30話「死の荒野《トート・ハイデ》。人間を寄せ付けない不毛の地」
あのあと、僕らは馬車に乗り、死の荒野に向かった。
死の荒野に着いた時、太陽は完全に山の影に隠れていた。
それでも日が暮れてから三十分は、人を識別出来るぐらいの明るさがある。
僕はハンクとルーカスに、死の荒野の中心に近い場所に馬車を止めるようにお願いした。
ルーカスは「閣下、死の荒野の中心になどいかずともよいではありませんか。入口に白樺の枝を埋めて帰りましょうよ……」と泣きべそをかいていた。
ごめんねルーカス。
後で特別手当を出すから、もう少しだけ手伝って。
◇◇◇◇◇
馬車は死の荒野の中心と思われる場所で止まった。
見渡す限り荒野なので、どこが中心なのか僕にはよくわからない。
でも死の荒野の奥まで来たことはわかる。
兄様は先に馬車を降り、襲ってきたモンスターを討伐している。
僕はカールと共に、後から馬車を降りた。
カールとルーカスが、護衛として僕の傍にいてくれる。
ハンクはいつでも馬車を出せるように、御者席に待機している。
「つぁっ…!!」
という掛け声と共に兄様がモンスターを、一刀両断にした。
兄様に斬られた牛のようなモンスターは、古い銅貨に変わった。
ここはゲームを元にした世界だから、モンスターを斬っても血は流れない。
その代わり倒されたモンスターは、お金や宝石に変わる。
魔王が闇の力でお金や宝石をモンスターに変え、操っているのだ。
だから彼らを倒すと、お金や宝石に戻る。
強いモンスターを倒すほど、得られるお金も経験値も増える。
この世界には、モンスターを倒すのを生業にしている、冒険者という職もある。
冒険者はモンスターを倒してお金と経験値が得られる。
モンスターが減少すれば農地が荒らされたり、町の人が襲われる件数も減る。
冒険者と町の人は win-win の関係なのだ。
だけどシュタイン侯爵領の死の荒野を訪れる冒険者はいない。
冒険者がこの地を訪れない理由は三つある。
一つ目は、荒野では飲み水の確保がむずかしいこと。
二つ目は、北に位置するこの地では、冬季に旅をすると凍死する危険があること。
そして三つ目が、モンスターがそこそこ強いわりに、得られるお金と経験値が極端に少ないことだ。
死の荒野に出現するモンスターは強い上に、毒や麻痺や眠りなど厄介な攻撃スキルを持っている。
たかが古い銅貨一枚か二枚の為に、危険を犯して死の荒野にやって来る冒険者はいない。
皆無と言って過言ではない。
僕が前世でゲームをプレイしていた時も、死の荒野にはほとんど行かなかった。
死の荒野に好んで行くプレイヤーは、討伐モンスターをコンプリートしたいマニアぐらいだ。
死の荒野に、レアなアイテムを落とすモンスターが一体でもいればいいんだけど……ここには、そういったモンスターも存在しない。
シュタイン侯爵領は貧しく、冒険者を雇う金も、自警団を組織する力もない。
なので死の荒野は、冒険者によるモンスターの間引きが行われず、数年に一度スタンピードが起きていた。
民が安全に暮らせるためにも、この死の荒野のモンスターをなんとかするのが、侯爵としての僕の使命だ!
僕達人間にとって死の荒野に巣食うモンスターは、とても厄介な存在だ。
しかし魔王的には、古い銅貨一枚でそんな厄介なモンスターを生み出せたのだから、モンスターガチャの当たりを引いたと言える。
しかし、ここは元々はゲームの世界だ。
そんなお金にも経験値にもならない厄介なモンスターが、世界中にはびこっていたら……プレイヤーがコントローラーを投げる。
各サイトのゲームのレビューは最低、ゲームの価格は暴落……、各ゲームショップは在庫の山を抱え、次からその制作会社で販売するゲームはショップに置いてもらえなくなる。
……そうなったら制作会社が泣く……。
ということで、魔王的にはモンスターガチャSSRのモンスター達は、制作会社的に「外れ」とみなされ、死の荒野に押し込められたのだ。
◇◇◇◇◇
兄様が襲いくるモンスターを水魔法や風魔法を駆使して倒し、残りのモンスターをバスタードソードで切り裂いていく。
地面には彼に倒され、銅貨と化したモンスターの残骸が転がっている。
はぁぁぁぁ!!
兄様、素敵……!!
以前街道で山賊に襲われた時、僕は馬車の中にいたから、彼の勇姿を見ていないんだよね。
今度は兄様の勇姿を、しっかりと心のカメラで撮影しておかないと……!
それにしても……バスタードソードを振るう兄様は絵になるなぁ!!
かっこいいなぁ……!
「閣下、うっとりされているところと言いにくいのですが……。
閣下の用事はまだ終わらないのですか?」
僕は兄様の勇ましい姿を眺め惚けていた。
ルーカスに急かされてしまった。
彼の顔を見ると、青い顔で涙を流していた。
よく見ると、彼の体はカタカタと音を立てて震えていた。
ここは夜の死の荒野、彼が震えるのも無理はない。
誰もこんな物騒なところに、長居したいとは思えないよね。
僕は兄様の勇姿に見惚れて、ここに来た目的を喪失していた。
「ごめんなさい。
今やりますね」
僕が何も始めてもいなかったことを知ったルーカスが、がっくりと肩を落とした。
僕は精霊様からもらった白樺の枝を、
シュタイン侯爵領が豊かな土地になるように、
民が安心して暮らせる地になるように願い、
乾いた大地に突き刺した。
僕の目の前には、荒野にひっそりと刺さった小さな白樺の枝がある。
だけどその枝からは、千年この地に根ざした大木のような…………そんな偉大なパワーを感じた。
ここに来るまでは、白樺の枝を死の荒野に残して、その場を離れて大丈夫なのか不安だった。
いくら精霊様からもらった物とはいえ、
こんなか細い枝など、
モンスターに簡単に踏み潰されてしまう……そう思っていた。
でも白樺の枝からは神聖なオーラを感じる。
これだけのオーラを放っている。
枝をこのまま放置して帰っても問題ないだろう。
「終わりました。
帰りましょう、カール、ルーカス」
僕の言葉を聞いたルーカスが、「やっと……やっと、家に帰れるのですね……!」といって号泣した。
ごめんね、ルーカス。怖い思いをさせて。
「兄様、終わりました。
帰りましょう」
兄様は、猪の姿に似た異形のモンスターを倒したところだった。
「わかった。
今行く」
兄様が剣を鞘に収め、こちらに近づいてくる。
今日は色んな事があった。
屋敷に帰ったらゆっくりとお風呂に入りたいな。
それから……兄様と添い寝したいなぁ。
◇◇◇◇◇
僕らは死の荒野を後にした。
どうかあの枝がすくすくと育ちますように……僕は馬車の中でそう祈った。
馬車の振動が心地よい。
僕は兄様の肩に、自分の頭を乗せていた。
兄様の肩枕……心地よいかも。
カールが見てるけど……もういいや。
まぶたが凄く重い……。
僕は……そのまま意識を手放した。




