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28話「精霊の泉。エアネスト、精霊と遭遇する」




僕はしばらくの間森をさまよい歩いた。


とある茂みを抜けると、急に視界が開けた。


そこには美しい泉があり、その周りには色とりどりの可憐な花が咲いていた。


「綺麗……」


僕の口から自然と言葉が漏れていた。


そういえばたくさん歩いたので喉がカラカラだった。


水も食料も持たずに森に入るとか、われながら無謀すぎる。


兄様と再会したら、また叱られてしまう。


僕は泉の水をすくうため、地面に膝をついた。


泉に手をいれると、夏なのに水はとても冷たかった。


泉の底に何か見えた気がして、僕は目を凝らした。


すると泉の底からなにかが浮上してきた。


それは手のひらぐらいの大きさで、アルファベットの「B」の文字によく似ていた。


僕は文字をすくい取ろうと手を伸ばした。


文字は僕の手に触れると消えていった。


文字が僕の中に溶けていったような、不思議な感覚に襲われる。


「ベオーク……」


頭の中にその言葉が浮かび、気がつけばそれを声に出していた。


今のはいったい……?


この森に入ってから不思議なことばかり起きる。




「ここに人が来るとは、珍しいですね」




その時、誰かに声をかけられた。


声をかけられるまで存在に気づかなかった。


足音も気配もまるでしなかった。


僕は立ち上がり、振り返った。


するとそこには美しい少年が立っていた。


「あなたは一体……?」


そう問いかけてはみたものの、その人物はは一目で精霊だとわかる見た目をしていた。


足元まで伸びた長く美しい銀色の髪、紫色の大きな瞳。


その方は中性的な容姿で幼い顔立ちをしていた。


しかし彼の顔は驚くほど整っていた。


その方は白のローブを纏い、高潔なまでに清らかなオーラを放っていた。


銀色の髪に紫の瞳に、非常に清らかな波動……彼は間違いなく精霊だ。


もしかして……この方が、ヴォルフリック兄様の祖父のラグ様だろうか?


だとしたら、兄様と顔はあまり似ていない。


ヴォルフリック兄様の目は切れ長で、彫りの深い顔立ちだ。


精霊は瞳が大きく、鼻と口が小さく、愛らしい顔をしている。


ヴォルフリック兄様のお祖父様なら、少なくとも六十歳は越えているはず。


目の前にいる精霊は十五、十六歳ぐらいに見える。


だけどそれだけで彼がラグ様ではないとは言い切れない。


精霊は人より長く生きると聞く。


目の前にいる精霊も、見た目よりずっと年を重ねているのかもしれない。


「わたしはこの森に住む精霊」


精霊が僕の問いに答えてくれた。


やはりこの方は精霊だったんだ。


「精霊様、お初にお目にかかります。

 僕はエアネスト・シュタイン。

 シュタイン侯爵領の当主です。

 精霊様、先程領地の民が精霊の森に対して不敬を働いたこと、誠に申し訳ございませんでした」


僕は精霊に深く頭を下げた。


「………」


「この地の民が精霊の森を開拓しようと精霊の森の外に集まったこと、そして未遂とはいえ精霊様の住む森を傷つけようとしたことに関して、シュタイン侯爵領の当主として心よりお詫び申し上げます」


「………」


「民がこのような行動に及んだのは貧しさゆえです。

 民をそこまで追い込んだ責任は当主である僕にあります。

 罰を与えるのであれば、どうか僕にお与えください」


貧しい民に責任はない。


この地の領主としての責任は僕が取る。


「顔を上げてください」


頭上から聞こえた精霊様の声は、とても穏やかだった。


僕は精霊様のご厚意に甘えて頭を上げた。


「あなたがこの地にやってきたのは今日の昼。

 どれだけあなたが民を思っていても、この地に来たばかりでは何もできません。

 だからわたしはあなたを責めたりしません」


精霊様の暖かな微笑みが目に入った。


それはとても麗しく穏やかな笑顔だった。


「僕は責められても構いません。

 ですがどうか、この地の民のことは許していただけませんか?」


「いいでしょう。

 あなたの誠意に免じて、此度だけは不問に付しましょう」


「精霊様のご寛大なご対応に、感謝いたします!

 侯爵家の当主として、心よりお礼申し上げます!」


精霊様が寛大な方で良かった〜〜。


僕は安堵の息を吐いた。


「精霊様はどうして、僕が今日侯爵領に来たことをご存じなのですか?」


「こう見えてわたしは、この地を守る精霊ですよ」


精霊様が気品のある顔でフフッと笑う。


精霊様は多くは語らないけど、きっと彼はこの地で起こる全てのことをご存知なのだろう。


「あなたはこの地の侯爵に封じられたばかり。

 なのに民のしたことに責任を感じ謝罪に来るなんて。

 あなたはとても責任感が強く、思いやりのある性格なのですね」


「そのように言っていただけて光栄です」


僕はまだまだ侯爵としても、人としても未熟だ。


周りの人に支えてもらってやっと立っている。


「ですが、精霊様にそのようにおっしゃっていただけるほど、僕は優れておりません。

 僕はまだまだ未熟で……。

 信頼できる人達に支えられて、なんとか侯爵としての務めを果たしています」


今もヴォルフリック兄様の忠告を聞かず森に入り、迷子になっている真っ最中だ。


「若輩者ですが、それでも僕にできることがあるならば、全力で取り組みたいのです」


最も僕にできることは、シュタイン侯爵領の当主として、精霊様に謝罪し、この度の不始末の責任をとることぐらいだけど。


僕にもっと力があれば、民の憂いを払ってあげられるのに。


「あなたは、気高く立派で汚れがない魂を持っていますね」


精霊様が僕の目をまっすぐに見据えた。


「あなたは……少しだけあの人に似ています」


精霊様が小さな声で言った。


「えっ……?」


精霊様が言ったあの人ってだれのことだろう?


「あなたがルーン文字に気に入られた理由がわかりました」


「ルーン文字?」

 

ファンタジー漫画や小説に出てくるので、名前だけは聞いたことはある。


「あなたが先ほど泉で拾った文字のことです」


泉の底から浮かんできたアルファベットの「B」に似た文字。確か読み方は「べオーク」


「あの文字はべオーク。

 意味は白樺の枝」


精霊様が僕の手に触れた。


その瞬間、僕の手は熱を持った。


精霊様が僕から手を離すと、僕の手の中に一本の枝があった。


「その白樺の枝をあなたに差し上げます」


そう言って精霊様は踵を返した。


「お待ち下さい!

 精霊様!」


彼を追いかけたいのに、足が地面に縫い付けられたみたいで動かない。


「その白樺の枝は、北の荒野に植えると良いでしょう」


精霊様は少しだけ振り返ると、僕の握る白樺の枝を指差しこう言った。


「精霊様!」


深い霧が立ち込め、精霊様は霧の中に消えていった。


精霊様が消えると、僕の体が動くようになった。


結局僕は肝心なことを聞けなかった。


僕が先ほど遭遇した精霊様が、ヴォルフリック兄様のお祖父様のラグ様なのかどうかを……。


ヴォルフリック兄様と、先ほど僕が会った精霊様の顔は似ていない。


でも精霊様も兄様も、やさしくて穏やかな目をしていた。


精霊様に見つめられたとき、兄様に見つめられた時と同じように、暖かい気持ちになった。


やはりあの方が、ヴォルフリック兄様のお祖父様のラグ様……なのだろうか?


もしそうだとしたら、いつか兄様をあの方に会わせてあげたいなぁ。



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