48話「ヴォルフリックの覚悟。エアネストの動揺」
※シリアス展開注意
夕方まで狩りをした。
僕のレベルは35まで上がった。
レベルが25を超えると、レベルが上がりにくくなる。
僕が短時間でここまでレベルを上げられたのは、経験値を大量にくれるモンスターを二匹倒せたからだ。
本当はもう少し狩りを続けたかったけど、夜はモンスターが凶暴になる。
なので、少し余裕を持って回復の泉まで戻ってきた。
明日もう少しレベル上げをしたら魔王城に乗り込む予定だ。
兄様が火をおこして、かまどでお湯を沸かしてくれた。
回復の泉の傍にかまどとベット付きの小屋があるって、現実世界だと便利過ぎる。
ここに休息ポイントがあって本当に良かった。
小屋が無かったら兄様と野宿するところだった。
野宿かぁ……彼とだったら野宿でも楽しく過ごせそう。
満点の星空の下で兄様にピッタリとくっついて一つの毛布を二人で共有して眠るの……なんだかロマンチックだなぁ。
シュタイン侯爵領に帰ったら二、三日休みをもらって兄様とまったり過ごしたいな。
その前に魔王を倒して、ワルフリート兄様とティオ兄様を助けないとね。
そうそう精霊から貰った白馬と黒馬は、小屋の傍に待機させている。
彼らもここが安全だとわかるようで、小屋の傍を離れようとしない。
僕たちが魔王城に行くときは、二頭はここに置いて行こうと思ってる。
僕らが魔王城まで馬で移動すると、フィールドに馬たちを残していくことになる。
僕たちが城で魔王と戦っている間に、馬達がモンスターに襲われて、怪我したら大変だ。
だから馬達はここに残していった方がいいだろう。
「エアネスト、紅茶を淹れた。
熱いから気をつけて飲むんだぞ」
「はい、兄様」
彼が沸かしたてのお湯で紅茶を淹れてくれた。
紅茶と一緒に、クルミ入りのパンとチーズと干し肉を一つずつくれた。
これが今日の夕御飯だ。
泉の水は体力と魔力は回復してくれるけど、空腹だけはどうにもならないんだよね。
僕はパンをちぎって口の中に入れ、紅茶と一緒に流し込んだ。
泉の水で淹れた紅茶が疲れを癒やしてくれる。
「魔王城にいるワルフリート兄様とティオ兄様は、ひもじい思いをしていないでしょうか……?」
魔王がエーデルシュタイン城に手紙を送り、二人を捕らえたことを国王に知らせるまでに、何日か経過しているだろう。
それから国王がシュタイン侯爵領の僕の所に、早馬を使って知らせるのに一日は経過しているはず。
僕たちが旅の準備をするのにさらに一日経過している。
僕らがここに来て二日が経過している。
あの二人が捕らわれてから最低でも四日以上経過している。
「お二人共、ご無事だとよいのですが……」
魔王が彼らを手厚く持て成している想像が出来ない。
「エアネスト、そなたがあいつらの心配をする必要はない。
己の力量もわきまえず魔王に挑み、軽率に捕まったあいつらが愚かなだけだ」
ヴォルフリック兄様は、僕があの二人の話をすると途端に不機嫌になる。
彼は、ワルフリート兄様とティオ兄様のことが嫌いなのかな?
僕が謁見の間でワルフリート兄様に色々と言われたことを、彼は僕以上に根に持っているのかも知れない。
「ヴォルフリック兄様、僕はお城でワルフリート兄様に言われたことをまだ気にしてるのですか?」
確か僕に踊り子の服を着せたいとかなんとか言っていたような?
ワルフリート兄様には、女顔の男の子を女装させる趣味があるのかな?
「僕は彼に言われたことを、もう気にしていません。
だから兄様も、彼のしたことを許してあげて下さい」
「そなたは本当に……人が良い。
私が傍についていなかったら、
あっという間に奴らの餌食にされていただろうな……」
兄様が額を押さえ深く息を吐いた。
今の言葉はどういう風に捉えたらいいんだろう?
「そんなことよりエアネスト。
大事な話がある」
「はい」
兄様が真剣な表情で僕を見た。今からとても大切な話をしようとしているのだとわかり、僕は姿勢を正した。
「エアネスト……そなたは生き物を殺した事があるか?
動物でも、人でも、なんでもいい。
血の出る生き物を傷つけた事はあるか?」
彼に問われ、僕は首を横に振った。
前世を含め、僕は生き物を傷つけたことがない。
理科の時間にカエルの解剖の実験はなかったし、家庭科の時間も生き物をさばく事はなかった。
「それでいい。
そなたに返り血は似合わない」
彼の顔は少し安堵しているように見えた。
「兄様?
今の質問の趣旨を教えて下さい」
彼はいったい僕に何を伝えたいのだろう?
「明日か明後日には、魔王城に乗り込むことになるだろう。
その際、魔王は私が斬る。
そなたは一切手を出すな」
兄様は厳しい表情をしてそう言った。
僕は、彼の言葉の意味をしばらく理解できなかった。
この世界のモンスターは宝石やお金でできている。
故に彼らを斬っても血は流れず、宝石やお金に変わるだけだ。
だけど魔王は違う。
魔王は僕たちと同じように生きている。
斬られたら血が流れる……そういう存在なのだ。
僕は愚かだ……。
僕はまだ、心のどこかでこの世界をゲームと同じだと思っていた。
ここは現実で、生き物を殺せば血が流れるのに……。
そんな当たり前の事を理解できていなかったなんて……。
ゲームでは魔王を倒しても血は流れなかった。
全年齢対象のゲームなので、血のグラフィックは用意されていなかったからだ。
魔王のHPが0になったら、ヒロインサイドに経験値が入りエンディングに突入した。
エンディングで、魔王の遺体が床に倒れていることはなく……彼は塵のように消えていた。
でもそれはゲームの世界だったからだ。
ここは現実の世界だ。
生き物を切ったら血が流れ、臓物が飛び散る。
例えこちらの戦いが有利に進んでも、相手だって死にものぐるいで襲いかかってくる。
恨みのこもった目で相手を睨みつけ、死に際に呪いの言葉を吐くこともあるだろう。
そんな光景に、僕は耐えられるだろうか?
僕は……なんの覚悟もなく魔王のいる島まで来てしまった。
自分の考えの甘さを思い知らされた。
「話はこれで終わりだ」
兄様が席を立とうとする。
「待って下さい、兄様!」
生き物を傷つけたことすらない僕に、人の姿に近い形をした魔王を殺すのは無理だ。
そんなことはわかってる。
相手は魔王、油断したらこちらが殺られる。
戦いに慣れていて覚悟が決まっている兄様が、魔王に止めをさしたほうがいい……そんなことはわかってる。
でも、彼は……兄様の……。
「ですが……魔王は兄様の……。
あなたの父親です」
僕は甘いのかもしれない。
例え相手が魔王でも、兄様に実の父を殺してほしくないと思っているのだから。
「やつは母を陵辱し、
祖父を殺した敵だ!
さらに国王の目の前で私の髪と瞳を黒く染め、
自らが父親と名乗り、
私が地下牢に閉じ込められる原因を作った!
そんな相手を親だと思える訳がないだろう!」
そう言った彼の目は、憎しみに満ちていた。
確かに国王の前で、髪と瞳の色を黒く染め牢屋に入れられる原因になった相手を親とは思えない。
一度しか会っていないのならなおさら。
だけど……それでも魔王は兄様の血縁者だ。
僕は彼に親殺しをさせたくない。
どうすればいい?
どうすれば兄様に親殺しをさせずに済む……?
答えはすぐに出た。
僕が……魔王を倒せばいいんだ。
鳥やねずみのような小動物すら傷つけたことのない僕に、魔王を殺せるのだろうか?
いや……出来るか、出来ないかじゃない。
兄様を守る為には、僕がやるしかないんだ。




