23話「二人の部屋。兄様と二人きりの時間」
改めてカールに部屋を案内してもらった。
僕と兄様の部屋は、三階にあった。
カール曰く、この部屋が屋敷の中で一番大きく、一番広い部屋らしい。
部屋のカーテンと窓は開けられており、窓から日差しが降り注ぎ、風がカーテンをそよそよと揺らした。
窓の外にはバルコニーがあるので、そこから月や星を眺めたらさぞかし綺麗だろう。
部屋のカーテンの色は濃い青色で、壁紙は空色だった。
部屋には天蓋付きのベッドに、猫脚のソファー、使いやすそうな机、木製のテーブルや椅子があり、壁際には大きなクローゼットが備え付けられていた。
壁際にある天蓋付きベッドは、二人で寝ても十分スペースが余るくらい広かった。
王都で僕の使っていた部屋よりはこじんまりしている。
それでも旅先で泊まった宿屋の部屋よりはずっと大きい。
家令のカールと御者ハンクは、荷物を部屋まで運んでくれた。
「わたくしは、これにて失礼いたします。
ヴォルフリック殿下、エアネスト閣下、どうぞごゆるりとお休みになり旅の疲れを癒やしてください。
何かご用がございましたら、机の上のベルをお鳴らしください。
速やかに参上いたします」
「殿下、閣下、わしもこれで失礼します」
「うん、カールもハンクも、ありがとう。
カール、ハンクにも部屋を用意して上げて」
「承知いたしました」
ハンクもしばらくはここにとどまるから、部屋を用意してもらえると助かる。
ハンクとは旅の間に仲良くなったし、知らない土地で気心の知れた人間が一人でも多いほうが心強い。
二人は部屋に荷物を運び終えると、恭しく礼をして退室した。
「兄様、バルコニーに出ませんか?
きっとフェルスの町が一望できますよ?」
僕はバルコニーに面した窓の前に立ち、兄様を誘った。
「いや、いい」
兄様はシェーズ・ロング(背もたれ付きの長椅子)に腰掛け、素っ気なく返事をした。兄様はこちらを見ようともしない。
ポーチでの一件以来、兄様はずっとこの調子だ。
彼から放たれる圧で、部屋の空気がピリピリしている。
兄様とこんなふうにギスギスして過ごすのは嫌だな。
夜は兄様と添い寝するんだし、仲直りしたいな。
でないと、僕はソファーで寝ることになってしまう。
こういう時は僕から謝ってしまおう。
僕は兄様の隣に腰掛けた。
「兄様、ごめんなさい」
「なぜそなたが謝る?」
「ポーチでの一件のことです。
兄様は僕のために、僕の悪口を言ったメイドに罰を与えようとしたのに……。
僕は兄様の好意を無にしてしまいました」
兄様が僕のために怒ってくれたのは嬉しい。
だけど兄様に簡単に人を傷つけてほしくない。
使用人に対して時には厳しい罰が必要だ。
それは僕もわかってる。
でもやっぱり僕は甘い。
彼らを解雇したり、処刑したりすることが出来ないのだから。
僕が甘いのを知っていて、兄様が代わりにメイドに罰を与えようとしていたのに……。
それなのに僕は……考えなしに行動してしまった。
「そなたが気にすることはない。
それに、使用人には良い見せしめになった。
あれだけ脅しておけば、そなたに対し憎まれ口をたたく者はいないだろう」
「兄様は僕の為に、あえて悪役を買って下さったのですね?」
「そこまで考えてしたことではない。
あのメイドがエアネストの悪口を言っているのを聞いたら、無性に腹が立ち、気がつけば奴に剣を向けていた」
僕を誹謗中傷しただけで、兄様が人を斬り殺していたら、この家から使用人がいなくなってしまう。
「兄様、次からは剣を抜く前にまず話し合いをしましょう」
「気が向いたらそうする」
兄様は素っ気なく答えた。
「兄様はまたそんなことを……」
「それよりエアネスト。
ようやくそなたと二人きりになれた」
兄様が僕の髪に手を当てそっと撫でた。
「屋敷に着いたらこういうことをしたかった」
兄様は僕の腰に手を当て抱き寄せると、唇にキスをした。
兄様とギスギスして過ごすよりは、口づけをして過ごした方が良い。
彼の機嫌が治ってくれて嬉しい。僕は兄様の肩に腕を回した。
兄様とのキスはすぐに深いものへと変わっていく。
彼は僕の首元のリボンを外し、僕の体をシェーズ・ロングに押し付けた。
「エアネスト……。
夜まで少し間があるがそれまで待てそうにない。
今そなたと……」
兄様が自分のタイを外し上着を脱ぎ捨てた。兄様は僕をソファーに組み敷き愛おしそうに見つめる。
兄様の長い髪が彼の頬を隠すように垂れて色っぽく見えた。
◇◇◇◇◇◇◇
その時、部屋の扉が激しくノックされた。
平常時のたたき方ではない。
僕は慌てて上体を起こした。
兄様の額に頭をぶつけそうになったが、寸前で彼は避けた。
「ヴォルフリック殿下、エアネスト閣下、いらっしゃいますか?
一大事です!!
扉を開けて下さい!!」
扉の向こうから聞こえたのは、家令のカールの声だった。
普段の穏やかな口調とは違う。
カールは相当焦っているようだ。
「もう少しだったのに……。間が悪い」
兄様は不機嫌そうに呟いた。
何が「もう少し」だったのかな?
それより、今はカールの方が気になる。
何か非常事態が起きているのは明確だ。
「カール、何があったの!?」
扉を開けようとする僕を兄様が静止した。
「エアネスト、どんなときも簡単に扉を開けるな。前にもそう教えただろ?」
「はい、兄様」
お城で何度も兄様に注意されたことなのに、また簡単に扉を開けようとしている。僕って本当にポンコツだなぁ。
「私が対応する」
兄様は上着を羽織るとドアの前に立った。
「ヴォルフリックだ。
カール、どうした?
何があった?
詳しく説明せよ」
兄様がドア越しに冷静な口調で問いかけた。
「ヴォルフリック殿下、農民たちが精霊の森を開拓しようと、大勢で精霊の森へ向かったとの知らせが入りました!」
「何だと?」
兄様が扉を開けた。
ドアの外にいたカールは真っ青な顔をしていた。
精霊の森はフェルスの町の東にある小さな森だ。
そこには精霊が住んでいるという古くからの言い伝えがある。
ヴォルフリック兄様の祖父、ラグ様も精霊の森出身だ。
精霊の森は神聖視され大切に扱われているはず。
その森を開拓するとは、穏やかな話ではない。
「カール、それはどういうことなの!? 詳しく話して!」
僕はカールに問いかけた。
「閣下、事態は一刻を争います。
詳しい説明は馬車の中でいたします。
なので、どうか今すぐ馬車にお乗りください。
精霊の森へ急ぎ、農民たちの計画を阻止しなくてはなりません」
「わかった。
カール、精霊の森まで案内して」
「承知いたしました」
「待て、エアネスト」
兄様が僕の手を握り制止する。
「カール、お前の話を信じる根拠はあるのか?」
兄様が険しい目つきでカールを見据える。
「兄様、カールはとても困っています。
そんな言い方は……」
「だが、これはそなたを連れ出し害を成す為の罠かもしれない」
確かに僕はカールのことをまだよく知らない。
これが罠ではないという確証はどこにもない。
「残念ながら、わたくしの言葉を信じていただけるだけの根拠はございません」
カールが悲痛そうな面持ちで話した。
「兄様、カールが演技をしているようには見えません。
僕はカールを信じます。
カール、僕を精霊の森へ案内して!」
「閣下、わたくしを信じて下さりありがとうございます。早急に馬車と御者の手配をいたします」
「待て、私も行く。
エアネストの傍を離れる訳にはいかないからな!」
「兄様!」
彼が着いてきてくれると心強い。
「それと馬車は我々が乗ってきた物を使え。
それと御者はハンクにさせる。
彼はあの馬車の操縦に慣れているからな」
「兄様、御者は土地の者から選んだ方が良いのでは?」
「念の為だ」
兄様は用心深いな。
僕は能天気過ぎるのかな?
「しかし、ハンク殿はこの辺りの地理に詳しくないのではありませんか?
やはり御者はこちらで手配致します」
「なら、お前が用意した御者をハンクの助手に付けろ。
それで地理の問題は解決する」
「承知いたしました。
ではそのように手配致します」
カールがうやうやしく礼をして下がっていく。
「兄様、わがまま言ってごめんない。
それと一緒に来て下さりありがとうございます」
「そなたは、見かけによらず無茶な性格だからな。
私が側にいて守ってやらねば」
兄様が僕の頭を撫でた。
「馬車に乗る前に身支度を整えよう。
領主はいつでも身なりを整えていなくてな」
兄様に襟元のリボンを外されたのを思い出した。
兄様もネクタイを締めていない。
こんな格好では人前に出れない。
自分では気づかないことに兄様は気づいてくれる。
結局、僕はいつも兄様に頼ってばかりだ。
読んで下さりありがとうございます。
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