29話「授かったのは|B《べオーク》のルーン文字」
帰りは迷わずに森を抜け、馬車まで帰れた。
まるで森の木々が「こっちだよ」と、道を教えてくれてるようだった。
不思議な体験だった。
僕の手の中に精霊様からもらった白樺の枝がなかったら、夢だと思ったかも知れない。
「エアネスト……!」
僕が森の外に出ると、ヴォルフリック兄様がこちらにかけてきた。
「ヴォルフリック兄様……!
ご心配をおかけして……」
兄様は僕の言葉が終わる前に、僕のことを抱きしめた。
彼に痛いくらい強く抱きしめられた。
「兄様……?」
「心配したのだぞ!
一人で突っ走るな!」
兄様に気をもませてしまった。
「ごめんなさい」
僕は素直に謝った。
「兄様が後ろからついて来てくださると思って……。
でも振り返ったら誰もいなくて……」
兄様とはぐれてしまうとわかっていたら、彼と手を繋いで森に入ったのに。
「すまない。
私もそなたを追いかけようとしたのだが……森に、入れなかった」
兄様は悲しそうな目をしてそう言った。
「えっ?」
「私が森に入ろうとしたとき……結界のようなものに弾かれた」
「そんなことって……」
兄様は精霊の血を引いているのに、精霊の森に弾かれるなんてある?
「魔王の血を引く私は、神聖な森にふさわしくないということらしい」
そう言った兄様はとても苦しそうだった。
「兄様……」
精霊の森が彼を拒否したなんて思いたくない。
森が兄様を拒否したんじゃないなら、彼を拒絶したのは精霊様……?
僕や農民のことも許してくれたし、白樺の枝も授けてくれたし……優しそうな方だと思ったのになぁ。
精霊様にも何か事情があるのかな?
「あの、兄様……僕、先ほど森の中で……」
森で精霊様に会ったことを彼に伝えた方がいいかな?
もしかしたらあの方が、兄様のお祖父様のラグ様かもしれないし。
「エアネスト閣下、お戻りでしたか!」
「閣下、探しましたよ!」
「ご無事で良かった!」
その時精霊の森から、家令のカールと、御者のハンクとルーカスが出てきた。
「カール! ハンク! ルーカス!」
「三人はそなたを探しに、森の中に入ったのだ」
兄様が説明してくれた。
そっか、みんな僕のことを探してくれたんだ。
彼らにも心配かけちゃったな。
「そうだったんですね。
ごめんね。
みんなにも心配をかけて」
僕はカールとハンクとルーカスに謝罪した。
「閣下、どうかお気になさらないでくださいませ。
皆も閣下の無事に戻られたことを心から喜んでおります」
「家臣が主を心配するのは当たり前です」
「閣下が無事だとわかって、ホッしました」
三人はにっこり笑って、僕のことを許してくれた。
僕は良い家臣に恵まれた。
それにしても……カールとハンクとルーカスは精霊の森に入れたんだ。
おそらく精霊様がいた泉まで辿り着いたのは僕だけだろう。
「カールに聞きたいことがあるんだけど」
「何でございましょう?」
「この森に泉ってある?」
カールは困った顔で首をかしげた。
「川があるのは存じております。
泉があるというのは聞いたことがございません。
今度、精霊の森に詳しいものにも尋ねてみましょう」
「うん、ありがとう」
この土地の家令をしているカールは、泉のことを知らなかった。
おそらく領地の誰も、あの泉のことを知らない気がする。
これは僕の推測だけど、あそこは精霊様の住処で、簡単に入れる場所ではないのだろう。
精霊様が泉に辿り着ける人を選んでいるのかな?
もしそうだとしたら、僕はなぜ精霊様に選ばれたのだろう?
「エアネスト、とにかく今日は屋敷に戻ろう。
じきに日が暮れる」
兄様にそう言われ、僕は空を見上げた。
日は西の山に半分以上沈み、辺りは薄暗くなりかけていた。
「兄様、屋敷に帰る前に行きたいところがあるんです」
「どこだ?」
「僕、死の荒野に行きたいんです」
「なぜそのような場所に行きたいのだ?」
僕は兄様に精霊の森で精霊様に会ったこと。
精霊様からBのルーン文字をもらったこと、ルーン文字が精霊様の力で白樺の枝になったことを説明した。
「精霊様は、この枝を北の荒野に植えるように言いました。
北の荒野とはおそらく死の荒野のこと。
だから僕は今すぐそこに行きたいのです」
精霊様が僕に白樺の枝をくれたことにも、北の荒野に植えろと言ったことにも、何か意味があるはずだ。
「閣下、今から死の荒野に行くつもりですか?
危険です!
あそこには凶悪なモンスターがうようよしてます!
奴らは夜に凶暴化します!
どうしても死の荒野にいくというのなら、明日の朝出直した方が……」
御者のルーカスが忠告してくれた。
彼は僕と兄様の話を聞いていたのだろう。
「閣下、ルーカスの申す通りです。
今の時間帯に死の荒野に参るのは、非常に危険です。
どうか、今宵はお休みになり、明朝の出発をお考えいただけませんでしょうか?
閣下の安全を第一に考えてのこと。
どうか、ご再考くださいませ」
カールも今から死の荒野に行くことに反対のようだ。
彼らはこの土地について、よく知っている。
彼らがそこまで言うからには、理由があるのだろう。
普通に考えたら今から、死の荒野に行くのは無謀だ。
だけど僕の手にある白樺の枝が、「今すぐ死の荒野に行きたい!」……と、僕にそう訴えかけている気がするんだ。
「みんなが心配してくれているのはわかる。
でも……僕は……」
「エアネスト、そなたがどうしても死の荒野に行きたいと言うなら私が手を貸そう」
「兄様……!
ですが荒野にはモンスターが……」
「案ずるな。
荒野に巣食うモンスターなど、バスタードソードで一刀両断にしてやる。
そなたには指一本触れさせん!」
兄様が僕の肩に手を置き、ニコリと笑った。
「ありがとうございます!」
やはり兄様は頼りになる。
僕が兄様に抱きつくと、彼は僕の頭をよしよしと撫でてくれた。
さぁ行こう! 死の荒野に!
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