ!」
「この特徴はまさか精霊の……!?」
「銀髪紫眼は精霊の血を引く者にだけ現れる特徴だ! 間違いない! 彼は精霊様の神子様だ!」
「精霊様の神子様がなぜこのようなところに……?」
民衆に動揺が広がる。
私の髪の色がなんだと言うのだ。
「精霊様の神子様よ! どうか雨を降らせてください!!」
ざわめきを遮るように、初老の男が床に膝をつき、私に向かって祈りを捧げた。
「「「「「精霊様の神子よ! どうか雨を降らせてください!!」」」」」
初老の男が膝をつくのを見て、他の奴らも競うように床に膝をつき、私に向かって祈りを捧げた。
黒檀色の髪であれば悪魔とそしり、銀色の髪であれば精霊の神子とあがめ、助けてくれと頼む……本当につくづくくだらない奴らだ。
「ならばそこをどけ!」
こんな愚にもつかない連中に構っている暇はない。
私は一刻も早く、弟を救わねばならない。
「皆のもの、精霊の神子様がお通りになる!
道を空けよっ!!」
そう初老の男が言うと、民衆が一斉に両端により、あっという間に道ができた。
「神子様!」
「精霊の神子様どうか雨を……!!」
「恵みの雨を!」
すがるように声をかけてくる連中を無視し、私は弟を抱きかかえ階段を上った。
地上に出たのはいいが、民衆が建物の周囲を取り囲んでいて、外に出れない。
十三年振りに地上に出たというのに、これでは感動も何もあったものではない。
私の銀色の髪を見た民衆が「精霊の神子様だ!」「精霊様の神子様がなぜこのようなところに!」と騒ぎ立てる。
どうやら外までは情報が伝わっていなかったようだ。
「精霊の血を引く神子様、どうか雨を……!」
「恵みの雨を降らせてください!!」
「お願いします! どうか雨を!」
奴らは口々に雨を降らせと迫ってくる。
私はエアネストを城に連れていき、医者に診せたいのだ!
雨か、それが降れば道を空けるのだな。
「雨よ降れ……!」
私は天を仰ぎ適当に叫んだ。
いかに祖父が精霊でも、人間である私に天候を自由にする力などない。
いや、私には魔族の血も流れている。
精霊と魔族と人間、よくもまあこれだけ混ぜたものだ。
奴らの為にパフォーマンスをしてやった。
これでどかぬのなら、実力行使に出るまでだ。
その時、ポツリと私の頬に水滴が触れた。
その水滴は徐々に数を増やし、少しすれば土砂降りの雨になった。
「雨だーーーー!!」
「恵みの雨が降ったぞーー!」
「精霊の神子様が雨を降らせて下さった!!」
「やった! これで助かる!!」
偶然に落ちてきた雨粒に、人々が空を見上げ狂喜乱舞している。
バカバカしい。
雨など放っておいてもいつか降ったのだ。
それがたまたま今だっただけの話だ。
「神子様!」
「精霊の神子様!」
「ありがたや! ありがたや!!」
雨が降ったのに、民衆は道を空けようとしない。
「お前らの望み通り雨が降った!
ならばそこをどけ!」
押し寄せる民衆を一喝すれば、人々が両端に避け道ができた。
こんな奴らにかまってる暇はない。
弟の体がどんどん冷えていく。
早く医者に診せなければ。
人々が避けることで出来た道を通る。
雨が弟の体を容赦なく濡らす。
弟の纏っていた白地の服が濡れ、肌が透けて見えた。
目のやり場に困るな……。
それよりも、弟のこのような姿を他の者には見せたくない。
弟を独占したい。
誰にも見せたくないし、触れさせたくない。
なんなんだ?
今まで感じたことのないこの感情は……?
明るいところでよく見ると、弟は寝巻姿だった。
靴も履いていないようだし、裸足でここまで来たというのか?
彼の足元に目を向ければ、ところどころ小さな傷が出来ていた。
私の所に来たとき、彼の息は少しだけ上がっていた。
城からおそらくここまで走って来たのだろう。
彼は私を助ける為にそこまでしてくれたのか……。
降りしきる雨が私の体温を奪っていく……なのになぜだか少しだけ胸が熱くなった。
「なぜあいつが外にいるんだ!
みんな騙されるな!
あいつは悪魔の使いだ!
いや魔族だ!!
この国を呪い、日照りを起こした張本人だ!!」
その時、どこかから若い男の声がした。
声のした方に目をやれば、見知った顔が視界に入った。
濃い茶色の髪、黄色の瞳の若い男。
牢番をしていた男だ。
そうかこやつが私の存在を皆に教え、民衆をここまで誘導してきたのだな。
「この野郎!
言うに事欠いて精霊の神子様に何てことを言うんだ!!」
「あのお方のおかげで雨が降ったのだぞ!」
「貴様、気でも狂ったか! 恥をしれ!」
「違うんだ……!
みんな俺の話を聞いてくれ……!」
「うるせぇ! 精霊の神子様に楯突くやつは許しておけねぇ! やっちまえ!」
牢番の男は民衆に押し倒され、袋叩きにされていた。
あのような愚か者に構っている場合ではない。
一刻も早く弟を医者に見せなければ!
◇◇◇◇◇
弟を城に運ぶまでに、彼の体はだいぶ濡れてしまっていた。
早く弟を部屋に連れていき、着替えさせなければ。
城の門の前まで行くと、数十人の兵が警備していた。
彼らは私の存在に気づき駆け寄ってきた。
「止まれ! 見かけない顔だな! 貴様、何者だ!」
「待て! 男の髪の色をよく見ろ……!」
「なっ、銀髪……!? 彼は精霊の神子様なのか……?」
どうやらここには若い兵士しかいないようだ。
年配のものなら、私の存在を知っているので、話が早いが……。
「よく見れば、彼の腕に抱えられているのはよく見ればエアネスト殿下では?」
「確かに、エアネスト殿下のお顔だ。しかし……髪の色が違う」
今も雨は降り続いている。
エアネストの体をこれ以上、雨に濡れさせたくない。
どう話せばここを速やかに突破出来るだろうか?
騒ぎに気づいたのか、執事やメイドが数人城から出てきた。
「と、とにかく精霊の神子様だろうと、得体の知れぬ者を城に入れるわけには……」
「控えなさい!
このお方は得体の知れぬ者などではありません!
彼こそは第三王子ヴォルフリック殿下です!」
城から出てきた使用人の中に見知った顔がいた。
「アデリーノか」
「お久し振りです。
ヴォルフリック殿下」
アデリーノは母の代から仕えている執事だ。
牢屋にも何度か差し入れを持ってきてくれた。
私が今着ている服も彼の差し入れだ。
「第三王子殿下……?!」
「聞いたことがある! 第三王子殿下は銀色の髪に紫の瞳だと……!」
「ヴォルフリック殿下は、病で塔に隔離されていたはずだろ? なぜこんなところにいらっしゃるのだ?」
「それに、エアネスト殿下の髪の色が違う理由は……」
「詮索は後です! 彼の身分は私が保証します。それよりも殿下方をいつまで雨に濡れさせておく気ですか?」
「も、申し訳ございませんでした! 第三王子殿下とは知らず、数々のご無礼を……! ひ、平にご容赦を……!」
「謝罪はいらん。
さっさとそこを通せ。
エアネストをこれ以上雨に濡れさせたくはない」
私は門番を押しのけ、城の中に入った。
ここでアデリーノに会えたのは幸運だ。
奴がいれば話が早い。
「アデリーノ、エアネストの体が冷え切っている。
彼の着替えを用意しろ。
それからお湯を沸かせ、彼の体を温めたい。
医師を呼ぶのも忘れるな」
「かしこまりました」
「エアネストの部屋は昔のままか?」
「はい。
十三年前と変わっておりません」
「そうか」
それだけ聞けば十分だ。
私はアデリーノに指示を出し、エアネストを彼の部屋まで運んだ。
◇◇◇◇◇
「エアネスト殿下!
気を失っているのですか?
それに髪が茶色い……!」
弟の部屋に入ると、若いメイドがいた。
王子の部屋に使用人がいてもおかしくはない。
だが何故だろう?
エアネストの部屋に自分以外の人間がいることに、胸がもやもやしている。
「大変、びしょ濡れだわ。
とにかく早く乾かさなくては……!
それで、エアネスト殿下を運んできたあなたはいったい?」
若いメイドは私の顔を知らないようだ。
無理もない、私が牢に入れられて十三年も経つのだから。
「口の利き方に気をつけなさい。
このお方は第三王子のヴォルフリック殿下です」
いつの間にか私の後ろに立っていたアデリーノが、若いメイドをたしなめた。
アデリーノには城の入口で指示を出して別れたはずだが。
もう仕事を終えて来たのか?
「だ、第三王子殿下……!? し、知らぬこととはいえ、申し訳ありませんでした!」
メイドが私に向かって頭を下げた。
「謝罪はいらん。
それよりも今はエアネストを着替えさせるのが先だ。
アデリーノ、タオルとお湯と着替えの用意は出来ているか?」
「はい、こちらに」
彼の後ろに目をやれば、カートがあり、その上にタオルと着替えとお湯の入った洗面器が乗っていた。
流石に仕事が早いな。
「わかった。
それは私が預かる。
エアネストを着替えさせるので、お前たちは一度外に出ろ」
「ヴォルフリック殿下のお手を煩わせるまでもありません。エアネスト殿下のお召替えは、私がいたします」
「エアネストに触れるな。いいからさっさと部屋を出ていけ。医者が来たらノックで知らせろ」
そう言って私はメイドとアデリーノを部屋から追い出した。
エアネストの肌に触れていいのも、彼の一糸まとわぬ姿を見て良いのも私だけだ。
他の誰にも見せてなるものか。
私はエアネストをベッドに寝かせ濡れた服を脱がし、タオルで彼の体を拭いた。
弟の髪に乾いたタオルを当て、乾かしていく。
彼の体はお湯で濡らしたタオルをよく絞ってから拭くことにした。
弟の足には泥がつき、小さな傷がたくさんあった。
よく見れば彼の腕や手にも、木で引っ掻いたような傷があった。
私は濡れたタオルで汚れを丁寧に拭き取った。
「私を助けるために裸足で林を抜けてきたというのか? なんという無茶をする子だ」
城から私がいた牢屋までは、林を抜けるのが一番早い。
彼がそこまでして私を助けようと必死になってくれたのだと思うと、胸の奥が温かくなった。
十三年間忘れていた感覚だ。
「不思議だ。そなたといると、忘れていた感覚が蘇ってくる」
エアネストの体を拭き終えた私は、アデリーノが用意したパジャマを着せた。
弟の手に触れると、彼の手は驚くほど冷たかった。
くそっ、医者はまだか?
「頼むエアネスト!
死なないでくれ!
私を助けた代わりにそなたが死ぬなど駄目だ!
そんなことは耐えられない!」
彼の手をぎゅっと握りしめる。
「そなたはこんなになってまで私を助けてくれたのに、私はそなたに何も返せないのか……!」
その時、エアネストを握りしめた手が銀色に光った。
「今の光は……?」
幼い頃、まだ私が銀髪だった頃、私は回復魔法が使えた。
もし今のが回復魔法の光りだとするならば、弟の手の傷が消えているはず。
弟の手を確認すると、彼の手にあった擦り傷が消えていた。
まさかまた回復魔法が使えるようになるとは思わなかった。
十三年前、黒髪になった時に使えなくなった回復魔法。
髪の色が銀色に戻った事でまた使えるようになったらしい。
「エアネスト、私は絶対にそなたを死なせたりしない! 生きてくれ!!」
私は彼の手を握り、魔力を込めた。
「最大回復!!」
私が呪文を唱えると、弟の全身を銀色の光が覆った。
「温かい」
しばらくすると、氷のように冷たかったエアネストの手に熱が戻っていた。
その時、部屋の扉が四回ノックされた。
「ヴォルフリック様、医師を連れて参りました」
扉の向こうからアデリーノの声がする。
「そうか、すまない。
だがもう必要ない。
エアネストは私の回復魔法で癒やした。
エアネストの体の傷は治ったし、彼の体も温かい」
どんどん体が冷えていくエアネストが心配で、医者を呼んだが、本当なら誰にもエアネストの体に触れてほしくないのだ。
「もう心配はいらない。さがれ」
扉越しにそう伝え、扉に鍵をかけた。
アデリーノは「承知いたしました。カートにはヴォルフリック殿下の着替えも用意してあります。殿下のお体も雨に濡れております。お召し替えください」と返事をした。
医者が「心配ないかどうかは、医師であるわしが診察して判断せねば」とか、メイドが「エアネスト殿下がご無事かどうか自分の目で確認したい」と言っていたが、アデリーノが上手く追い払ってくれた。
ようやくうるさいのがいなくなった。
エアネストと二人きりだ。
アデリーノが私の着替えがどうとか言っていたな。
鏡に映った自分の姿を見ると酷い格好をしていた。
そうだな……自分も着替えなくてはな。
せっかく着替えさせたのに、エアネストの服がまた濡れてしまう。
それにしても……本当に銀色の髪に、紫の瞳に戻っていたのだな。
髪の色は自分でも見えるが、瞳の色は自分では見えないので、鏡に自分の姿を映すまで確信が持てなかった。
牢屋にいたときは自分の姿になど無頓着だった。
あそこにいた時は、今日死んでも、明日死んでもいいと思っていた。
だが、エアネストが命をかけて守ってくれた命と、彼の全魔力を使って戻してくれた髪と瞳の色だ。
これからは大事にしよう。
読んで下さりありがとうございます。
少しでも、面白い、続きが気になる、思っていただけたら、広告の下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると嬉しいです。執筆の励みになります。