33話「つかの間の休息とサンドイッチ」
「はぁ……」
馬車に揺られながら、僕は深く息を吐いた。
「どうした、エアネスト?」
兄様が心配そうに僕の顔をのぞき込む。
「人々に崇められることに慣れてなくて……。
気恥ずかしいし……むず痒いし……。
なんかどっと疲れが出ました」
農民たちに精霊の愛し子と崇められ、気疲れしてしまった。
「確かに、あれは気持ちの良いものではないな。
どこに行っても精霊の神子と言われ、人々に拝まれる私の気持ちがわかったか?」
兄様が苦笑を浮かべる。
彼の祖父は水の精霊であるラグ様。
兄様はラグ様譲りの銀色の髪に、紫の目の持ち主。
なので彼はどこに行っても人々の注目と崇拝の対象。
見ず知らずの人に突然拝まれるのは辛いよね。
僕も今回の件でそれがよくわかった。
「はい。兄様も苦労なさっているのですね」
兄様が僕の頭をポンポンと撫でた。
「だが皆の気持ちも汲んでやらねばならん。
皆、そなたに感謝しているのだ」
「はい」
それはわかっているのだが、跪かれ、拝まれると、こそばゆい気持ちになってしまう。
「ですが、こういうことには慣れてなくて……」
「慣れなくていい。
初々しいのがそなたのよいところだ」
兄様が僕の額にキスを落とした。
僕はくすぐったくて目を閉じてしまう。
彼のキスが額や瞼や頬に落ちてくる。
兄様の唇が僕の唇に触れる。
触れるだけのキスは、深いものへと変わっていく。
その時「ぐ〜〜!」と音を立て、僕のお腹が盛大に鳴った。
このタイミングで鳴るかなぁ……!
羞恥で僕の顔に熱が集まる。
「そなたは腹の虫の音まで可愛いな」
「もう、兄様。
からかわないでください」
「耳まで赤く染めて、そなたは愛らしいな」
兄様はキスを止め、僕の髪を撫でた。
「死の荒野の異変が民に害を成すものではないとわかり、
ホッとしたらお腹が空いてしまって……」
そういえば昨日のお昼以降、何も食べてなかった。
「そなたを飢えさせる訳にはいかぬ。
食事にしよう」
「はい、兄様」
僕がバスケットを開けると、中にはチョコチップクッキーと、シナモンが香るマフィンと、ハムやチーズやレタスを挟んだサンドイッチと、りんごなどのフルーツを一口大に切ったものが入っていた。
紅茶を入れた水筒と、ティーカップも入ってる。
「うわぁ、凄く美味しそう!」
どれから食べようかな?
さくさくのクッキー?
ふわふわのマフィン?
シャキシャキとした食感のりんご?
でも、やっぱりここは……。
「そなたはどんな表情もキュートで愛おしい」
お弁当ではしゃぐなんて子供っぽかったかな?
「私がそなたに食べさせてやろう」
兄様の長い指がサンドイッチに触れた。
流石兄様、僕が今食べたいものをわかっていらっしゃる。
兄様がサンドイッチを手に取り、僕の口に運んでくれた。
美味し〜〜い!
新鮮なレタスときゅうりのシャキシャキとした食感と、ハムの食感が丁度いいバランスだ。
さらに、濃厚なチーズの口どけが絶妙な調和を生み出している。
まさに絶品!
「美味いか?」
「はい、とっても」
僕が笑顔で返すと「そうか、そなたの幸せそうな顔が見れて私も嬉しい」兄様はふわりと微笑んだ。
サンドイッチを美味しく感じたのは、兄様が食べさせてくれたからというのもある。
僕はあっという間に、サンドイッチを一つ平らげてしまった。
「そなたはパクパク食べる姿が、リスのようで可愛いな」
これは褒められてるんだよね?
「ヴォルフリック兄様も、何か召し上がりますか?」
「ああ、マフィンを貰おう」
兄様、意外と甘党なんだな。
「では今度は僕が食べさせてあげます」
僕はバスケットからマフィンを取り出し、一口大にちぎった。
「兄様、あ〜んして下さい」
兄様が少し照れくさそうに、口を開ける。
僕は彼の口にマフィンを放り込んだ。
「美味しいですか?」
「今まで食べたどのマフィンより美味だった!」
彼にそこまで言わせるなんて、シュタイン邸のパティシエは料理上手なのかな?
「エアネスト、マフィンが美味しく感じたのは、そなたが食べさせてくれたからだ」
そう言って兄様は僕の手を取り、手の甲に口づけを落とした。
もう………! 兄様はそういうキザなことをすぐやりたがるんだから……。
僕の心臓がバクバクと音を立てている。
兄様は顔がめちゃくちゃ整ってるんだから、少しは自重して下さい。
そういうのは女性を口説くときにすることです!
弟を口説いてどうするんですか!?
◇◇◇◇◇◇
そんな感じでお互いにご飯を食べさせあっているうちに、馬車は精霊の森に到着した。
外出先では歯磨き出来ないので、兄様が体を清潔に保つ魔法をかけてくれた。
精霊様に会いに行くのだから、身綺麗にしておかないとね。
「では、行ってまいります。兄様」
「エアネスト、気を付けてな」
「ハンクとルーカスは、馬車で待機していてね」
「お帰りをお待ちしております、閣下」
「行ってらっしゃいませ、閣下」
本当は兄様と一緒に精霊様に会いに行きたかった。
だけど……兄様は、昨日精霊の森で弾かれている。
そんな彼に、精霊の森に再チャレンジさせるのは辛い。
なので、兄様には森の外で待機してもらうことにした。
「エアネスト……!」
森に入ろうとする僕を兄様が呼び止める。
「どうしたのですか兄様?」
僕が振り返ると、彼に抱き寄せられた。
「兄様……!?」
ハンクとルーカスが見てる前なのに……!
不意打ちで抱きしめられるのは恥ずかしいよ……!
「精霊の森に危険はないと思うが、それでも気を付けるのだぞ」
「はい」
「それから……」
兄様は相変わらず過保護だ。
「そなたが何と言おうと……。
いかなる緊急事態が起ころうと、
誰かが部屋のドアを激しくノックしようと、
今宵は全て無視する」
「はい……?」
兄様は何が言いたいのかな?
「今宵は何があってもそなたと共寝する。
心の準備をしておくように」
低音のイケボで耳元で囁かれ、僕は背筋がゾクゾクとした。
見上げると、兄様と視線が合った。
彼はいつも綺麗だけど、今日は妖しいほど艶っぽくて……思わず見惚れてしまった。
兄様が射抜くような強い視線で僕を見つめてくる。
そんなふうに見られると、心臓が苦しくなっちゃうよ……。
「はい、兄様」
きっと兄様は、「今夜は誰にも邪魔されず熟睡したい」と言いたかったんだよね?
このところ色々あって、兄様は食事も睡眠も満足に取れていなかった。
共寝がしたいと強調したのは、きっと僕が無理して倒れないように、僕にも夜はゆっくりと休んでほしかったからだよね?
だからあんな事を言ったんだよね?
共寝って、一緒のベッドで寝ること、つまりは添い寝と同じ意味だよね?
でも……本当にそうなのかな……?
他に別の意味があるのかな……?
よくわからないや……。
こういうとき、前世だったらスマホで共寝の意味を検索出来たのにな。
後で辞書で調べてみようかな?
それとも誰かに尋ねた方がいいのかな?
それよりも、今は精霊様に会いに行くのが先だ。
精霊様に会いたい、新しく出来た森へ感謝を伝えたい、出来れば新しく出来た森の使用許可がほしい。
そういう思いに集中しないと、精霊様の元に辿り着けないかもしれない。
僕は兄様と別れ、精霊の森に入った。
振り返ると、兄様が笑顔で手を振っていた。
彼の笑顔がいつにもまして妖美すぎて、僕の心臓がドキドキと煩いくらい音を立てていた。
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