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45話「第二王子ティオ・2」ティオ視点




――ティオ視点――





僕は臆病で、いつも見て見ぬふりをしてきた。


兄が商人から賄賂を受け取っていることも、綺麗な女を見ると見境なく自分のものにしていることも、剣術の訓練と称して兵士をボコボコにして大けがを負わせていることも、全部知っていた。


知っていて見ないふりをしてきた。


それどころか兄に傷つけられた人達を、兄と一緒に彼らを嘲笑(ちょうしょう)する事もあった。


僕は臆病を言い訳に、いつも何かから逃げていた。


僕にはヴォルフリックを、城からひっそりと逃がすことも出来た。


彼が魔王の子供であったと知った時は僕も幼く、レーア様を傷つけた魔王の子供である彼をただただ憎んでいた。


だけど……成長するにつれて思うことがあった。


レーア様が魔王に傷物にされたあとも自害しなかったのも、アデリーノがヴォルフリックが魔王の子供と知りながらそれでも彼を庇うのにも、何か理由があるのではないかと。


レーア様への恩を考えれば、彼女の息子を助ける為に何か行動するべきなのではないかと思う時もあった……。


だけど……僕は怖くて……何も出来なかった。


僕には力がない。


何もできない。


だから仕方ない……そう自分に言い訳をしていた。


時々、地下牢に漆黒の悪魔や幽霊がいると噂になることがあった。


そういう話が出た時は、別の噂を流し上書きしていた。


ヴォルフリックを助ける為にしたことではない。


奴が地下牢で長い間苦しむ為にしたことだと言い訳をして……。


僕にはそれくらいの事しか出来なかったから。


ワルフリート兄上のように、単純に物事を考えられない。


エアネストのように純粋に真っすぐに生きられない。


兄の腰巾着をして、彼のすることを一緒になって笑って、兄の(ほこ)が僕に向かないようにしていた……卑怯で臆病でいくじなしで、最低の人間だ。


そんな自分に嫌気がさし、一晩中胃の中のものを吐いた事もあった。


自分で自分を傷つけたこともあった。


だが……それで心が晴れることはなかった。





◇◇◇◇◇◇




そんなある日、ヴォルフリックが城の中を歩いているという情報が入った。


兄と一緒に謁見の間に行くと、そこには昔と変わらず銀色の髪と紫の目をしたヴォルフリックがいた。


理由はわからないが、彼の髪は元の色に戻ったようだ。


その代わり、エアネストの髪が濃い茶色と灰色に変化していた。


僕がその時感じたのは……安堵と不安だった。


ヴォルフリックの髪と瞳の色が元に戻ったので、今後彼が魔王の子だと言われることはないだろう。


不安は……エアネストが金色の髪と瞳を失ったことで、兄のワルフリートが王太子に一番近くなってしまったこと。


僕は、プラチナブロンドとサファイアブルーの瞳を持つエアネストか、彼と同じ髪と瞳の色を持つソフィアが王配を貰い王位を継ぐと考えていた。


だがソフィアは隣国に嫁ぎ、エアネストはプラチナブロンドの髪と瑠璃色の瞳を失った。


ヴォルフリックは、父の血を引いていない。


となると……王位を継ぐのは第一王子である兄か、第二王子である僕か。


第一王子で最年長の彼を王太子にと推す声は少なくない。その殆どは、母の親族だ。


彼は単純な性格なので、祀り上げ傀儡にするのに丁度よいのだろう。


だが、兄は王に向いている性格とは言えない。


彼が王位を継げば、甘い言葉を囁く奸臣を登用し、民から税を搾り取り、贅沢三昧な生活を送り、人々を暴力で支配しようとするだろう。


そうなれば、国民が疲弊することが目に見えている。


それでも僕は父が成功報酬として立太子を約束し、兄に魔王を倒させようとしている旅に一緒に行った。


理由は二つある。


一つは、魔王への恨みをはらすため。


奴はレーア様を傷物にした張本人だ。許すことはできない。


もう一つは、心のどこかで兄が改心することを信じたからだ。


彼が魔王討伐を引き受けたのは立太子する為だけではなく、彼の中に悪を憎み弱き民を助ける正義の心が少しでも残っていることを期待したからだ。


彼の性格が歪んだのは周りの大人のせいでもある。


兄が幼い時、周りは「時期、王太子はワルフリート殿下だ!」と勝手に彼に期待し、甘い汁を吸おうと彼をちやほやした。


ヴォルフリックやエアネストが生まれ、彼らが父の寵愛を受けたら、彼らこそが王太子に相応しいと祀り上げ母の親族以外の重臣は兄を見捨てた。


彼が傲慢で人を見下し歯向かう者には容赦しない性格になったのは、幼少期のトラウマのせいでもある。


きっと、彼の中にも正義の心はあると……僕は愚かにもそう信じていた。



◇◇◇◇◇◇




だがこの惨状をどう捉えたらよいのだろう……?


魔王討伐の旅に出た兄は、わざわざ街道から外れた小さな村に立ち寄って回った。


「魔王討伐の旅に第一王子である俺自ら出向いている!

 それなりのもてなしをして当然だろう!」


と言って村人から金銭を搾取し、嫁入り前の若い娘を己の傍においた。


そして……自分の言うことを聞かない人間には容赦なく暴力を振るった。


そして……魔王城に一番近い村に立ち寄った。


この村の惨状は今までの村の比ではない。


今……僕の目の前で、一組の親子が泣いている。


しわがれた声でなく老夫婦。


彼らの息子は、兄の行いを咎めたことで、兄に二度と剣を握れなくなるほど痛めつけられた。


彼はこの村で一番の戦士で、翌月には祝言を控えていた。


若者の婚約者は、村長の家で開かれている宴会で兄の給餌をさせられている。


兄はこの村に着くとすぐに、若者の婚約者に目をつけ自分の傍に仕えるように命じた。


若者はそれを拒否し、兄に斬られたのだ。


相手は王族。


兄に楯突けば、こんな村などあっという間に滅ぼされる。


村人もその事を十分に承知している。


彼らに出来るのは、苦しみや、怒りを押し殺して、ただ泣くことだけだ。


僕は兄に若者を再起不能にした理由を尋ねた。


「奴は、ヴォルフリックみたいに反抗的で生意気な目をしていた。

 だからムカつくから斬ってやった。

 男の目の前で、婚約者にキスしてやった時は傑作だったな! 

 今年見た誰よりも笑える顔をしてたぜ!」


彼は悪びれた様子もなく、そう笑いながら答えた。


そんな理由で、未来ある若者を傷つけたのか?


その婚約者を傷物にしたというのか?


僕は……こんな人間を王にしようとしていたのか? 


兄は王に向いてない。


いや絶対に王にしてはいけない人間だ。


母親を同じくする兄弟はワルフリートだけだった。


だから、僕の中で兄に対する評価が甘くなっていたのだろう。


もう僕は彼を王太子には推薦しない。


それでも、僕が旅を止めないのは魔王だけはどうしても討伐したいからだ。


ここは魔王城に一番近い村。


今さら王都に引き返すことはできない。


今まで僕は、兄が傷つけた人達に慰謝料と称して少額のお金を払ってきた。


だけど……目の前の親子は僕がお金を払っても受け取らないだろう。


魔王を討伐したら、次は王位継承権問題が持ち上がるだろう。


兄を王太子にしてはいけない。


この村の惨状を繰り返してはいけない。


僕は倒れている若者に回復魔法をかけた。


僕も一応光属性の魔力を持っているが、その魔力はソフィアのように強くはない。


ソフィアなら、彼の傷を全回復させられるだろうが……僕にはそんな力はない。


だから僕の回復魔法は気休め程度にしかならない。 


それでも何もせずにはいられなかった。


「慰謝料だ。少ないが受け取ってほしい」


「殿下、息子に回復魔法をかけていただいたことには感謝いたします。

 しかし、そのお金を受け取ることはできません。

 わしらはそんなものがほしかった訳ではないのです……!」


老夫婦は悔しそうにそう言った。


「そうだろうな。

 あなた方はこんなものは望まないと思っていた。

 もしも……あなた方にその気があるのなら、これを王都にいる陛下に届けなさい」


僕が老夫婦に渡したのは、兄が立ち寄った村々で犯した悪事を記したものだった。


その他にも、彼の今まで犯してきた悪事を詳細に記してある。


僕は実の兄を切り捨てた。


兄の今までの不正が暴かれれば、彼の行為を見て見ぬふりをしてきた僕にも罪が及ぶだろう。


だが、それで良い。


僕は王に向いていない。


卑怯で臆病な僕は、人の上に立つのには向いていないのだ。


それは自分が一番わかっている。


第一王子のワルフリートと、第二王子の僕は罪を犯したので立太子できないだろう。


第三王子のヴォルフリックは王家の血を引いていない。


彼が精霊の血を引いていようが、彼が立太子することはないだろう。


第四王子であるエアネスト、彼には過失はない。


だが、彼は金色の髪と瑠璃色の瞳と共に魔力を失った。


魔力を持たない彼が立太子するのは難かしいだろう。


第三王妃ルイーサ様が第二子を産むと意気込んでいるが、望みは薄いだろう。


父の子で王位を継げるものはいなくなった。


いとこのソフィアは、父の妹の子だ。


彼女が第二子を産んだら、その子を養子として迎え入れるのが妥当だろう。


ここは魔王城に一番近い最果ての村。


明日、魔王城に向けてこの村を立つ。


レーア様を傷つけた魔王は僕が必ず倒す!


あんな兄だが、それまでは生きていてもらわないと困る。


僕一人では、魔王の元まで辿り着くのは困難だから。


ただ……一つ気がかりなことがある。


レーア様の遺品のオルゴールのことだ。


縁起でもないからこんな事は考えたくはないが……。


僕が帰らなかったら、オルゴールをヴォルフリックに届けるように、アデリーノに頼んでおけばよかった。


レーア様が僕に読んで下さった絵本はもうこの世にはない。


絵本の内容を知っているのは僕だけだ。


絵本の内容を鮮明に覚えている間に、紙に記しておけば良かった。


そんな後悔ばかりが浮かんできた。





読んで下さりありがとうございます。

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