25話「荒ぶる民と新米侯爵。家令からの信頼」
馬車は順調に道を走っている。
こうしている間にも民が精霊の森の木に斧を入れているのではないかと、不安になってしまう。
お願い、早く着いて!
「カール、精霊の森まではあとどれくらいかかりそう?」
「閣下、あと五分もすれば精霊の森に着くはずです」
五分か、長いような短いような。
「兄様、それからカール。
僕からひとつお願いがあります」
僕は二人の顔を交互に見た。
「なんだエアネスト?」
「いかがなさいましたか? 閣下?」
「精霊の森に着いたら僕が民を説得します。
僕が民を説得するまで、二人は何があっても手を出さないでください」
「エアネスト、それは駄目だ!」
兄様が僕の肩を掴んだ。
彼の切れ長の目が僕を見据える。
「農民の中には貴族や王族に不満を持つものも多いのだぞ!
一人で奴らの説得に当たるなど無謀すぎる!!」
兄様が僕を心配しているのがわかる。
僕に何かあったら、彼はきっと民を斬り殺すだろう。
彼らは王家により虐げられた無力な民だ。
兄様に彼らを斬らせたくない。
「エアネストに害をなす者は、誰であっても容赦しない!」
兄様のアメジストの瞳が冷たく光る。
僕は彼の手をギュッと握りしめた。
「兄様、お願いします!
僕を信じて下さい!
必ず農民を説得します!
だから……彼らに手を出さないと約束して下さい!」
僕は兄様の顔を真っすぐに見つめた。
兄様は心配と困惑の色が混じった目で僕を見ていた。
彼はポーチで僕に暴言を吐いたメイドを斬ろうとしていた。
それは彼が僕を大切に思っているからしたことだ。
そんな兄様に、いきり立った農民に手を出すなというのは酷かもしれない。
それでも僕は誰も傷つけたくないし、兄様に農民を傷つけてほしくもない。
ややあって……兄様が短く息を吐いた。
「そなたは時折すごく頑固だ。
こうと決めたらテコでも動かない……」
「兄様……!
それじゃあ……!」
「民がそなたに暴言を吐くのは我慢しよう。
彼らが石や木の枝などをそなたに投げつけてきたら、その時は容赦なく斬り捨てる。
これが私の最大限の譲歩だ」
「はい、兄様!」
彼はなんのかんの言っても僕に甘い。
それに兄様が優しい人だと僕は知っている。
優しい兄様に人殺しなんかさせたくない。
だから農民が僕に石を投げつけて来る前に、何としても彼らを説得しなくては!
「わたくしは、閣下のご命令に従います」
「ありがとう、カール」
二人の協力は得られた。
あとは僕がどうやって、農民を説得するかだ。
◇◇◇◇◇◇
それから少しして馬車は停車した。
「ヴォルフリック殿下、エアネスト閣下、家令様。
精霊の森に着きました」
ハンクが客席に向かって教えてくれた。
兄様が守備力を上げる魔法を僕にかけてくれた。
「私はそなたの隣に立つ。
それだけは譲れない」
「はい、兄様。
あなたが傍にいてくれると思うとそれだけで心強いです」
一人でなんとかしようと思ってたのに、結局は兄様を頼ってる。
「カールとハンクとルーカスは、危ないから馬車で待機してて」
「わたくしも閣下に同行させてください。
農民は家令であるわたくしの顔を存じております。
わたくしが同席いたした方が、彼らとの話し合いが円滑に進むかと」
確かに、知らない人がいきなり「この土地の新しい領主です」と言っても、農民も困惑するだろう。
それなら家令のカールに紹介してもらった方が、農民に信じてもらいやすい。
「分かった。カールも一緒に来て。
危なくなったら馬車に避難してね」
「それは了承しかねます、閣下。
家令たるものが、主をおいて逃げることは許されません」
カールって意外と頑固だな。
「でも……」
「カールの好きにさせてやれ。
そなたはそれだけ家臣に慕われているのだ」
「兄様」
「カール、己の身は己で守れ。
私が守るのはエアネストだけだ」
「承知いたしました、殿下。
貴方方にお供できることを、家令として光栄に存じます」
そうは言いつつ、兄様はカールにも防御力を上げる魔法をかけていた。
彼は口では色々言うけど、とっても優しい人なのだ。
兄様とカールの為にも、絶対に農民の説得を成功させなければ!
精霊の森の前に降り立った僕達の元に、農民たちがやってきたのは、それから一分後のこと。
◇◇◇◇◇
農民がノコギリや斧を手に近づいてくるのが見えた。
その数はざっと百人。
遠目からも殺気立っているのがわかる。
彼らは精霊の森の前に立つ僕らを見て、目を見開いた。
「おい、若造!
そこで何をしている!」
「俺達はこれから、ここで精霊相手に一騒動起こすつもりだ!」
「巻き込まれたくなかったら、さっさとここを去れ!」
農民達の目は血走っていた。
彼らも精霊の森を開拓することが、そこに住む精霊の怒りに触れることは分かっているようだ。
わかっていても、中止することができないんだ。
彼らはそれほどに追い詰められているのだろう。
「皆の者、落ち着きなさい。
こちらにあらせられるのは第三王子のヴォルフリック・エーデルシュタイン殿下。
そしてそのお隣におられるのは今回、シュタイン侯爵領に任命されたエアネスト・シュタイン閣下です」
カールが僕達の事を皆に紹介してくれた。
「なんだ、よく見たら家令様じゃないか!」
「家令様がなぜこんなところに?」
「隣にいるのが新しい侯爵?
まだ子供じゃないか?」
僕達の素性を知り、農民達がざわついている。
「君たちはこの土地の農民だね。
初めまして僕の名前はエアネスト・シュタイン。
シュタイン侯爵領の新しい当主だ」
僕は民に自己紹介した。
「私は名はヴォルフリック・エーデルシュタイン。
この国の第三王子だ」
兄様がフードを取り、銀の髪を露にする。
「銀髪に紫の目……精霊か?」
「いや違う。
俺は王都に行ったとき聞いた……。
第三王子様は精霊の血を引き、銀色の髪に紫の目をしていると……。
人々は彼を精霊の神子と呼び、崇めていると……」
「なんと……精霊の神子様がこのようなところに……!」
ヴォルフリック兄様を見た農民たちから、「精霊の神子様」という声が上がる。
兄様はどこに行っても崇高の対象だ。
「しかし……銀髪のお方が第三王子殿下だとして、隣の少年が侯爵というのはどうも……。
家令様の言葉を疑う訳ではないが……彼は本当にエアネスト様なのか?」
「エアネスト様といえば第四王子様だったはず。
第四王子様は王族の中でもひときわ輝く金の髪と、深い青い目を持っていると聞いたぞ」
「そこにいる少年は、濃い茶色の髪に灰色の目をしてるぞ」
「俺達が田舎者だからと、謀る気なのではないか?」
農民たちの視線が僕に集まる。
第四王子が金髪碧眼なのは、この国の民なら周知の事実のようだ。
僕が茶色い髪と灰色の瞳になってから、あまり時間が経過してないから、僕の髪と瞳の色が変わった噂は地方にまでは届いていないようだ。
「皆が驚くのも無理はないと思う……だけど、僕は本当に……」
「彼が本物のエアネストであることと、この地の侯爵であることは、第三王子である私が保証する」
ヴォルフリック兄様が、僕の代わりに皆にそう伝えてくれた。
彼は鋭いまなざしを農民たちに向ける。
兄様に威嚇され、農民たちは怯んだ。
「兄様、ありがとうございます」
「大丈夫か?
辛いのなら帰っても良いのだぞ?」
「僕のことなら心配いりません。
それに僕は、彼らを説得するまでここを離れる気はありません」
兄様は僕が疑われても、剣を抜くのを我慢してくれた。
カールも農民達に僕の紹介をしてくれた。
なのに当主である僕が逃げ帰る訳にはいかない。
僕は真っ直ぐに農民達を見据えた。
僕は農民達の説得を絶対に諦めたりしない。
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