24話「土地税。シュタイン領の民を困らせるもの」
僕は身支度を整え、兄様とともに玄関ポーチに向かった。
玄関につくと、カールが馬車と御者の手配を終えていた。
御者席にはハンクと、領地の地理に詳しい御者のルーカスという若い男が乗った。
僕と兄様とカールはキャビンに乗り込んだ。
平時なら使用人が主と一緒に客席に乗ることはない。
今は緊急事態なので仕方ない。
僕と兄様が進行方向を向いて座り、カールがその対面に座った。
カールがこれまでの経緯をまとめてくれた。
精霊の森はシュタイン侯爵領にある数少ない森で、今も昔も神聖視されている。
生き物を殺すことは禁則とされており、森で狩りをすることや、川や池での漁をすることや、森の木を伐採することも禁止されている。
しかし領地の者に限り、森に入り薪を拾うことと落ち葉をさらうことが許されている。
それと木の実やキノコを取ることも許可されている。
薪は北の地にあるシュタイン侯爵領において冬を越すための必需品であり、生命線でもある。
木の実やキノコは、貴重な食料である。
珍しいキノコや木の実をよその街に売りに行けば、そこそこ稼げる。
また精霊の森を流れる川は、乾燥したこの地では貴重な飲み水だ。
森を開拓し、農地にすることはこの世界では珍しくない。
むしろ頻繁に行われていることだ。
だがそれは森が広い場合に限る。
広大な森の一部を開拓し、農地にするから意味があるのだ。
精霊の森のような小さな森を開拓し、全てを農地にしてしまったら、薪や木の実やキノコなどの、森の恵みを得ることができなくなる。
それに森がなくなれば、いずれ川も枯れるだろう。
「カール、教えてください。農民はなぜ精霊の森を開拓するなど、そんな無謀な計画を立てたのですか?」
昔から神聖視されている精霊の森を開拓するなど、正気の沙汰ではない。
精霊の森を開拓してしまったら、一時の収入にはなっても、その後領地が困窮することは目に見えている。
薪がなければ冬を越せない。
森で採取していたきのこや木の実などを主食にしていたものは、餓死するだろう。
精霊の森を切り開いたら最後、この土地の民に待ち受けているのは餓死か凍死だ。
そんなことは今日この土地に来たばかりの僕よりも、長年この地に住んでいる民の方が理解しているはずだ。
いったい何だってこんなことになっているんだ?
「閣下、恐れながら申し上げます。それは土地税のせいです」
僕の問いにカールが答えた。
ゲームを元にしたファンタジーの世界にも税金は存在する。
その中でも土地にかかる税金を土地税と呼ぶ。
農地の場合は作物を直接納めるか、もしくは作物と同等の金銭を納めた。
収穫に対する税金ではないので、作物が取れない年も税額は変わらない。
今年のように雨が降らなかったり、天候が思わしくない年は、土地税は農民をとても苦しめている。
「土地税は収穫にかかる税金ではなく、土地にかかる税金だったな」
兄様が土地税の説明をした。
「ヴォルフリック殿下のおっしゃるとおりです。
今年のように干ばつが長く続いた年は、例年のような収穫は見込めません。
しかし……」
「納める税金は昨年と同じなんだね……」
それでは、領民はますます困窮してしまうだろう。
「不作に備えて、食料などを備蓄しておかなかったのか?」
兄様がカールに問う。
「シュタイン侯爵領は、領地の半分を荒野が占めております。
残り半分は痩せた農地です。
皆その年の税を納めるのと、食べるだけで精一杯です。
そのため、不作に備えることが出来なかったのです」
カールは辛そうに答えた。
「王家にシュタイン侯爵領の窮状を訴えなかったの?」
僕はカールに尋ねた。
「今まで幾度となく王都に減税を嘆願する書簡を送りました。
しかしながら……私の嘆願は、陛下に一蹴されてしまいました。
家令たる私の力不足を恥じるばかり」
カールはとても苦しそうに話した。
シュタイン侯爵領は長らく領主不在の状態だった。
シュタイン侯爵領は長い間王家に見捨てられてきた土地だったのだ。
「農民は少しでも資金を得るために、精霊の森の木々を伐採し、それを金銭に換え、税を納めようとしております。
昨年も一昨年も豊作とは言い難く、借財をして税を納めたり、納税のために娘を売り払った者もおります。
それでもなお税を納めることができず、土地を捨てて流民となった者もおります。
この土地に住む農民の殆どは食べることに精一杯であり、来年のことを考える余裕がないのです」
「だから少しでも現金収入を増やそうと、精霊の森を開拓しようとしているんだね」
この土地の民の困窮は僕の想像を超えていた。
「なんというか……ごめんない」
「何故、エアネスト閣下が謝罪されるのですか?」
そうは言っても僕の国王の息子だし、この前まで王族だったし……。
国王がこの地にしてきたことに、少なからず罪悪感を覚えてしまう。
「侯爵家の当主として、責任を感じてしまって……。
それに……僕もついこの間まで王族だったから。
第四王子だった頃の僕は、この土地の民の窮状など考えたこともなかった」
第四王子だった時の僕には、シュタイン侯爵領の窮状を国王に訴え、民を救う力があった。
だけど……僕がシュタイン侯爵領のことを真剣に考えたのは、王位継承権を剥奪され、シュタイン侯爵に封じられてからだ。
そして、城から追い出された今の僕には大した力はない。
「閣下のさのお気持ちだけで十分でございます。
きっと閣下の慈悲深いお心は、農民たちにも届くでしょう」
カールはそう言ってくれた。
少しだけ心が救われた気がした。
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