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49話「生死の境。心の迷いが隙を生む」



 


昨日はあまり眠れなかった。


泉の水で顔を洗い、コップ一杯の水を飲んだけど元気が出ない。


泉の水を飲んでも元気がでないのは、体力とか魔力の問題じゃなくて……気持ちの問題だからだろう。


兄様が朝食を用意してくれたけど、食欲がわかない。


魔王は僕が倒す……と決意したものの確実に彼にとどめを刺せる自信がない。


奴を斬った剣に血がつき、自分の手が返り血で汚れる所を想像したら……体の震えが止まらなかった。


魔王は、倒したら宝石に変わるモンスター達とは違う。


魔王は生物だ。


切ったら血が流れるし、臓物も飛び出す。


憎しみの籠もった目で相手を睨みつけてくることもあるし、断末魔も上げるだろう。


僕はそれに耐えられるのだろうか?


魔王のグロテスクな死体を想像したら、僕の全身に鳥肌が立った。


本当に……僕に魔王を殺せるのだろうか?


でも……僕がやらないと!


兄様に親殺しをさせる訳にはいかないのだから。




◇◇◇◇◇




朝食のあと、泉の周りで最後のレベル上げをすることになった。


午前中この辺でレベルを上げ、午後には魔王城に向かう予定だ。


昨日まで僕は魔法を使って魔物を倒していた。


だけど、今日は魔法ではなく剣を使って魔物を倒している。


魔王を魔法で倒せるとは限らない。いざという時にそなえ、剣も使えるようになっておかないと!


ありとあらゆることを想定しておかないと、いざというとき命取りになる。


雑魚モンスターに手こずっているようでは、魔王を倒すなど不可能に近い。


今は一体でも多く雑魚モンスターを斬りたい!


剣で戦うこと二時間、僕はいつもより疲労を感じていた。


レベルは上がったし、最強武器も手に入れた。


なのに、前よりモンスターに苦戦している。


剣で戦うってこんなに大変なんだ。


魔法で吹っ飛ばすときは感じなかった、魔物を傷つける感触が剣から伝わってくる。


元は宝石でも、彼らは今意思を持って動いているしここに存在している。


モンスターを倒す度に、僕の心はダメージを受けていく。


兎に似たモンスターを相手にしていた時だった。


可愛らしい外見をしていても奴らは凶悪なモンスター。そう頭ではわかっていた。


理解していたはずだった……。


僕が剣を振るう瞬間、魔物に潤んだ瞳で見つめられ一瞬攻撃の手を緩めてしまった。


その瞬間を見逃して貰えるほど、この辺りに出現するモンスターは(やわ)じゃない。


「エアネスト、油断するな……!」


兄様の叫びで僕は敵の動きに気付いた。


でもその時にはモンスターの爪が僕の目の前にあって……。


頭では「避けなきゃ!」とわかっていても、体が反応できなかった。


僕は兎型のモンスターの強烈な一撃をくらってしまった。


「エアネストーーーー!!!!」


僕の体が空を舞った直後、兄様がそう叫んでいた気がする。


その少し後、僕の体は地面に叩きつけられた。


全身を強く打ち付けたようで……僕の意識はそこで途切れた。




◇◇◇◇◇





「エアネスト……! 

 死ぬな……!

 頼む!

 目を覚ましてくれ……!!」


誰かが僕を呼んでいる。


その叫びがあまりにも悲痛で、僕の胸は締め付けられた。


起きないと……動かないと……、その人が泣いてしまう。


僕はその人の泣き顔を見たくない。


だって、その人は……僕の一番大切な……。


ゆっくりと意識が浮上してきた。


目を開けても、しばらくは視界がぼんやりとしていた。


「エアネスト!

 良かった!

 気がついたのだな!」


だんだんと視界がはっきりしてきた。


「兄……様?」


目の前にヴォルフリック兄様の顔があった。


彼はとても悲しそうな……それでいて少し安堵したような顔をしていた。


兄様の瞳の端には、水滴がついていた。


「エアネスト!

 良かった!

 そなたが目を覚まして、本当に良かった!!」


彼が僕をぎゅっと抱きしめた。


あまりにも強く抱きしめられたので、少し痛みを感じた。


「兄様……痛いです」


僕がそう訴えても、彼は僕のことを離してくれなかった。


なんか……体が冷たい。


それに……水の音がする。


僕は周囲の状況を確認した。


どうやらここは回復の泉の中のようだ。


しばらくして、兄様が僕の体を離してくれた。


「そなたが倒れた後すぐに回復魔法をかけた。

 すぐに傷口は塞がった。

 しかし、そなたは目を覚まさなかった……。

 それで、ここならもしかしてと思い回復の泉にそなたの体をつけたのだ」


彼の表情から、その時彼がとても不安だったことが伝わってくる。


ゲームだと回復の泉には死者蘇生の効果もあった。


もしかして僕、生死の境を彷徨ってたのかな?


「すみません、兄様。

 僕の不注意であなたに迷惑をかけてしまって……」


彼がいなかったら、僕は今頃……。


「無茶をするなと言ったはずだ!

 私がどれだけ心配したか……!」


兄様にまた強く抱き締められた。


「ごめんなさい」


僕は彼の背に腕を回した。


彼の腕から、彼がどれだけ僕のことを心配してくれたのかが伝わってくる。


兄様が体を少し離し、僕の唇にキスをした。


僕は黙って彼の口づけを受け入れた。


今日の午後、魔王城に向かう予定だったけど僕が怪我をしたことで明日に延期になった。


兄様と僕の服も乾かさないといけないし……。


それに……彼にこんなに情熱的なキスをされたら……ドキドキして戦闘どころではない。


そんな訳で、その日は小屋の中で兄様と運動した。





◇◇◇◇◇





ベッドで目を覚まし、小屋の外を見ると辺りは真っ暗になっていた。


いつの間にか寝てしまったらしい。


戦闘用の服が濡れてしまったので、僕と兄様はパジャマを羽織っている。


そろそろ戦闘用の服ももう乾いただろう。


着替えたら火を起こしてお湯を沸かしご飯にしよう。


「兄様、今日は僕が夕食の準備をしますね」


僕がベッドから降りようとすると、兄様に後ろから抱き締められた。


「兄様……?」


どうしよう? 嬉しいけどこれじゃ動けない。 


「そなたと離れたくない」


兄様はいつになく甘い声でそう言って、僕の耳に口づけを落とした。


心臓がドキドキと鼓動する。


「エアネスト……。

 そなた戦闘中に何を考えていた?」


「それは……」


「そなたは昨日まで魔法で戦っていたのに、今日は剣で戦ってる。

 そのことと何か関係があるのか?」


兄様は鋭い。


「昨夜、魔王を討つ話をしてからそなたの様子が変だ。

 顔色が優れないし、朝食にも殆ど手をつけなかった」


兄様に黙っているのは無理みたい。僕は意を決し口を開いた。


「僕は兄様に魔王を殺してほしくないのです。

 だから僕の手で魔王を……討とうと……」


兄様に親殺しをさせたくない。


そのためには、僕がこの手で魔王にとどめを刺すしかないんだ。


魔王を殺すのは怖い。


今日だって兎型の魔物にちょっと悲しげな表情で見られただけで、覚悟が鈍ってしまい……反撃されて逆に殺されるところだった。


でも、それでも……魔王は僕が殺らないと……!


「エアネスト、そなたには無理だ。

 魔物が兎に似ているというだけで判断が鈍り重傷を負わされた。

 そなたに人型の魔王を殺せるはずがない」


「今日はちょっと油断しただけです。

 明日一日時間をいただければ、そういう甘さを捨てきってみせます」


僕はそう決意し、拳を強く握り締めた。


「手が震えているぞ」


兄様が僕の手に自身の手を重ねた。


「手だけではなく、全身が震えている」


「そ、それは部屋の中が寒いからです。

 火を起こし、部屋を暖めれば、こんな震えすぐに治ります!」


兄様が深く息を吐いた。


「もう一度言う。

 エアネスト、そなたには無理だ。

 そなたは優しすぎる」


「そ、そんなことは……」


「そなたは今日、モンスターにとどめを刺すのをためらった。

 その結果、カウンターをくらい生死の境を彷徨った。

 魔王を相手にそんな隙を晒せば文字通り命取りだ。

 魔王城には回復の泉はない。

 今度こそ助からない」


僕は少しだけ後ろを振り返った。


兄様が眉間にしわを作り、険しい表情で僕を見ていた。


彼はとても怖い顔をしていた。


きっと僕を凄く心配して言ってくれてるんだと思う。


僕は彼の言葉に反論できなかった。


彼の言ってる事は正しい。


こちらの迷いを見逃してくれるほど、魔王は甘くない。


甘さを一切捨て奴を殺す覚悟を決めて戦いに臨まなければ、返り討ちにあうのが目に見えている。


「魔王は私が殺す。

 そなたは補助魔法で援護するだけで良い」


僕は兄様の言葉に「はい」と返事をすることはできなかった。


今の僕には魔王を殺す覚悟がない。


僕がためらっている間に魔王に殺されてしまう。


僕が死ぬのは構わない。


だけど兄様が、僕を庇って怪我したら……。


それだけは絶対に嫌だ。


兄様のいない世界を想像し、心臓がヒヤリとした。


彼のいない世界なんて耐えられない!


魔王を殺すのは兄様に任せるしかないの? 


本当にそれしか道はないの?


僕には何もできないの?


「この話はもう終わりだ」


兄様は、その後この話題には触れなかった。


僕にできることって……本当にないのかな?






読んで下さりありがとうございます。

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