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44話「第二王子ティオ・1」ティオ視点





――ティオ視点――





僕の実母アンナは第一王妃だった。


彼女には二つ上の兄のワルフリートと、僕という二人の息子がいた。


彼女が亡くなったのは僕が二歳の時だ。


だから僕には実母の記憶がほとんどない。


それから、僕には腹違いの弟が二人いる。


第二王妃レーア様の子のヴォルフリックと、第三王妃ルイーサの子のエアネストだ。


ワルフリートはヴォルフリックや、エアネストが生まれるまでは、王太子として期待されていた。


彼がわがままで横柄な性格になったのは、その頃ちやほやされた名残だ。


人間とは残酷だ……いっときは王太子候補とし、期待して、崇めていた者を、他にもっと有力な候補が現れたらあっさりと見捨てるのだから。


ワルフリートが、ヴォルフリックとエアネストに辛く当たるのはその為だ。


最も彼も馬鹿ではないので、彼らが王太子の有力候補として国王の寵愛をうけていたときは、彼らに上手におべっかを使っていた。


僕は次男で大した魔力も持たず、期待するものもいなかった。


だから、世の中を斜めに見るようになり、皮肉屋の性格になった。




◇◇◇◇◇



少し僕の昔の話をしよう。


実母が亡くなった翌年、父が新しく王妃を迎えた。


兄には実母との思い出がある。


だがら彼は、継母であるレーア様には懐かなかった。


兄にとって、王妃は亡き実母の一人だけだった。


実母との思い出がある兄は、新しい母親になじめなかった。


だが僕には生みの母の記憶がほとんどない。


だから僕には、第二王妃であるレーア様が、実母よりも思い入れが深い存在だった。


僕は彼女を実の母親のように慕っていた。


レーア様の父は精霊だったので、彼女も銀色の髪と紫の目を持っていた。


僕の母はトエニ公爵家出身だった。


なので母方の親族は、男爵家の出身なのに王の寵愛を受けるレーア様を快く思っておらず、よく難癖をつけていた。


だけど、どんな嫌がらせをされても、レーア様は気丈に振る舞っていた。


レーア様は僕の母方の親族から嫌がらせを受けていたのに、僕や兄の事を、実の息子のように可愛がってくれた。


彼女はとても懐の広い人だったと思う。


僕はそんなレーア様が大好きだった。


ワルフリートには最後まで、レーア様の真心が伝わることなく、彼は最後まで彼女に懐くことはなかったが……。


レーア様と共に過ごした最初の半年は、とても楽しい時間だった。


僕の人生で、最高の期間だと言っても過言ではない。


レーア様は毎晩、僕を寝かしつけるためにオルゴールを聞かせてくれた。


そしてオルゴールが止まるまでの間、おとぎ話を読んでくれた。


それは、魔王に攫われたお姫様を、助け出す為に王子様が旅に出る冒険活劇だった。


レーア様は、もし自分に子供が生まれたら、寝る前に読み聞かせをしてあげたいと思っていたのだろう。


しかし、彼女はヴォルフリックを産んですぐに亡くなってしまったため、その願いは叶わなかった。


あの夜も……レーア様は僕の部屋を訪れ、オルゴールを聴かせてくれて、おとぎ話を読んでくれた。


なんの変哲もない、普通の夜だった。


変わったことといえば、その日はレーア様が僕の部屋にオルゴールを置いていってしまったことぐらいだ。


翌朝、僕はオルゴールを返そうと、レーア様の部屋を訪れた。


だが、彼女には会えなかった。


レーア様付きの侍女に「ティオ殿下、申し訳ございません。王妃様はご気分が優れないため、どなたにもお会いになれません」と言われ追い返されてしまった。


その時僕は、レーア様が風邪をひいたのだと思った。


だから、彼女の部屋に入れないのだと思っていた。


お花やお菓子を持って、レーア様のお見舞いに行こう。


いつか彼女の体調が良くなったら、庭の花を見に行こう。


……幼い僕は、レーア様の変化に気づかずのんきにそんなことを考えていた。


その後レーア様の体調が回復することはなかった。


次に会ったとき、レーア様の顔から微笑みが消えていた。


花がほころぶように笑う、レーア様はそこにはいなかった。


彼女はやつれ、何かに怯えるようになっていた。


ちょうどその頃、レーア様が懐妊したことがわかった。


周りの大人たちは彼女の変化について、

「王室に嫁いだストレスのせいだろう」

「初めての妊娠で戸惑っているのだろう」

と話していた。


幼い僕はその話を真に受けてしまった。


僕は愚かにも、レーア様が笑顔をなくされたのは、彼女のお腹の中にいる子供のせいだと思い込んだ。


彼女の実子に対して、嫉妬心があったのかもしれない。


レーア様に子供が生まれたら、義理の息子である僕は、彼女にかわいがってもらえない。


きっと彼女に捨てられてしまう……そんな不安もあったのだろう。


そんなわけで僕は、ヴォルフリックのことが生まれる前から嫌いだった。


それから……月日が流れ、レーア様はヴォルフリックを産んですぐ亡くなった。


そして僕は、王宮の使用人が「レーア様は赤子を産んだせいで亡くなったのだ」と話しているのを聞いた。


レーア様を殺したのはヴォルフリックだ……!


僕は周囲の大人の話を信じ、彼を恨んだ。


今思うと、彼を憎むことで、レーア様を失った悲しみを乗り越えようとしていたのかもしれない。


ヴォルフリックは、レーア様が命と引き換えにしてでも生みたかった存在なのに。


そう思うには……当時の僕は幼すぎた。


ヴォルフリックは、生まれながらに銀色の髪と紫の目を持っていた。


だから彼は、生まれたときから周りから期待され、ちやほやされて育った。


レーア様を殺して生まれたくせに……僕はちやほやされる彼をますます嫌いになった。


だから僕は、レーア様の形見のオルゴールをヴォルフリックに返せずにいた。


レーア様はオルゴールの音色も、おとぎ話も、本当は実の息子であるヴォルフリックに聞かせたかったはずなのに。


そんな気持ちを隠して弟に優しくできるほど、僕には余裕がなかった。


そんな訳で彼女のオルゴールはずっと、僕の部屋に残ることになった。


レーア様が亡くなったあと、僕は彼女の部屋に行き彼女が読み聞かせてくれた絵本を探した。


本棚はもちろん、タンスの奥や、ベッドの下も探した。


だけど絵本はとうとう見つからなかった。




◇◇◇◇◇




レーア様が亡くなって二年が経過した。


父は新しい王妃を迎えた。


ルイーサ様は、下位の貴族出身でありながら、金色の髪と水色の目を持っていた。


彼女は髪と瞳の希少性と生まれつきの美貌により、第三王妃に選ばれた。


ルイーサ様も兄と僕を可愛がってくださった。


だがそんな彼女の優しさには違和感があり、僕は彼女にはなつけなかった。


ルイーサ様は輿入れから二年後、赤子を産んだ。


彼女が生んだのは、美しい金色の髪と深い青い目を持つ愛らしい顔の男の子だった。


ルイーサ様は生まれた赤子が、プラチナブロンドに瑠璃色の瞳を持っていると知り、喜んでいた。


彼女は赤子を産むと、兄と僕に冷たく接するようになった。


彼女が兄と僕に優しくしてくれたのには裏があったのだと、このとき知った。


ルイーサ様はご自身に子供が生まれなかった場合を考え、王位継承権を持つ僕たちに取り入ろうとしていたのだ。


自分の子供が僕達よりも輝く金髪と濃いブルーの目を持って生まれてきたと知るや否や、僕達への態度をコロッと変えた。


ここまでわかりやすく豹変されると、いっそ清々しい。


そんなわけで僕は、ルイーサ様を母親とは思えなかった。


僕にとって母と呼べる存在は、亡きレーア様だけだった。


彼女の遺品のオルゴールは、ヴォルフリックに返せずにいた。




◇◇◇◇◇



ヴォルフリックが九歳の時、事件が起きた。


ある日忽然と、彼の姿が城から消えたのだ。


父は彼がいなくなった理由について、「ヴォルフリックが急病に犯された。他の者に病気が移らぬように、奴を塔に隔離したと」僕たちにそう説明した。


単純な兄と、幼いエアネストは父の言葉を素直に信じたようだ。


ルイーサ様は王位継承権を持つ者が一人消えたことがよほど嬉しかったのか、彼が隔離されたと知り、ニコニコと笑っていた。


基本あの人は、エアネストが……いやエアネストを産んだ自分が一番可愛いのだ。


僕はヴォルフリックを塔に隔離したという、説明に納得がいかなかった。


父はつい先日まで、彼に期待をかけ、彼を可愛がっていた。


それが……彼を塔に隔離したと言った日以降、彼への関心を失い、彼の話を一切しなくなったのだ。


僕がそんな父に不信感を抱くのは、ある意味当然といえる。


もし本当にヴォルフリックが病気にかかったのなら、父は国一番の医者を呼び、診察させたはずだ。


だが彼が幽閉された日、宮殿の医師に取り分けて目立った動きはなかった。


外部から医者を呼んだ様子もない。


ヴォルフリックが隔離されているという塔に、医者はおろか、食事を運ぶメイドが出入りする様子もない。


彼付きの執事だった アデリーノは塔ではなく、城にいて父に仕えている。


アデリーノの忠誠心を考えると、それは不自然な行動に思えた。


彼ならヴォルフリックの看病の為に、塔に住み込むぐらいしても不思議はないのに。

 

ヴォルフリックは本当に塔に幽閉されているのだろうか?


僕の中にそんな疑念が湧いた。


疑問はたくさんあるのに、点と点が上手く繋がらない。


父はレーア様が亡くなった後も、彼女の部屋をそのままにしていた。


彼女が使っていた家具も、服も、小物も、アクセサリーも、大事にしていた。


ヴォルフリックが塔に隔離された数日後、父はそれまで大切に保管していたレーア様の遺品を、全て燃やしてしまったのだ。


そして、ヴォルフリックの部屋にあったものも全部焼却した。


僕は「なぜそんなことをするのか?」と父に尋ねた。


レーア様の遺品は僕にとっても大切なものだった。


彼女の部屋に入ると、レーア様がまだ生きているような暖かい気持ちになった。


その彼女の遺品を、父に全部燃やされてしまった。


「ヴォルフリックは病気だ。奴が使っていた物から、他の者に病が感染しないようにヴォルフリックの私物は全て燃やした」


父が冷淡な口調でそう説明した。


なぜレーア様の遺品まで燃やしたのか、その説明は一切なかった。


僕には父が、レーア様とヴォルフリックが城にいた痕跡を消したがってるように思えた。


レーア様の形見は、僕が返せなかったオルゴールだけになってしまった。




◇◇◇◇◇




それからしばらくして、僕は父とアデリーノの会話を偶然聞いてしまった。


「やはり、ヴォルフリックは生かしてはおけん!

 奴は禍々しい魔族の血を引く恐ろしい子だ!

 今のうちに殺しておかねば!」


「陛下、落ち着いて下さい。

 ヴォルフリック殿下は魔族だけでなく、精霊の血を引いている精霊の神子でございます。

 安易にお命を奪ってはなりません。

 そのようなことをすれば精霊の祟があるやもしれません」 


「忌々しい!

 漆黒の髪と目を持つ魔王の子を殺すことも出来ないというのか!

 奴のいる地下牢ごと燃やしてしまいたいというのに……!」


二人の話を聞いて知った。


ヴォルフリックは父とレーア様の子ではない。


魔王とレーア様の間に生まれた子だと……。


理由はわからないが、彼は今、黒い髪と瞳をしていること。


父はその事を隠すために、ヴォルフリックが病気に犯された為に塔に隔離したと偽り、彼を地下牢に閉じ込めた。


なぜ、レーア様は父を裏切って魔王と通じたのだろう?


レーア様は清らかな精神の持ち主だった。


彼女が自ら進んで、父に不義理を働いたとは思えない。


僕はレーア様が亡くなる前のことを思い出した。


彼女はある朝急に体調を崩した。


その日以降レーア様から笑顔が消えた。


そして、彼女が妊娠していることがわかった。


レーア様が僕の部屋にオルゴールを忘れていったあの日……彼女の身に何かあったとしか考えられない。


彼女は自ら不貞を働くような方ではない。


恐らく、魔王がレーア様を無理やり……!


その答えに辿り着いたとき、魔王に対する怒りが湧いた。


純粋で可憐で優しかったレーア様の笑顔を奪った、魔王が憎くて憎くてたまらなかった。


その子供であるヴォルフリックのことも……。


僕には、ヴォルフリックが魔王の子だと噂を広めることもできた。


魔王の子供が、地下牢にいることがわかれば、人々は彼を生かしてはおかないだろう。


だけど彼を追い詰めることは……同時に大恩あるレーア様が魔王に傷物にされた事を、世間に好評することでもあった。


僕にはそんな死体蹴りのような真似は出来なかった。


だけど……ヴォルフリックを助ける為に行動する気にもなれなかった。


だから……僕は、全てを胸の内にしまうことにした。


アデリーノが時々、城の外れにある建物にチョコレートを持っていくことも知っていた。


彼が、地下室に剣を隠していて、大事そうに手入れしているのも知っていた。


ヴォルフリックがどこにいるのか、それが誰の為の剣なのかすぐにわかった。


だけど、誰にも伝えなかった。


僕に出来ることは、ヴォルフリックに纏わるあらゆることを、何も見ないで、聞かないでいることだと思ったから。




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